31 サイシュウ話 その2

電話ボックスに入り、今度は迷いなくタウンページをめくると、渋谷のホテルがずらりと並んでいた。

片っ端から電話をかけると、幸運なことに3軒目のホテルで名前がヒットした。


「はい、菊田桃香様とお連れ様はチェックイン済みでございます」


よし、ビンゴだ!

俺はバスで渋谷に移動し、駅から公園通りを駆け上り、目的のホテルを見つけた。

時計を見ると、時間はもう夜10時を回っている。


ホテルのフロントで桃香を呼び出そうと俺はロビーに入る。

だがその時、目の端、ホテルの外に一瞬気になる姿が見えた。

見ると、知った背格好の女の子が立っていた。


あれは……トモミー?


不意に、トモミーと目が会う。

彼女は俺だとわからないのか、一瞬誰だ?と訝しむようにこちらを見る。


「トモミー!」


声を上げ、俺は慌てて走り出す。するとトモミーは俺だとわかったのか、なぜか公園通りを走って下っていく。


なぜ逃げ出す?やはり、やはり。彼女が義庵を殺した犯人なのか?

とにかく一度、彼女の話を聞かなければ。


夜の公園通り、人通りは少ない。トモミーの走る姿を見失うことはないが、予想以上に足が速い。俺もそれほど短距離に自信があるわけではないが、あの天然で鈍臭そうな普段のトモミーからは信じられないスピードだ。


トモミーは赤信号の横断歩道を無視して車道を走る。

後を追おうとしたが、スピードを上げて走っていた車にけたたましいクラクションを鳴らされ、思わず怯んでしまった。


「バカヤロー、死にてえのか?」

「死にたいわけねえだろ!」


こっちが悪いのは百も承知だが、思わず走り去る車に怒鳴り返す。

死ぬのなんて真っ平ごめんだ、俺の一番の親友のように死んじゃうなんて!

だがそんなやり取りがあったせいで、俺はトモミーの姿をすっかり見失ってしまった。


「どこ行った?トモミー」


渋谷駅方面は人でごった返し、ここからではたとえトモミーがいても見分けがつかない。勘を頼りに宮下公園に続くガード方向に走って探してみたが、宮下公園近くにいるのは酔っ払いサラリーマンや浮浪者だけだった。

完全に、トモミーを見失ってしまった。


俺はその場で考える。やっぱりトモミーが犯人なのか?

俺を見て逃げたということは、俺に対してやましいことがあるからではないか。暗い電灯がポツリと光る宮下公園の自転車置き場を歩きながらそんなことを考えていた。


すると、不意に俺の右肩を誰かが叩く。

ん?

振り向くと、そこには。


桃香がいた。


「……桃香、ちゃん?」


桃香は、無表情だった。

一瞬だが、人間違いをしたのか?と思うほど。


普段のふわふわした髪型に、見覚えのある白のノースリーブのニット姿に短めのスカート、さらに見覚えのあるブランドもののハンドバッグを持っている。

表情が違うだけで、間違いなく桃香だ。

だが彼女は。


「わたしは、桃香じゃないわ」

「……何言ってるの?ジョーダンでしょ」

「わたしは桃香じゃなく、果凛かりん。桃香の双子の妹よ」


出た、ここに来て新登場人物だと!はは、さすがドラマだ。

って、そんなわけあるか!


「冗談キツイって、桃香ちゃん。ね、トモミー見なかった?」


ニコリともせず、無表情なまま立ち尽くす桃香。

見た目は間違いなく桃香だが、彼女がまとう怒気のような雰囲気は普段の桃香とまったく違う。

もしかして、本当に桃香では無いのか?

自称していた「果凛かりん」という人なのか?

俺はおそるおそる尋ねる。


「カリン、さん?あんた、本当に桃香ちゃんの妹さん?」

「あなたがケンイチね。桃香から聞いてるわ。邪魔な男がいるって」

「桃香ちゃんが、俺を?」

「ええ、どうでもいいって。興味ないって」

「……」

「桃香には、もっと大事なものがあるの。だから……」



ハンドバッグに手を入れた彼女が右手を出した時、そこには尖ったあるモノが握られていた。

街頭に一瞬照らされ、それは鈍い光を放った。


それは刃渡り10センチほどのナイフだった。

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