22 第ナナ話 その1

ダメだった。

言えなかった。

なし崩しのままトモミーにいろいろ約束させられてしまった。

週末のブティックホテル行き、身も蓋もない言いかたをするとラブホ行きだけは「別の約束がある!」と強硬に反対し、なんとか阻止できたけど。


その代わり、来週末のパパママへのご挨拶を、ちょっと特殊な指切りげんまんで約束させられてしまった。

嘘ついたら「刀1000本飲〜ます」って聞いたことないぞ。


あのメガネ、言いたかないけど、ちょっとネジが外れていらっしゃる。

有り体に言えば、アタマがおかしい。

一番ラクかと思ったトモミー攻略は大失敗に終わった。しかも事態はより悪化している。


なんだかドラマのテーマが「ラブコメ」じゃなくなっているような気もするな。

「危険な情事」みたいなサイコホラーみたいになったら嫌だな。俺は映画を思い出し、思わず身震いした。

コワイコワイ、今はトモミーのことを考えるのをやめよう。



さてと。次は桃香ちゃんか。

美緒にはまだ会えないし、トモミーも怖いので、部屋には行けない。


ラジオ局に電話するか?

でも彼女はトモミーと違って社員ではなく、フリーランスだと言ってたな。

局に電話してもフリーランスの人間に電話は普通取り継がないだろう。


ならば、ラジオ局の前で待ち伏せか。

腕時計を見ると、夜7時を回ったところ。

桃香ちゃんは、何時の番組をやってるんだろう?ちゃんと聞いたことがないのを今更ながら後悔する。


そうだ!と俺は名案を思いついた。

ラジオの番組表があれば、DJの名前が書いてあるかも。たしか新聞にラジオ番組欄があったような気がする。

よし、新聞を買おう。


だがコンビニを探して新聞を買おうとしたら、すべて売り切れ。

この時代はサラリーマンが帰宅時間に電車で新聞を読むのが当たり前だからかな?なんて俺の古いドラマオタク知識で勝手に納得する。


でもその代わり、俺は目当てになりそうな雑誌を見つけた。

FMレコパルという雑誌名。

表紙に「史上最強の番組表」っていうパワーワードが書いてあり、注目を引く。


俺は雑誌をめくり、S-WAVEの今日の番組表を探す。

すぐに桃香ちゃんの番組は見つかった。

「サウンドタイフーン DJ菊田モモカ」だって。かっこいい。

放送時間は、夜8時から9時。今からS-WAVEに向かえば、ちょうど番組が終わる時間だな。ベストタイミングだ。

俺はコンビニに売っていた東京の地図でS-WAVEの本社が西麻布にあることを突き止め、渋谷駅前からバスに乗った。



西麻布三井ビルディング。

六本木通りに面した新しいビルにS-WAVEの本社はあった。

俺はエントランス付近で人目につかないようにさりげなく見張る。

もし警備員に誰何されたら、桃香ちゃんのファンだと言えば大丈夫だろう、たぶん。同じように誰かを出待ちしている女の子も数人いるし。


見つかりたくないのは、西田の野郎にだ。

桃香ちゃんは「私の上司」と言っていた。

ということは、サウンドタイフーンのプロデューサーが西田なのだろう。

同時のタイミングで出てくる可能性がある。

もし一緒にエントランスに出てきたら、残念ながら今日は諦めるしかない。

デイリーの番組なので、明日以降もチャンスはあるだろうし、とにかく西田には会いたくない。


ミズキさんから西田の過去を聞いて以来、ヤツには複雑な感情がある。

ヤツを前にしたら、俺も何を言い出すかわからない。同情なんてしたくないのに、奴を嫌いになれない複雑な感情がある。


桃香ちゃん、一人で出てこないかな。


午後9時を回り、10分ほど経った。

髪が長く、夜なのにサングラスをして革ジャンを着たミーュージシャン風の3人の男たちが談笑しながらエントランスを出てきた。

ゲストのバンドマンとか、そんな感じか。

出待ちしていたらしき女の子たちが、嬌声をあげて群がっていた。

なんか見たことがある。俺の時代ではもうおじいさんだったけど、この時代ではまだ若くてカッコいいな。

名前は、あ、ある、アルコール?とかそんな名前。違うかな?


彼らがエントランスを去ると、今度は女性が一人で歩いてきた。

白を基調としたセーラー服風デザインの上下で、ラインは水色。

白い鍔付きのお嬢様風の帽子。そして茶色いサングラスをしている美女。

よく見ると、桃香ちゃんだ。


念のため、桃香ちゃんの周りを確認。

よし、西田らしき人物は見当たらない。チャンスだ。

俺はエントランスに近づき、自動ドアから出てきた桃香ちゃんに声をかける。


「桃香ちゃん」


彼女は不思議そうな顔でこちらを見ると、急に真顔になった。

だがそれは一瞬で、今度は笑顔に変わった。


「ケンイチくん。なんだ、ビックリした〜」

「ごめんね、驚かせて」

「どうしたの〜?誰かの出待ち?」

「もちろん、サウンドタイフーンDJの菊田モモカさんの出待ちだよ」

「またまた〜。新人DJに嬉しいこと言ってくれるな」


言いながらサングラスを外す桃香ちゃん。

今日は仕事だからなのか、セクシーな大人風メイクだ。

ピンク色のリップが、綺麗な形の唇をプルンと強調している。

カワイイ。可愛すぎる。いやいやいや。


「私にファンなんていないよ。新人だしね」

「ファンならいるじゃん。ココにさ」


俺は親指をピッ!と立て、自分の顔を指す。

イケてないと思うなかれ。この時代ではこんなポーズがカッコイイとされていたはずなのだ。古いドラマオタク、なめんなよ。


「で、今日はどうしたの?もしかして……シタくなっちゃった?」


そうだった。

桃香ちゃんが最後に俺に言った言葉は「数日後なら大丈夫だからね」だ。

数日なんてとっくに過ぎている。つまり、今日でも大丈夫、なのだ。

今からでも大丈夫ってことなのか。

いやいやいや、だから今日はそんなことをしに来たんじゃないっての。


その時、周囲にブザー音が鳴り響いた。

そしてビルの地下駐車場から一台の車が出てくるのが見える。

車種は、ポルシェ。

あれは西田の車だ。


そう認識した瞬間、俺は桃香ちゃんの手を引き、柱の影に連れていく。


「ちょっと、どうしたの?」

「ごめん、見つかりたくない」


ポルシェから目を離さずに俺は言った。

エンジンの回転が上げる音がして、ポルシェが目の前を通過する。

運転しているのは西田。

助手席にも誰か乗っている。誰だろう。


……美緒?

見間違えではない、美緒だ。


ポルシェは六本木通りに出る。

俺は無意識のうちに駆け出していた。


「待て、西田!」


騒がしい六本木通りの音とポルシェの轟音で、俺の声はかき消された。

ポルシェが渋谷方向に向かい、少しずつスピードを上げる。

俺は全力で走っていた。だが、距離を詰めるどころかどんどん話されていく。


「……待て、はあ、はあ」


息が切れる。足が悲鳴を上げる。全速力で走るなんて、何年ぶりだろう。

そして、世界が反転した。


「うわっ!」


続いて鈍い音と同時に、左肩と右足に激痛が走り俺は歩道に転がっていた。

痛みに顔を顰めながら渋谷方向を見るが、もうポルシェの姿はまったく見えない。


クソ、クソッ、ちくしょう!

ポルシェを駆る西田に、西田に付いていった美緒に、そして誰よりも自分自身に怒りを覚えてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る