27 第キュウ話 その1

ヨレヨレのスーツの男に連れられて入った部屋は、今度こそ待望の取調室だった。いや別に待ち望んでいたわけではないけどさ。

スーツの男、つまり刑事さんによると俺は重要参考人のひとりだが、事件の概要や義庵の死因、死体の発見状況などは教えられないという。

なぜ教えてくれないのだろう。俺の発言でボロが出るのを待っているためなのか、会話の中でもその部分は徹底的に秘匿されていた。


一昨日からの俺の行動をすべて話すように言われた。アリバイ確認ってやつだな。やましいところはない俺はもちろん正直に答える。

改めて語ると、俺の直近3日間はかなり濃いスケジュールだ。


一昨日は部屋で居留守を使い、暗くなるまで家に引きこもる。

夜は西田に呼び出され、六本木のバーで飲んで説教される。

帰り道、酔い潰れてミズキさんに拾われ、彼女の部屋で一晩過ごす。


翌朝、ミズキさんの部屋を出た後にトモミーに電話。

夕方の約束をしたあと、時間潰しに渋谷で映画を見る。

その後、渋谷の喫茶店でトモミーの発言に唖然とさせられる。


その夜は西麻布のS-WAVEで桃香ちゃんの出待ち。

西田と美緒が車で去るのを目撃して追跡、追いつけず転倒してショックを受ける。

そのまま西麻布で桃香ちゃんと大人の階段を登る。


そして今朝、朝チュンのあとマンションに帰ると、パトカーの送迎でイマココ。


濃すぎる3日間だ。ドラマチックすぎる。

義庵を殺したりする時間は全く存在しない。


いや、そうでもないか。

客観的に見れば引きこもりの時間、映画の時間、移動時間などアリバイのない時間はたくさんある。義庵の死亡予想時刻は聞かされていないけど、義庵を殺す時間があったと言われても不思議はない。

自分がやっていないことは俺自身よくわかっているが、捜査側の刑事さんからすると話は別だろう。


あまりにも長くて濃い3日間の行動を聞き終えた刑事さんは、眉を大きくひそめた。


「二日連続、違う女とお泊まりか。お盛んだな、山本クンよ?」


それは誤解だ。ミズキさんとはやっていない(残念ながら)。

お泊まりしたことは事実だけど、と言い訳したが、信じてもらえていない様子だ。


「君の行動で確認したいことが山盛りだな。しばらくこの部屋で待っててくれ」

「……留置場とかじゃないんですか?」

「まだ君は任意の参考人に過ぎない。留置場には入れられない」


そうなんだ。経験として一回ぐらい留置場に入ってみたい気持ちもあったんだけどな。


刑事さんと記録を取っていた警官が部屋から出て行く。鍵はかけていない。逃げ出そうとすれば逃げ出せそうだ。

まあ、そんなはずないけどね。部屋の外の廊下には当然見張りがいるだろう。逃げ出したら何もしていないのに俺への容疑が高まってしまう。

ここは大人しく、刑事さんが戻るのを待つか。



どのくらい経ったのか。

部屋に入る時、腕時計やジーンズのベルト、財布などは一旦預けされられている。時間もわからないし、もちろんケータイも持ってない。時間を潰せることが何もないのだ。


暇だ。第一、取調室でボーッと座ってるなんてドラマチックじゃない。

こんなシーンが続いたら「打ち切り」になっちゃうよ。

それが何を意味するのかはわかんないけど。


俺はドアの方を見る。

ドアには目線の高さに小さい窓がはまっている。外からでも取り調べの様子が見られるようにということだろう。

だがその小さい窓に、俺はちょっとした異変を見つけた。


ハエが飛んでいる。

いや、正確には違う。

ハエは飛んでいる体制のまま、宙で止まっている。フリーズしている。羽は羽ばたきの途中で止まったまま、一切動かない。

まるでブルーレイの一時停止ボタンを押して画面を止めたかのように。

さらに、さっきまで聞こえていた廊下の生活音、足音やかすかな話し声なども一切聞こえなくなり、無音の世界になっている。


待て、以前にも一度こんなことがあった気がするぞ。思い出せ。


……あ、あれだ!思い出した。

第1話、義庵と美緒がいた不動産屋のシーン。

俺が妖子さんを呼んだ、後にメタ発言と言われたシーンだ。


あの時は俺がメタ発言をした途端、世界が止まった。いや妖子さんによって止められた。

でも今回は俺、そんなこと言ってないぞ?


すると、不意に取調室のドアが開いた。

現れた人は、今まで一度もこのドラマユニバースに登場していない人物だった。

おい、9話にして新キャラ登場か?それはちょっとクソドラマすぎませんかね。

とトボけてみたが、その人物はこのドラマユニバースに登場していないだけで、俺がよくよく知る人物だった。


「おう研一。なかなかドラマチックになるもんじゃのう」

「……親父、なんで?」


そこにいたのは、元の世界での俺の父親、自称天才プログラマーの山本敏郎だった。白髪混じりの55歳、見た目は年齢よりも若いが「のじゃ言葉」を使う癖があり、初対面の人を面食らわせる困った男だ。


「それにしても困ったことになったのう、研一」

「ちょ、なんで親父?説明してよ」

「はっは〜、なぜ天才プログラマーがここにいるかじゃと?そんなの決まっとるだろ。お前、妖子さんに説明受けてないのか?」

「妖子さんの説明?……あ、もしかして『あの方』って、親父のことか?」

「ご明察じゃ!」


なんじゃそりゃ。今のところ、あの方=親父だった、としかわからないし。「あの方」なんて聞くと、有名魔法映画のラスボスみたいな怖い敵を想像していた俺はガックリと肩を落とした。


「親父、全部説明してくれよ、マジで……」


なんだか急に疲れてしまった。

今までドラマチックな生活を送っていたのに、親父登場で急に現実に引き戻されたような、楽しい夢から冷めたような、そんながっかりした気分だ。


「そうだな。でもポーズは5分だけだから、かいつまんで説明するぞい」


ポーズってなんだよ?あ、一時停止ってことかな?そう聞きたかったが時間がないと言っていたので説明を促す。


「まずな、このドラマユニバースはこの天才のわしが作った宇宙じゃ。お前はシミュレーション仮説って聞いたことあるかの?我々人間が生活しておる世界はすべて仮想現実で、プログラミングされた世界だ!という仮説のことじゃ」


あのイーロン・マスクも信じてる説だろ?聞いたことあるような気がするけど、理論はよくわかんないや。で、それが?


「それな、本当のことだったんじゃ!ワシらが住んでた世界は、誰かが作った仮想現実の中でプログラムによって動いている、大規模なシミュレーション世界なんじゃよ」


ちょっと眉唾にも程があるよ。誰かが作ったって、それ誰なの?


「残念ながら、今の地球の科学じゃそこまではわからんの。うーん神かの?」


わからんのかい!と俺は盛大にツッコミを入れる。

なら、なぜシミュレーション世界だってわかったんだよ?


「この天才プログラマーが、ほとんど同じような世界を作るのに成功したからじゃよ」


天才云々はともかくとして、同じような世界って……もしかして、この俺が今いる「ドラマユニバース」のことか?


「正解じゃ。この世界は、ワシのプログラムによって作られたシミュレーション世界なのじゃ!ワシはドラマユニバース、と名付けたがの」


いろいろ聞きたいけど、マジだったらすげえな親父!

新しい世界をプログラミングするなんて、それこそマジ神じゃん?この世界の神ってことじゃん?


「そうなんじゃけどな、神にもできないことがあるんじゃ」


できないことって、何だよ?


「この世界は、お前が好きなドラマ世界にカスタマイズしてあることは聞いとるな?そのようにプログラミングしたんじゃが……バグが発生してしまってのう」

「バグ?」

「おっと時間がもう無い。手短に言うぞ。このままじゃお前、死刑になるぞ」


え、死刑?俺が?

それってエビデンスあるんですか?


「鍵は桃香ちゃんが持っている。たぶんじゃが、警察は一度お前を泳がすはずじゃ。その時に、桃香ちゃんが持つ『世界の鍵』を探せ」

「世界の鍵ってなんだよ、親父?」

「鍵はな、桃香ちゃんの……」


不意に、元々何もなかったかのように親父の姿が消えた。それと同時に廊下からかすかな生活音が聞こえるようになった。

世界がまた元通りに動き出したらしい。



ドラマユニバース。この現実世界。

車に撥ねられれば怪我をするし、心臓を刺されたら死んでしまう世界。ふざけているように思えるが、まぎれも無い現実世界。

俺が転移してきた、俺の今の現実世界。


ここは、親父がプログラミングした宇宙だったという。

その世界に、なんらかのバグが発生した。なんのバグかはわからないが、このタイミングで親父が忠告にきたということは、俺が死刑になってしまう可能性が高いバグなのだろう。

親父は俺の危機に駆けつけてくれた、というわけだ。


そのバグを解決する鍵は、桃香ちゃんが持っているという。

俺の初めての人、桃香ちゃん。

俺は重要参考人で取り調べ中だが、彼女は今どこにいるのか。


さらに、美緒のことも気になる。もちろんトモミーもだ。

二人は無事なんだろうか?


親父は、警察が俺を一旦泳がせると言った。

俺は重要参考人だが、たぶん決定的な証拠がないのだろう。

俺を解放したように思わせて刑事が尾行し、俺の行動を探ろうとするのだろう。


ならば、これがラストチャンスだ。鍵を持つという桃香ちゃんに会わなければ。

事件の全容はまったくわからないが、その一点に賭けるしか無い。

俺はこれから起こり得る様々な可能性を頭の中で組み立てる。

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