37 ポメラニアンの成長

 黒白チワワのくーちゃんは、賢者の勧めで多摩川17地区の動物が日替わりで日本語というか「日本の動物語」を教えることになった。会話ができるようになれば、仲間としての活動の幅も広がるはずだ。


 そんな彼のスキルは「身体強化」だと思われる。なにせあの小さな体で大型犬をぶっ飛ばすほどのパワーの持ち主なのだ。

 賢者の予知能力、乱暴者のパワー。そして俺の……人間の知識? あれ、俺だけ今のところ役立たずなんですけど。


 とりあえず、くーちゃんを仲間にする件は一件落着。アライグマたちは引き続き捜索中だが、結果は捗々はかばかしくない。

 平成元年の冬、カレンダーは2月になっていた。


 ◇◇◇


 ある朝、俺は朝ごはんのドッグフードと、2日に一度ママさんから手渡しでもらえる、おやつのジャーキーを食べ終わり、大満足していた。

 ママの青葉さんが掃除機でリビングを掃除している間、俺は邪魔にならないように、リビングの片隅にある全身が映る姿見の前に移動した。


 鏡には白いポメラニアンがもちろん写っている。だが……

 なんじゃこりゃああああぁぁ!


 可愛らしいポメラニアンの幼犬だった俺だが、いつの間にか成長して、なんだか細っこい「謎の犬」になっている。


 まあ可愛いと言えば可愛いのだが、顔だけが中途半端に伸びで、毛が伸びきっていない状態は見た目が細っこく、これまで以上になんだか情けない姿だ。まあ成長期だから仕方ないのか……

 ビジュアルに自信があっただけに、今の自分の姿はちょっとショックだった。



 やがて夕方になり、風太くんが帰宅。続いて今日は部活がないのか、友梨奈ちゃんも早めに帰宅した。

 というわけで、久々に姉弟そろって俺の散歩に行くことになった。


 今日は多摩川沿いかな。そしたら誰か動物に会えるだろうし、状況を聞いておかないとな。そう思っていた俺の予想を裏切り、友梨奈ちゃんはどんどんこれまで行ったことのない場所に進んでいく。


 もちろん長年この辺りに住んでいた俺は、どこに行くのかなんとなく予想がついていた。住宅地に隠れるように屹立する竹林、その隣にある児童公園だが、その公園は半分栗の木が生えており、元々は栗畑だったろうことが想像できる。


 児童公園の方には鉄棒や丸太がステップ状に15個ほど並んでいる遊具、平均台のような遊具などがあり、この日も近所の子供達が数人遊んでいた。


 風太くんはこの公園に来るのが初めてらしく、公園に着くなり「ねーね、遊んできていい?」と俺のリードを友梨奈ちゃんに渡して駆け出して行った。うんうん、わかるよその気持ち。小学生の頃は新しい遊具は一度全部試してみたいよね。


 姉の友梨奈ちゃんは元々俺と遊んでくれるつもりだったらしく、子供達がいない栗の木が生えているところにいくと、リードを外してくれた。ありがたい、と俺は駆け出し、その辺りの他の動物のニオイなどを嗅いでいた。


 そうそう、今まで説明していなかったけど、俺の鼻はどうなっているのかって?もちろん犬なので、犬並みの嗅覚があります。ただ残念ながら、他の動物が何なのかとか、そこから詳しい情報が得られるとか、そんなチート的なものはなかった。何かが、ここにオシッコをしたな……わかるのはそれぐらいだ。


 友梨奈ちゃんはその辺りに落ちている枝を拾うと、強度を確かめるように力を加え、何度か枝を入れ替えたのち、30センチほどのまっすぐな枝を持って「うん、これがいい」と言った。あれで何をするつもりなんだろう?


 枝を持って俺の近くに来た友梨奈ちゃんは、なんだかとっても嬉しそうだ。


「モフ、いい? これから枝を投げるから、拾ってくるんだよ?」


 理解した。きっとテレビか何かで、投げられたフリスビーやブーメランをダイビングキャッチする犬の姿でも見たのだろう。

 うーん、ご期待に添えるか、俺の運動神経じゃ約束できないなぁ……


「ほらモフ、取ってこい!」


 思い切り枝を放る友梨奈、急いで枝を追うポメラニアン、つまり俺。

 残念ながら落ちる瞬間には間に合わなかったが、枝が地面に落ちた瞬間に俺は枝をくわえ、すぐに友梨奈ちゃんの元に戻った。


 だけど、俺の体に対して枝が長すぎる。枝の端をくわえたので、もう片方の側は地面に引き摺るような感じになってしまう。

 ズリズリズリ、俺は長い枝を引きずりながら友梨奈ちゃんの足元に持っていき「ワン!(取ってきましたよ)」とひと吠えした。


 見ると、友梨奈ちゃんが笑っている。あれ? ワタクシめ、何かおかしなことでもしましたかね?


「ハハハハ……モフさ、なんだか侍みたいだったよ? 刀が重すぎてひきずっている、子供のサムライ!」


 言うと、また笑い出す友梨奈ちゃん。そんなに、面白いことですかね……?

 友梨奈ちゃんが笑っているのを見たのか、風太くんも近づいてきた。


「どうしたの、ねーね?」

「あのね、モフがサムライみたいだったの。風太も投げてみて」


 今度は風太くんが枝を持ち、思い切り投げた。俺は風太くんのポーズを見てから走ったため、今度は枝の落下地点より行き過ぎてしまった。

 すぐに枝を拾い、風太くんのところへ戻る。すると、今度は姉弟そろって爆笑している。


「すごーい、モフ侍!」

「ははは、モフざむらい、いいね風太それ! はははは」


 そんなに、面白いことですかね……まあ喜んでくれるなら、今度はサムライっぽく切りつけてやろうかな。


 風太くんが投げた枝を、キャッチ。意図的に枝の恥から4分の1ぐらいの部分を噛み、急いで風太くんのところに戻るなり、俺は風太くんの足を枝でパシっと叩いてみた。


「ねーね、すごいよ! モフ、刀でぼくを切りつけた!」

「ほんとだ、やるじゃん! モフ侍!」


 なんか知らんけど、二人が喜んでいるから良しとしよう。俺はこの日、10回以上枝でをキャッチしては姉弟の足をパシッと叩く遊びをしてあげた。


 その日以来、姉弟は俺を「モフ侍」と呼ぶようになり、刀のおもちゃなどを俺に与えてくれたりといろいろあるのだが、それはまた別の話。


 だがこの時の経験が、後に俺が手に入れることになる伝説の「破魔の剣」を扱う上で重要なイベントになるとは、この時は思いもしなかった。

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