18 再会
セットの陰から出ると、数人の警備員が懐中電灯を照らしながらセットの下を覗き込んでいた。警備員に見つからないよう、俺は身を隠しながらさらに周囲を見渡す。すると、奥に見えるカメラ倉庫の近くに動くものが一瞬見えた。色はこげ茶ではなくアプリコット、見間違えでなければあれはプーだ。
その周囲にシュナウザーがいないことを確認して俺は駆け出した。噛まれた右後ろ足がズキズキしてまともに走れないが、今はそれどころではない。プーを救わなくては。
カメラ倉庫前に着き周囲を見渡す。だが動きがあるものは見当たらない。たまに警備員の懐中電灯のライトがこちらを向くため、素早くテレビモニターの陰に隠れる。
すると小さな音がすぐ近くで起こった。咄嗟のことに驚き音がした方を向こうとすると、鼻の上辺りを押さえつけられ床に伏せられてしまった。
「しっ! 吠えないで。バレちゃうでしょ?」
プーだった。辺りをキョロキョロと見回しながら、右前足で俺の鼻の上辺りを押さえつけていた。
「助けに来てくれたんでしょ?ちょっとだけポメの心が見えたからここで待ってたの」
「そっか、プーのスキルを使えば、犬の心は読むことができるんだよな」
「そう。いまのところ、プーとあの柴犬ちゃんだけだけどね」
「だったら」
俺は体を起こしながら、思いついたことを話してみた。
「奴の心も多分見えるんだよね? あのミニチュアシュナウザーのさ。奴の考えの裏をかいて、奴だけを警備員に捕まえさせたり、俺たちだけここから逃げ出したりできそうじゃない?」
「それがね……」
プーは首を振りながらうなだれる。
「あの子の頭の中の映像って、ワケがわからなかったのよ」
「わからないって?」
「さっき彼に追いかけられたじゃない? その時、すごい勢いで彼の映像が頭に流れ込んできたの」
「どんな映像?」
「すごい波がうねってて、真ん中に変なヒゲの怖そうな老人がいて、なんかイヤらしい顔で笑っているの」
「ヒゲのおじさん……?」
ミニチュアシュナウザーとの会話を思い出してみる。波のうねりというのはよくわからないが、そのヒゲの怖そうな老人とは、もしかして『魔王』のことなのだろうか?
俺はその考えをプーに話してみたが、プーは一笑に付した。
「何それ、魔王って。マジウケる!」
「いやプーさん、それ笑い事じゃなくてさ……」
そうか、プーは俺と『魔王の使徒』を自称するミニチュアシュナウザーとの会話を聞いていないのか。確かにそれならあまりにも絵空事に聞こえてしまうだろう。
「でもさ、あの子ってどうやって私たちのとこまでやってきたんだろうね?」
「へ? それは、多分俺たちの後をつけて……」
待てよ? そこまで言いかけて俺はある言葉を思い出す。
(ずいぶん遠くまで逃げてくれたね。おかげで探すのにとても苦労したよ。フフフ……)
探すのにとても苦労した、と奴は言っていた。確かに、どうやってペットショップからこの場所を探し当てたのだろう。
犬だから鼻が良くて、俺たちのニオイを追ってきた?そんな超優秀な警察犬みたいな真似事があの子犬にできるのだろうか。
それとも『魔王の使徒』と自称するだけに、シュナウザーの奴にも何らかのスキルがあるのだろうか?
――ん? あっちに何か走って行ったか?――
突然、警備員の一人の感情が聞こえた。
俺とプーはさっきから動かずに会話している。ということは、ヤツが動き出したということか。
続いて「あっちだ!」と一人が叫び、3人の警備員がこちらに向かって走ってくる。
「ヤバいぞプー。逃げよう」
「わかった」
言うなり俺たちは物陰から駆け出す。だが右後ろ足はまだ痛みがかなり残っていて、足を引きずってしか動けない。
「ポメ、どうしたのその足?」
「ちょっとケガしちゃってさ」
「大丈夫なの?血は見えないけど」
「うん、急ごう」
決して大丈夫とは言えない痛みだが、血が見えないと聞いて少しだけ安心した。俺、血が苦手なんだよね。自分から血が流れていると余計血の気が引いちゃう。血が苦手だと女性に話すと大体鼻で笑われちゃうけどね。
警備員の足音とは逆の方向に、見つからないように移動する俺たち。逃げる方向はひとつしかない。さっきこの美術倉庫に入ってきた入り口、すなわちトラックの搬入口方向、ここから一旦外に逃げよう。
警備員たちは案の定、懐中電灯をセットの下に当てて虱潰しに探しているが、俺とプーはすでに彼らとは真反対の方向に到着していた。
だが俺の安易な逃走ルートは、奴には当然お見通しだったようだ。
搬入口には外の街灯でシルエットになった一匹の犬が待ち受けていた。
「フフフ、待っていたよ、ポメくん」
「くそ、こうなったら」
俺は再び戦闘体制に入り、体を低い体制に移行した。
と思ったのは頭の中でだけだったらしい。実際には俺は恐怖で震え、声すら出ていなかったようだ。
一体なんなんだ、この体。いくら何でも弱過ぎないか?目の前のミニチュアシュナウザーなんて、見た目は俺とほとんど変わらない。心では怖がっていないのに、体が常にビビりまくっている。
ポメラニアンの俺の体は、なぜか弱すぎるのだ。
「ポメ……どうしたの、大丈夫?」
「だだだ、だい、だいじょ、だいじょ」
歯がガチガチと震え、まともに喋ることもできない。俺の様子を見て『魔王の使徒』は鼻で笑った。
「さ、終わりにしようか」
『魔王の使徒』は息を大きく吸い込むと、いきなり大声で吠え出した。
「ワンッ!ワンワンワンッ!」
――鳴き声がしたぞーー
――搬入口だ、急げーー
警備員たちが走ってくる音が近づく。前門の犬、後門の警備員。万事休すだ。
5秒もかからず、3名の警備員が俺とプーを取り囲む。
「に、逃げろプーっ!」
「そんなこと言ったって!」
もうダメだ。ならせめてプーだけでも逃さないと。俺は渾身の力を振り絞って警備員に向かって威嚇した。
「ウー、キャンキャン!」
なんてこった、可愛い声しか出ない。
一瞬で俺は警備員の一人に体を掴まれ抱き上げられた。
「やめて! イヤ! 助けてポメ!!」
キャーン、キャンキャン。甲高い悲鳴のようなプーの鳴き声が聞こえたが、がっしりと床に押し付けられている俺にはもう何もできない。
ごめんよ、プー。ほんと俺、何の役にも立ててない。
逃げようと一人の警備員の脇をすり抜けた瞬間、もう一人の警備員にプーはがっしりと首を掴まれてしまっていた。
くそ、アイツは、ミニチュアシュナウザーはどうなったんだ。体を捻ってヤツがいた方向を見ると、奴はもうどこにも見えない。俺たちが捕まっている隙に逃げ出したのかもしれない。警備員たちは俺とプーをガッチリと押さえたまま力をこめている。
「犬は2匹だけでしたかね?」
「ああ、鳴き声は2種類だけだったと思うぞ」
「班長、こんなものが落ちてましたよ」
3人目の警備員がヒモのようなものを班長と呼ばれた男に手渡した。
「こいつらの首輪かな?ええと……ペットショップ・ワンニャン王国だってよ。お前知ってるか?」
「六本木交差点近くのとこじゃないすかね?」
「あー、子犬飾ってるとこね。よし、朝になったら電話してみるか」
あんな首輪、俺は見たことがない。もちろんプーに着けてあったわけでもない。だとするならば、ミニチュアシュナウザーのものなのか。
俺たちをペットショップに戻すために、所在地がわかる首輪を持ってきていたとでもいうのだろうか。あまりにも用意周到だ。
兎にも角にも、俺とプーは警備員に捕まってしまい、翌朝、犬飼店長によってペットショップに連れ戻されることになってしまった。
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