8 邂逅

「キミ、普通に言葉を話せるの?」


 俺が結果として寒くなった質問をしたのち、トイプーは普通に俺に話しかけてきた。

 話しかけたとは言うものの、もちろん日本語ではなく犬語で、だ。

 音に直すと「ワン、ワワン、ワン?」だが、意味は犬同士で通じるのだ。


「はい、普通に」


 俺は答え、続いて自分のことを端的にわかってもらう説明を続けた。


「僕も元は人間です。令和からやってきました」


 息を呑むトイプーさん。


「もと、人間?あたしの他にもいたんだ……」


 トイプーさんによると、彼女が自分の姿に気付いたのは1週間ほど前。

 このペットショップに連れて来られる寸前、ブリーダーの家で自分の人間の頃の記憶を取り戻したのだという。


 だがその時、周りには兄弟であろうトイプードルの子犬と親犬のみ。

 しかもその頃はトイプーさん自身も犬の言葉がろくに話せず、ペットショップに連れて来られてから、やっと犬の言葉が話せるようになり、周りにいた犬に話しかけてみた。だがどの犬も赤ん坊だからかわからないが、碌な会話が成り立たなかったという。


「俺が気付いたのは、昨日です」

「そうなんだ。あなたが連れて来られたのは、たしか2日前よ」


 俺がペットブリーダーからこの店に運ばれて来たのは、一昨日だったのか。


「失礼ですが、お名前は?」

「名前はまだないわ、飼われてないから。人間の時の名前は……ちょっとまだ言いたくない」

「ですよね、わかります」


 相手がどんなヤツか全くわからない状況では無理もないだろう。


「僕も名前はまだありません。でも便宜上、僕のことはポメと呼んでください」

「ポメリンって名前じゃないの?」

「ごめん、あれはちょっとしたパクリで冗談なんで!」

「わかった。私はそうね、トイプーだからプーと呼んで。熊じゃないけどね」


 プーさんか。はちみつが好きそうで可愛いじゃん。

 プーは尻尾をプリプリと振っている。やっぱり話ができるのは嬉しいらしい。

 そして俺とプーさんは、より深い話を進めていく。


「ねぇポメ。私たちのこれって、転生だよね」

「転生だか輪廻転生だかわかりませんけど、大体そんな感じだと思います。嘘みたいな話だけど」

「やっぱりそうなんだ」

「失礼ですけど、情報共有のため聞いてもいいですか?嫌だったら答えなくてもいいです」

「なに?」

「プーさんは人間時代の最後の瞬間、覚えてます?」


 プーは一瞬体を固くした。

 いきなり核心をつくような質問だけど、自分たちの状況を把握するためにもいつかは聞かなければならない。


「……そうね。覚えてる」


 プーは俺の目をじっと見ながら言った。


「多分だけど、溺れて死んだ、と思う」

「溺れて、ですか?」

「そう、海で」

「溺れた日のこと、覚えてますか?」

「すごい台風が来てた」


 それは、俺が多分亡くなった日と同じだろう。

 しかも死因は溺死というのも同じだ。

 台風が関連するのか、それとも溺死が関連するのかはわからないが、何かヒントになるかもしれない。


「ごめん、これ以上はあまり話したくない」

「うん、わかった。ごめん、変なこと思い出させて。実は俺も同じ日、川で多分死んだ。堤防を越えてきた水に流されて溺れたところまで覚えてる」

「ポメも溺れたの?」

「うん。俺たちが転生してタイムスリップしたのは台風が原因か、それとも溺れたのが原因か、どっちかが関係しているかもですね」


 プーはしばらく考えていたが、やがて質問してきた。


「今っていうか、この時代って昭和63年なんだよね。私まだ産まれていないんだけど、なんでこんな昔に来ちゃったんだろ?」

「なぜかは、全然わからないですね」

「そうだよね……」


 情報を整理すると、プーさんは俺と同じ日に海で溺れて死んだらしい。

 気がつくとペットブリーダーのところにいて、1週間前にこの店にやってきた。

 人間時代の名前や住んでいたところはわからないが、海で亡くなったという話から海沿いの街に住んでいたのだろうと想像できる。

 そして彼女は、昭和63年にまだ産まれていない。

 昔、という表現から、少なくとも平成10年以降生まれかな。

 なんとなくだが、話ぶりの雰囲気からは人間時代は20歳前後ではないかと思う。


 俺はプーを改めて見る。

 その話ぶりから、頭はけっこう良さそうだ。海沿いの街に住んでいた女子大生といったとこだろう。まあそれを知ったところで何のメリットないのだが、なんとなく、ね。

 日本人って相手の属性気にする人多くない?少なくとも俺はそうだった。

 まあ今は日本人どころか、日本犬ですらないのだが。


「ポメ、私たちどうなるの?」

「わかんないね。いまだにすべてが信じられない気持ちもあるし」

「私、結構マンガとか小説とか読むんですけど。この状態ってそんな世界、いわゆる異世界とかとも違いますよね。どっちかというとバック・トゥ・ザ・フューチャーなんですかね?」

「お、よくそんな古い映画知ってるね?」

「親がファンで、テレビでやるたびに家族で見てたんだ!」


 プーの親御さんと俺、もしかしたらそんなに年齢離れてない?ちょっとショックかも。

 その映画、学生の頃に友達と歌舞伎町のコマ劇の映画館で、オールナイトで見たよ。


 説明しよう。

 コマ劇と新宿歌舞伎町にあった「新宿コマ劇場」という劇場の名前である。

 隣には大きなスクリーンの映画館「新宿コマ東京」があって、その映画館では毎週土曜日は「オールナイト上映」が上映され、映画一本分の値段で同じ映画を一晩中繰り返し見ることができたのだ。

 わかりやすくいえば、現在のトー横と同じ場所である。


 そんなことを思い出していると、プーが俺に尋ねてきた。


「ポメってもしかして、私より年上じゃない?」


 う。確かにそうだけど、こっちも正確な年齢はあまり言いたくないな。

 今はこんなに可愛いポメラニアンの幼犬なのに、中身はおっさんとか嫌でしょ。


「そうだね。俺、サラリーマンだし」

「やっぱそうなんだ。話し方がなんか丁寧でイイ感じ」

「え、そう?」


 ちょっと、ドキドキした。

 いや待て、相手はかなり年下だし、俺は既婚者だ。生前は、だけどな。

 20歳前後の女の子におっさんがドキドキ!とか気持ち悪いだろうし、バレないようにしないと。

 あ、でもいつの間にか俺の尻尾がブンブン振れている!ヤバい、感情丸わかりじゃん。ほんと、雄犬ってやつは……


「ねえポメ、この店、どこにあるかわかる?」

「昨日気づいたよ。ここは六本木だね」

「六本木ぃ?すっごい、東京じゃん。そうだったんだー」


 なんだかプーの目がキラキラしているように見えた。

 六本木に憧れでもあるのだろうか。

 ということは少し田舎の出身で東京に憧れている、とかなのかな。


「ポメは東京の人?」

「そう。世田谷って知ってる?その端っこに多摩川っていう大きな川があるんだけど、その近くに住んでたよ」

「世田谷!お金持ちだったの?」

「いや。世田谷区は人口90万人も住んでるから、全員がお金持ちなわけじゃないよ」

「でも、なんかすごい気がする!」


 やっぱりプーは、東京に多少の憧れがあるっぽい。

 東京近郊の人なら、世田谷なんか単なる住宅地としか思ってないしな。

 世田谷の金持ちっていうのはごく一部で、マスコミの作ったイメージだけだよね。

 実際俺ん家は中の下くらいかな。


「そっか、じゃあポメは……あ、ごめん。年上だから、ポメさん、かな?」

「ポメでいいよ。今は犬だし、同い年だろ?」

「そう?じゃポメ、お座り!」


 俺もふざけて、必要以上にキッチリとお座りをする。

 それを見て、くすくす笑うプー。

 結構明るい子だし、なにより話しやすいな。

 プー、良い子じゃん。


「ポメさぁ、私からひとつ提案があるんだけど、聞いてくれる?」

「提案?なになに?」


 プーは一呼吸おき、大きく溜めを作ったのち、俺に驚きの提案をした。


「このペットショップから、一緒に逃げ出さない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る