24 キクタモモカ その2

「朝帰りはさすがにマズいから、別々に帰ろ?」


研一くんは頷き、六本木駅方面にゆっくりと歩いていった。

一人になった私は西麻布から乃木坂駅方向に歩く。

10分ほどで有名なブライダルショップの隣にある、古びた喫茶店に入る。

誰にも見つからない、私だけの場所。


アメリカンコーヒーを頼み、窓の外に目をやる。

目の前の外苑東通りはスムーズに車が流れていた。

テーブルに視線を戻すと、そこには眉間に皺を寄せた可愛い女の子がいた。

彼女は私をじっと見つめ、私に何かを促すように視線を強める。


さて。じゃあこの前の続き、話すね。

私が言うと、その女の子は静かに頷いた。


研一くんに告白したこと、ホントに嘘は言ってないんだ。

言わなかったことがあるだけ、って言ったでしょ?


闇鍋の時、キスする相手を間違っちゃったこと。これは本当。

研一くんのことが好きになっちゃったこと、これも本当。

優しいし、穏やかだし、顔だって私の好み、それも本当。

でもね。


正直、研一くんのことなんてどうでも良いって思ってる。これが本音。


どういうことかわからないって?

またまた、予想はついてるでしょ?


そう、私、本当は彼にあんまり興味ないんだよね。


確かにケンイチくんはマシなほうだよ。なんていうか、無害で。その辺のどこにでも転がっているような人畜無害のバカな男。

だからこそ、マシってこと。私が今まで関係してきた男たちに比べるとずっとマシ、ただそれだけ。


え?じゃあ何で彼と寝たのか?

またぁ。本当にわかんないの?決まってるじゃない。


ふふ。まだ教えない。考えてみて。

だめだよ、イライラすると眉間の皺が固まっちゃうよ?

せっかく綺麗な顔なのに、台無しになっちゃうから。


うん、そうそう。機嫌直して。

まだ物語は終わりじゃないんだよ?



なんだかアナタと話してたら、昔のことを思い出しちゃった。

うん、高校3年の、あの時の話。

その日はトモミーがたまたま家の用事でいなくて、美緒と二人で地元に一軒しかないコンビニに学校帰りに立ち寄ってたんだ。

その時、地元のヤンキー2人組に絡まれたの。


ヤンキーは力が強くて、私は引きずられて車に連れ込まれそうになったわ。

羽交締めで口も抑えられてたし、抵抗したけどぜんぜん効果なかった。

もう一人の男に後ろから抱きつかれてた美緒は、すっごく悔しそうな顔で私を見てたわ。


美緒、逃げて!

そう叫んだはずだったけど、口を抑えられて呻き声しか出なかった。

だから私は抵抗をやめた。私が二人の相手をするから、美緒だけは逃して欲しい。そう彼らと交渉するために。


すると、視界の端で美緒に抱きついていた男が突然叫び声をあげ、右手を押さえながら膝をついた。


「痛ってえ!クソ、この女、なにかで刺しやがった」


美緒の手には血まみれの何かが見えたが、何なのかはよく見えない。


「桃香を離して!」


怒りの形相で美緒はこちらに突進してくる。

私を捕まえていたヤンキーは「このアマ!」と叫んで私を離すと、美緒に向かって突進し、思いっきり蹴飛ばした。

ドウッ。重い衝突音が聞こえた。

2メートルくらいは飛んだだろうか。美緒はコンビニの駐車場に背中から落ち、苦しそうに呻く。


「美緒!」


私は急いで美緒に駆け寄り、その体を起こす。


「無茶だよ美緒!いいよ、私がなんとかするから」

「……ダメ!……桃香は、……私が、守るから」


そこまで言うと、美緒はひどく咳き込んだ。口から一筋の血。

内臓に何か損傷があったのかもしれない。

その美緒の姿を見た時。


私の中で、何かが壊れる音がした。


「ギアアアァァアァッッ!」


その時よね、久しぶりにあなたに会ったのは。

ねえ、果凛かりん


あなたケンカは強くないけど、ちょっと怖かったわ。

コンビニの外にあったブロックを持ち上げると、いきなりコンビニのガラスを思いっきり割ったよね。

それで大きな破片を掴むと、金切り声を上げてヤンキーに突進していったもの。

怯んだヤンキーは左右の手で必死に庇って大怪我は負わなかったけど、果凛はずっと目を狙ってたよね。

ほんと、見てて怖かった。


コンビニの店員さんが通報したらしく、すぐにお巡りさんが二人来て、果凛とヤンキーを押さえつけた。でももう少し遅かったら、大惨事だったよね。


私と美緒も事情を聞かれたけど、通行人とか店員さんが一部始終を見ていて、私たちは抵抗しただけだって言ってくれた。

高校生だったこともあって、その日の事件は大ごとにはならなかったわ。


美緒ね。すっごく気が強いんだけど、そのくせ臆病なの。

興奮がおさまった美緒はずっと震えてた。

果凛もいつの間にかいなくなったから、私は美緒を抱きしめ、

「美緒、もう大丈夫だから。安心して」と何度も言った。


やがて震えはおさまり、私はゆっくりと体を離した。

その時、視界の端の端に、地面に落ちている真っ赤な何かが見えた。

拾い上げると、それは血まみれの鍵だった。


美緒はこの鍵で男の手を刺し、私を助けようとしてくれたんだ。


気づくと、私は大声を上げて泣いていた。

驚いた美緒が、今度は逆に私を抱きしめてくれた。


私は美緒の家の合鍵、血まみれになった鍵を握りしめながら誓った。

私はどうなってもいい。けど、美緒のことは一生守る。

美緒に近づく人は、誰だろうと決して許さない。

きっと、ずっと、守る。

ねえ、果凛。私に力を貸して。


ふふっ、果凛もあの日のことを思い出したのね?

もうひと押しで、あの男も遠ざけられるわ。

あともう少し、力を貸して。


私は毎日持ち歩いている美緒の鍵、あの事件の後に無理を言って譲ってもらった鍵を握り締めた。


さあ、そろそろ仕上げね。

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