30 サイシュウ話 その1

「トモミーちゃんが犯人、または事情を知ってると思う」


まるで連続ドラマの「前回までの振り返り」のように、西田俊一は俺にこう言った。この世界はドラマユニバース、プログラミングされたドラマの世界だ。

話の冒頭に同じセリフを2度繰り返しても不思議はない。


さて、いよいよ最終話だ。

まだ謎はたくさん残っているが、このままのペースで俺はハッピーエンドを迎えられるのだろうか。

残された時間は、たぶんあまり無い。


「なぜトモミーが犯人だと?」俺は尋ねた。


「闇鍋パーティの時、僕は君たちの様子を楽しんで見ていたんだ。正直、君たちみたいな若い人に招かれるのが嬉しかったんでね」

「……そんなものなのか?」

「ああ。大人になると、あんな集まりは無くなってくるものなんだ。でね、本題はここから。トモミーちゃんはあの日、なんだか変だったのを覚えてる」

「変だった?」

「うん。たとえば、美緒ちゃんと君は僕が突然来て驚いていただろ?

僕を連れてきた桃香ちゃんはもちろん別。で、すぐに大声で挨拶してきた義庵くん、彼は本当に明るくていい男だった。本当に残念だよ」

「……うん」

「でもね。トモミーちゃんだけは別だったんだ。なんだか挙動不審でね。知らない大人が来たからかな?とその時は思っていたんだけどさ」


挙動不審とは、どんな態度だったんだ?


「そうだね。まず、僕をチラリと見て、すぐに目を伏せた。恥ずかしがっているとかそんな感じじゃなかった。予想外、計画外、しまった。そんな感じだ」

「……それで?」

「僕はそのあと彼女の態度が気になって、たまに観察してたんだ。

だから彼女が何かを半纏のポケットに隠し持っていて、それが気になって仕方ない、そんな態度に気がついた。多分あれは、部屋の電気のリモコンだと思う」


西田の推理通りだ、桃香ちゃんに聞いた、と俺は答える。


「でね。僕の悪い癖で、やっぱり彼女の挙動がおかしいのは何故か?なんて考えてたんだよ。でも少し観察していたら、すぐに答えはわかった」

「答えって?」

「キミだよ。トモミーちゃんはキミを何度も盗み見していた。僕はなるほど、このグループの恋愛模様は複雑なんだな、と思ったんだ」


なるほど、ここまでは西田の推理通りだ。


「まさか突然電気を消して、好きな相手に暗闇の中でキスするとまでは予想できなかったけどね。あ、これは桃香ちゃんに聞いたんだけど。ハハ」


俺にとっては笑い事ではない。一瞬そう思ったが、確かにトモミーの行動は意味不明で支離滅裂で滅茶苦茶だ。

暗闇の中で俺にいきなり大人のキスを仕掛けたことも然り。

付き合ってもいないのに、いきなり両親に会わせようとする行動もだ。


「確かに、トモミーの行動は頓珍漢なことばかりだと俺も思う。けどさ。

なぜ義庵を殺す必要があったんだ?」


いくら変な女でも、いきなり人を殺すなんて理屈が合わない。


「そんなの本人じゃないとわからないさ。でも、予想は二つ考えられる。

ひとつは、キミだと思って殺した」

「お、俺?トモミーが俺を殺す?」

「予想に過ぎないよ。キミの態度なのか、誰かから聞いたのか、とにかく健一くんが好きなのは自分ではない、美緒ちゃんだと知ってしまった。それで可愛さ余って憎さ百倍、という理由じゃないかと」


俺を殺すつもりで、誤って義庵を殺した、だと?俺が美緒のことが好きだと知ってしまったから?一体誰がそのことをトモミーに話したんだ。いや、たとえそうだとしても、それだけで好きな男を殺せるものなのか?


「二つ目の予想も言っていいかい?

トモミーちゃんは、義庵くんに『何か』言われたんだ。たぶん、彼女を非難するようなことを。わからないけど、これも多分キミのことじゃないかと僕は予想している」

「……どっちにしても、トモミーが義庵を殺した理由は、俺だということか」

「最初に言ったけど、あくまでも予想に過ぎないけどね」


わからない。

確かに、どっちの予想もトモミーの今までのエキセントリックな言動や行動からは考えられる。だが同時に、決め手にも欠ける。

どちらの行動も俺の予想の範囲外すぎる。


「第一、 どうしてトモミーの部屋で義庵は死んでたんだよ?」


トモミーが義庵を殺そうと、自らの部屋に呼び出したのか?

……いや、自分の部屋で殺人を犯すなんて、いくらあのトモミーでも考えないのではないか。それこそ支離滅裂だ。


「さあ、そこまでは。僕はね、なぜ彼女がそんなことをする理由があったのか、僕が知り得る状況から動機を考えて推理しただけだよ。女の子が何を考えているか知ろうとするのは、僕の悪い癖だね」


何か嫌味を言ってやろうかと思ったが、今は止めておこう。


「でも、犯人はトモミーだと決まったわけじゃ無いだろ。第一、警察は俺を重要参考人だと言ったんだ」

「だからそれは警察の作戦の一つさ。キミに真犯人が近づくか、それともキミが真犯人に接触を図るか、それを警察は待っているんだと思う」

「……犯人は俺じゃないとして、まだ容疑者はいるだろ?たとえば、美緒とか、桃香ちゃんも」

「美緒くんはないよ」


あっさり犯人=美緒説を西田は否定した。まあ俺もそう思うが。


「彼女は死体の第一発見者だ。サスペンスドラマじゃあるまいし、そんなこと普通ないだろ?」


いや、もしかしたらもうこの世界はサスペンスドラマの世界になったのかも、という考えがチラリと頭をよぎったが、まあ美緒は普通に考えて犯人ではないだろう。


「桃香ちゃんは?彼女だって犯人の可能性も……」

「桃香くんは、アリバイがあるだろ」


西田は右手をピストルの形に変え、俺の心臓を指差す。


「昨日の夜、キミとずっと一緒だったんだろ?」

「!!……桃香に聞いたのか?」

「やっぱりそうか。カマをかけただけだよ。なるほどねー、桃香ちゃんを呼び捨て、か」


くそっ、ハメられた。

さらに西田は付け加える。


「やれやれ。こんな男のために僕は……」

「俺のためにって、なんだってんだよ!」

「ま、なんでもないさ」


西田が何を言いたいのか、全然意味がわからない。


「とにかく。キミとのアリバイがある限り、彼女は犯人では無いよ」


消去法だとやはり犯人はトモミーしかいない、そんな結論になる。

なぜ自分の部屋に呼んだのか、動機は一体何なのか、今はわからないが。


「俺はトモミーを探す。心当たりはないか?」

「さあね。僕は彼女とあの日しか会ったことがないんだ。どんな趣味で、どんな性格か、一つも知らないよ」

「なら桃香に心当たりを聞く。桃香、今日仕事はどうしたんだ?」

「住んでいる部屋で殺人があったんだ。さすがに今日は休ませたよ」

「どこにいるか知ってるか?」

「さあ、僕は彼女と寝たわけじゃないから、知らないね」


嫌味ったらしい口調だ。やっぱりこの男、ムカつく。


「でもさ。三人とも泊まるとこはないし、福岡出身だろ?今晩はホテルとかに泊まってるんじゃないかな」


なるほど。知り合いのところだとしても、3人では迷惑がかかるだろう。

突然泊まれるところといえば、確かにホテルは可能性が高い。


「わかった。トモミーを探してみる」


席から立ち去ろうとする俺の背に、西田が短く声をかける。


「僕には彼女を救うことができなかった。あとは、若い君たちの選択に任せるよ」


彼女とは、誰のことだ。桃香か?

いや、西田が言っているのは、たぶん……


「……西田」

「なんだい?」

「……いろいろ感謝してる」


短く言い捨てると、俺はドアから出ていく。

多分この店に来ることは二度とないだろう。



よし、方針は決まった。トモミーを探そう。

まずは3人でも泊まれそうな大きな部屋を持つホテルを探す。

東京には数えきれないほどのホテルがあるが、学生の俺たちの行動範囲は狭い。きっとそんなに遠くにはいないだろう。もし俺だったら、渋谷か新宿のホテルを探す。

よし、渋谷から当たってみようか。

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