20 第ロク話 その3
映画館を出た俺は、寒くもないのに思わず身震いしてしまった。
見た映画のタイトルは「危険な情事」
この時代に流行っている映画を見ようとして悩んだのだが、女優さんが綺麗だなー、くらいの軽い気持ちでこれに決めた。
だがその中身は、不倫した男性が不倫相手の女性に追い詰められていくサイコスリラーで、死ぬほど怖かった。
途中、不倫相手の女優さんの顔がトモミーとダブって見えた時は、マジで股間がヒュンと縮んだ。これからトモミーに会うのに、嫌な映画見ちゃったよ。
映画は大ヒットしているらしくて基本的には面白かったのだが、今の俺にはちょっと怖すぎる。マジ後悔。
17時20分、俺は指定された喫茶店セグレトへ。
うわ、なんかいい感じだなこの店。
黒光りするがっしりとしたテーブルに、布張りのアンティークな椅子。
ザ・昭和といった雰囲気の喫茶店だ。いかにもトモミーが好きそうな店だと思った。
17時30分ちょうどに喫茶店のドアが開き、スーツ姿のトモミーが入ってきた。
スーツルックのトモミーは初めて見たけど、正直、ちょっとグッときた。
チカン扱いされた日は、トレーナーにジャージ姿だったし、悲劇の鍋パーティの日は、長Tに下はスウェット姿、さらに田舎の老婆が来ているような半纏を羽織っていた。
この子にはファッション感覚は一切ないんだろうなって勝手に思っていた。
しかし、何ということでしょう。
地味目なグレーの色ながら、体の線にぴったりとジャストフィットしたジャケットは、シャツの中で暴れ回る二つの丘陵を覆い隠せずに、はち切れんばかりの振動を繰り返して男心を刺激します。
さらに驚きなのは、その下。
これまでジャージかスウェットという体のラインを不明にさせていたファッションが……何ということでしょう!
膝丈のタイトスカートに包まれ、エレガントなOLの魅力を増幅させています。
さらにおみ足には、肌色のストッキング。
黒のストッキングと人気を二分する肌色ですが、意外にも筋肉質ですらっとした彼女の足のラインを隠すことなく主張するのは肌色以外にない、と言わんばかりの輝きを放っています。
トドメは、その足元をギュッと引き締めるハイヒール。
信金勤めという一見固そうな職業だけど、アフター5は私のものよ、と言わんばかりの、若干光沢のある黒のハイヒール。
社会人なので流石に赤はないだろうとの判断でしょうが、とにかくイイです。グッと来ます。正直踏まれたいです。
「靴がどうかしたの?」
「いやいやいや、何でもないです、はい」
危ない危ない。
あと10秒ヒールを見ていたら思わず「踏んでください!」って土下座するところだったよ。
「ごめんね、仕事帰りでお疲れでしょ?」
「全然問題なし!嬉しくて、午後は仕事に身が入らなかったよ」
嬉しそうにニコニコ笑うトモミー。
あれ、この子ってこんなに可愛かったっけ?
ダサメガネジャージオタク女子だと思っていたけど、今日のセクシー通勤ファッション着ていると、メガネもまた良し!って叫びたくなるな。
それに「笑顔は七難隠す」って言うし、笑っている女の子はどの子も魅力的に見えるんだろうな。
さあ、ではそろそろ本題に入ろうか。
「あのさ、今日はトモミーと話したくてここに来たんだ」
「うん、嬉しい!私もケンちんと会いたかった」
久しぶりだな、汁物呼ばわりは。
まあいいや。トモミーは女問題三銃士の中でも最弱。早めに退治しなければならない相手だ。
すぐにでも切り込まなければ。
「この前の鍋パーティのことだけど」
カーーーっという擬音が聞こえそうなほど、トモミーの顔が急激に赤くなる。
「ケンちん、あ、あのね。美緒から聞いた、でしょ?」
「聞いたよ。トモミーが暗闇で、俺にキスをしたんでしょ?」
「私ね、実は、初めてだったの。ファーストキス」
奇遇だな、俺もファーストキスだったよ。好きでもない女の子から無理やりだったけどね。
しかもフレンチじゃなく、大人のキスだったしね。
「だから、美緒から聞いたでしょ?」
「キスのことは聞いたよ」
「そっちじゃなくて。あの、付き合うって話」
「……誰が?」
「やだ。ケンちんと私よ。決まってるじゃない」
……あれ、なんか意見の相違が見られますが、これは一体どうしたことでしょうか。
俺は美緒と話した時の記憶を呼び起こしてみる。
(どうする?トモミーと付き合う?)
美緒は確かそんなことを言っていた。
(研一くんはトモミーのこと、どう思ってる?)
これってどうやら。
トモミーが俺と付き合いたいと美緒に相談し、友人である美緒が俺に可能性を探っている、そんな流れの会話だったようだ。
俺はその時、その流れを無意識に察知。
美緒に自分の思いを伝えていなかったことを思い出し、急遽告白モードに変身。
だが桃香ちゃんの乱入、俺の身体的変貌による誤解、そして渋谷ビンタ事変へと繋がっていった。
さて、どうしよう。
出たとこ勝負だと思っていたが、事態は思いのほか複雑だ。
でもシンプルに考えるしかない。
今の俺は、トモミーと付き合うつもりはない。
俺が好きなのは、美緒だ。
「あのね、来週の土日、ウチのパパとママが東京に来るの」
あれ、急に何の話だっけ?
前のことを思い出していたから、目の前の会話の流れを一瞬失っている。
「ケンちん、パパとママに挨拶してくれるよね。結婚とかはまだ早いと思うけど、ウチの両親がケンちんに早く会いたいって」
あれ?俺に会いたいって、なんでだろ。
「ママと電話で話したんだけどね。パパは古い人間だから絶対ダメっていうだろうけど、ママは婚前交渉も今の時代はアリじゃないかって」
婚前交渉って、どんな交渉なんですか?
「私としては、もうキスもしちゃったし。ママに内緒にしてくれるなら、今週末でもイイよ。あのね、行ってみたいブティックホテルがあるんだ。そこでね、あのね……してもいいよ」
今週末に何を……してもいいのでしょうか。
思考が会話にまったく追いつかない。
いや、イチイチ心の中でボケているところを見ると、俺は状況を100パーセント理解できている節もある。
ただ単に認めたくないだけのようだ。
客観的に言うのはやめよう。正直に言おう。
一体何考えてんだこのアマ!
心の中で「このアマ!」と怒鳴った瞬間、世界に音楽が流れ込んできた。
今回はいつもの音楽じゃない。
これは、あの曲だ。
90年代一番人気のラブストーリードラマの主題歌。
ハイトーンのおじさん歌手が歌う、俺たち会わなかったら他人のままだったよね、と要約すると身も蓋もない歌詞の、超有名曲。
なんでこのタイミングで、この曲なんだよ。
まるで俺とトモミーが運命的な瞬間を迎えたみたいじゃないか。
こんな場面で今回のお話はおしまいなのか。
目の前にあるトモミーの満面の笑顔が、徐々にフェードアウトしていく。
つづく。
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