35 アライグマの探索
その夜、俺は定期報告に来てくれた大猫チャトランの配下の猫に、賢者と師匠に話があると伝えた。
全身に痛みが残っていて、今夜はまだ外に出られそうになかったからだ。
だがその後連絡はなく、報告は明日になるか、なんてまどろんでいた夜11時頃。佐藤家のリビングのドアが音もなくスーッと開いた。入ってきたのは、虎柄の大猫、真っ白いフレンチブルドッグ、さらに巨大なウシガエル。
「ちょ、ちょっと、困りますよ! いきなり家にやって来るなんて」
痛みで動けないが、急ぎで報告したいと伝えたのは確かに俺だ。家に来てくれること自体は助かるのだが、一つだけ難点がある。
ウシダ師匠が歩いたあとに残る、ねっちょりとした粘液だ。
外の道路を歩いてきたので、水場から上がりたてのような、べっちょりねっちょり感は少なくなってはいるものの、それでも泥と混じった粘液が数滴、リビングの床に垂れている。
あーあ、ママさん明日怒るだろうな……そんな俺に頭を少し下げるようにして、ウシダ師匠が言う。
「すまんな。実はアレキサンドルの部下からも報告があってのう、急ぎ話をしたくて訪れたんじゃ」
「はい、実は『くーちゃん』を見つけたのですが……いろいろとありまして」
俺は体全体に痛みを覚えながら、立ち上がり3匹に近づいて話す。
「もう全身バラバラにされるかと思いましたよ」
「信じられんほどの暴れん坊だそうじゃな、そいつは」
「ホントにやっかいな犬だニャ」
あれ、いまチャトランさん、語尾に『ニャ』ってつけたよね? これはあれか、俺が動物語を頭の中で日本語に変換しているときに、勝手に付けたのかな? どっちにしても、ちょっとかわいいワン!
「お主とレトリバーのタロウをぶっ飛ばし、アレキサンドルの右足をぶち折ったようじゃな。とてつもないパワーじゃ」
ウシダ師匠が感心したように頷いている。いや、感心している場合ではないんですけど。俺まだ全身が痛いんですけど。
「そんなに強いと、このワシでも押さえつけるのに苦労しそうじゃな」
ちょっとちょっと。ゴールデンレトリバーがぶっとばされたのに、30センチ程度のウシガエルが
だがそんな俺の心を読んだかのように、賢者ソースが続ける。
「勇者モフよ。お主は知らんのだ。ウシダはな……」
「まあ良いではないか、ワシの話は」
それはそうと、俺も気になっていたことがあるので聞いてみた。
「ところで、アライグマ軍団は見つかったんですか?」
「それなんじゃが」
ウシガエルのウシダ師匠は顔を
「多摩川のこちら側の地区は近隣も含め、すべて怪しいところはしらみ潰しに探してみたのじゃが、奴らの痕跡すら見当たらんのじゃ」
実際に探索部隊を率いていたチャトランが続ける。
「10匹程度のアライグマが隠れられそうな空き地や側溝、竹林や草むら、畑、雑木林や神社など、私ら猫が探せる範囲内はすべて探し尽くしたのじゃ。それなのに痕跡すら見つからんと言うことは……」
「どこかの民家に隠れ住んでいる、または
重々しく賢者ソースが言う。
民家に
「そんな! 人間が魔王に協力しているなんてこと、あるんですか?」
俺の疑問にソースは答える。
「勘違いするな、モフよ。魔王は必ずしも、動物の姿だとは限らん。今回復活したであろう魔王は、人間に転生や転移をしている可能性も無きにしも
魔王が人間……そんなこともあり得るのか。そもそも魔王って、どんな力をもっているのだろう。それが人間だとしたら……相変わらず俺にはわからないことが多すぎる。
「そのためにも、一刻も早く仲間を増やさねばならん」
「でも
一筋縄ではいかないどころの話ではない。なにせあのチワワは、俺の話を理解している素振りすらないのだ。もしかしたら、本当にちょっと頭が弱くて話が理解できていない可能性だって考えられる」
「その事なんだがな」
賢者ソースはフレンチブルのしわくちゃな顔をキリッとさせて言った。
「我には一つ思い当たるフシがあるのだ。我も実際そのチワワのくーちゃんに会って確かめてみたいのだ」
大丈夫かなぁ、フレンチブルドッグがあのパワーで突進されたら、打ちどころが悪ければ死んじゃうかもしれないと思うけど……
俺はイヤイヤながら、怪我が直ったらくーちゃんが住む多摩川17地区の海老名さん宅に同行することを約束させられてしまった。
正直嫌だなぁ、あの乱暴チワワに会うのは……
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