17 初戦
ミニチュアシュナウザーは見た目によらず俊敏だった。
子犬とは思えないスピードでジグザグに走り、飛び跳ねて俺の首めがけて噛みついてくる。
一方の俺は、人生いや犬生で初めてのケンカ、いや戦いだ。
噛みついてくるシュナウザーをボクシングのスウェイの要領で躱そうとしたが、心とは裏腹にぜんっぜん体が動かない。なんとまだ体が硬直していたのだ。
ガブリ。そのまま俺は意識を失った……と一瞬思ったが、シュナウザーの口は俺の首筋の毛を数十本噛みちぎっただけだった。
俺の毛を噛みちぎった勢いのまま、俺の後方に過ぎていくシュナウザー。
ヤバかった。見えていたのに体が動かないとか、ほんとどうしようもない。
「フフフ、私としたことが。こちらもまだ子犬だということですね」
振り向いてシュナウザーに向き合いながら考える。
「こちらもまだ子犬」と奴は言った。つまり『魔王の使徒』を名乗るコイツも、元はやはり人間なのではないだろうか。
いや、そもそも『魔王』って何なのだろう。人間なのか、それともファンタジー世界の中にいる、魔法を使える恐怖の存在なのか。だとしたら『魔王の使徒』も悪魔の一人だとか……
と、気づいた時にはシュナウザーの歯が目前にあった。
「キャン!」
鋭い牙が左目の目前を通り過ぎ、左耳を掠った。思わず声が出てしまったが、今度もダメージはない。
「考えている暇はありませんよ! 必ずしも殺そうというわけではありませんから。ま、死んでもらってもこちらは構いませんが、ね」
死んで、だと? まったくそんなことは考えていなかった。
相手が子犬だからか、そんな血生臭い現実的なことは考えていなかったが、相手は自称『魔王の使徒』。殺されてもおかしくはないのか?
「うるせえ! お前、何のために俺をペットショップに戻そうとする?」
俺の言葉を聞くと、一瞬シュナウザーが動きをピタリと止めた。
その後、彼は体を震わせると、大声で笑い出した。
「ハッハッハッ! こりゃ愉快だ。お前、俺がなんのためにペットショップに戻そうとするか、知らないのか」
「なんだそりゃ? 知るわけないだろうが!」
シュナウザーはさもご機嫌だというように尻尾を盛んに振っている。だがやがて尻尾の振りは小さくなり、ピタリと動きを止めた。
「お前には魔王様の威光が通じないとみえる。お前は危険だ、ポメ。やはりここで死んでもらうしかない」
そう言うとシュナウザーは体を低く構え、唸り声を上げた。力を最大限に溜め、一気に飛びかかってきそうな体制だ。
なんかよく知らんが、このままだとかなりヤバいのがわかる。心では警戒心マックスなのだが、相変わらずポメラニアンの体は震えが止まらない。
おい、なんだよ俺の体。ちょっとビビり過ぎじゃないのか?
それは一瞬の出来事だった。
シュナウザーが体を起こし俺に目掛け飛びかかってきた。俺はまるでスローモーションのようにその姿を見ていたが、体が言うことを聞かない。
ガブリ。シュナウザーの鋭い牙が俺の右足に食い込んだ。
「キャウウウン!!」
激痛が右足から全身に広がり、俺は今まであげたことのない悲鳴をあげた。
その声を聞き、近くにいたプーが驚いて目を覚ますのが見えた。
「なにっ? えっ!」
寝ぼけているのか一瞬辺りを見回したプーの目が、俺と俺に噛みついているシュナウザーに向けられた。
「ポメっ!」
「プー!逃げろっ!」
プーは一瞬躊躇ったように見えたが、すぐに素早く逃げて行った。
あれ、こういう時ってもう少し話してから逃げるもんじゃないの……?
いやいや、俺が逃げろって言ったんだ。無事逃げおおせてくれ。
と、次の瞬間、俺の右足の激痛が少し和らいだ。と同時に、シュナウザーが今度はプーを追って走って行った。
ヤバい、プーが捕まってしまう。追いかけなきゃ、と思い俺も急ぎ走り出したが、右足に激痛が走り、すぐに転げ回ってしあった。
「キャウン!」
いたたたた。これ、走れないわ……どうしよう。
その時、俺の頭に何かが浮かんできた。
――あれ? なんかネズミが走り回る音が聞こえるな?――
これは……人間の感情だ。ということは、近くに人間がいるはずだ。
状況は見えないが、とりあえずプーがシュナウザーに捕まるのを阻止することが、いま一番やらなければならないことだろう。
だとすれば。俺は力の限り吠えてみた。
「ワオーン、ワンワン!ワオーン!」
――なんだ、犬の鳴き声か?――
――あれ、野良犬が紛れ込んだのかな?――
――勘弁してくれよ、フンとかしてないだろうな――
周りから何人かの感情が聞こえる。
どうやら俺の声を聞いて、警備員が集まってきたらしい。
俺は噛まれた右足を引きずりながら、プーとシュナウザーを探して動きだした。
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