19 第ロク話 その2

店の外に出ると、小雨が降っていた。

傘を借りようかと思ったが、これ以上ミズキさんに迷惑かけるのも悪いと思い、濡れて帰ることにした。


さて、これからどうしようか。歩きながら俺は考える。

美緒のことは一旦置いておこう。今のまま彼女と話しても、何も進まない。

そして、トモミー。こちらは一回話しておかないと、後々問題が起きる可能性が高い。

さらに桃香ちゃん。彼女とはきちんと話さないと。


優先順位はどうする?

トモミーが最初か。その次に桃香ちゃん。

問題が片付いたら、最後に美緒だな。


決めてしまえば、話は早い。トモミーとまず話してみよう。

連絡はどうする?部屋を直接訪ねるのは、どう考えても悪手だろう。

だって話さなければならない人、全員が同じ部屋に住んでいるんだし。


何度も言うが、この時代にはスマホどころか携帯電話ですらあまり普及していない。当然、個人のSNSとかも存在しない。インスタだのXだの、何それおいしいの?って時代だ。

つまり家電に連絡するか、直接訪ねるしか話す方法はないのだ。


では、どうしよう。

トモミーだけに連絡が取れる方法は、何だ?

電話ダメ。訪ねるのダメ。ならば……

そうか、ひとつ方法がある。


俺はまず、公衆電話のボックスを探した。

ネットで検索〜とかできない時代、調べ物は図書館か電話だったと聞いたことがある。


公衆電話はすぐに見つかった。

六本木は昼より夜の方が人の多い街。六本木ヒルズができる前は、それほどビジネスマンがいる街ではなかったらしい。

俺は生まれて初めて公衆電話のボックスに入ると、電話帳を探した。


「タウンページ」「ハローページ」と表紙に書かれた2冊がある。

なんだこりゃ?タウンとハロー、違いがあるのか?

俺が探したいのは、トモミーが働く信用金庫の電話番号が書いてある方なのだが。


信金だから、ええと。

お客さんが来るよな。挨拶するよな。ハロー、だよな。

そっか!ハローページだ、きっと。

お客さんが来る店とか、そういうのがハローページだろう、きっと。


だがハローページをめくってみて、俺は結構驚いた。

個人名と電話番号、さらに住所も途中まで書いてあるんだよ?

これ、個人情報まる見えじゃん!ヤバいじゃんNTT。

さらに俺はページをめくる。


店の電話番号もあるが、個人商店とかそういうのが多い感じ。

あれ、こっちじゃなかったのかな?

そう思って今度はタウンページをめくってみようと思ったのだが。


その前に、俺は公衆電話ボックスに入った瞬間に見つけた、すごく気になるものを見やる。

それは、大量のカード状のチラシ。

なんだか綺麗な女の子が印刷されていて、店名と電話番号も載っている。

これ、きっとエロい店だな。

あっ、この人、俺がよく見ていた古いドラマの生徒役の子だ!

フォトショップで加工したのか、その子がスケスケのランジェリー姿でポーズをとっている。

この電話番号にかけたらこの女優さんと、もしかしてエロいことができたり?


んなわけ、ないない。

俺は初電話ボックス来訪記念にとポケットに数枚こっそりとチラシを忍び込ませると、今度は「タウンページ」をめくり始めた。

ビンゴ!

こっちには職業の業種ごとに区切られて、電話番号と住所が書いてある。


信金、信金っと。銀行の、信用金庫の、あった!

支店名は、確か渋谷。

意外にあっさりとトモミーが務める信用金庫を見つけることができた。


さて、どうしよう。

腕時計を見ると、時間は正午前。

いま行ってもまだ仕事中で話もできないだろう。

うん?でももうすぐ昼休みか。

今からバスに乗っていけば30分くらいで着きそうだ。


と思ったが、せっかく電話ボックスにいるんだし、実はちょっとだけ、ここから電話してみたい欲がムクムクと湧き上がってきた。

ダメで元々、信金さんに電話してみようかな?


受話器を持つ。結構重いぞ。

えっと、テレホンカード?何だそりゃ。

今から用意するにしても、どこで売っているかわかんないし。

よし、現金で掛けよう。


俺はポケットから10円玉と100円玉を出す。

なになに、100円はお釣りが出ませんだと?そりゃ困るな。

ということで10円を購入。


番号の書かれたボタンを押すと、あとはケータイと同じ。余裕余裕。


「はい。にこやか信用金庫、渋谷支店の松浦が承ります」

「あーもしもし。神南3丁目の鈴木商店のモンやけど」


もちろん仮名だ。

個人名で電話したら、まず取り次いでもらえないだろうと思って。


「鈴木商店様、お世話になっております」

「そちらに藤野朋美さんっておりますかいの?」


なんで俺は関西弁キャラで話してるんだ。

そうか、ミズキさんの影響だ。あの人、キャラ濃かったからな。


「藤野ですね。少々お待ちください」


保留音が流れる。クラシック音楽だ。

これはヴィヴァルディの四季、だな。明るくていいイメージじゃないの。


「大変お待たせしました。藤野です」


お!何だか普段とイメージ違うぞ。

さすが社会人、ちょっと見直しちゃうね。


「トモミー?オレオレ」

「……失礼ですが、どなた様でしょうか?」


おっと、オレオレ詐欺風でふざけている場合じゃない。


「ケンイチです。山本ケンイチです。元チカンの」

「ケンち……はい、どうされましたか?」


俺の名前を呼びかけて、慌ててトーンを落とすトモミー。

周りに他の人がいるんだろうな。


「実はちょっと話したいことがあるんだ。きょう仕事何時に終わる?」

「はい、17時30分でしたらお約束できるかと」

「オッケー。信金の近くでお茶できるとこ知らない?」

「はい、それでしたら渋谷警察署の近くにある喫茶店セグレトでお願いいたします」

「セグレトね。じゃ、あとでよろしく」

「……楽しみにしてるね」


最後は小声で囁くように言って、トモミーは電話を終えた。

さて、時間までかなりある。どこかで時間を潰さないと。

学校に行くか?いや、万が一美緒に会ってしまったら、俺は何を口走るかわからないから危険だ。


うーん、この時代のことはまだよくわかってないからなぁ。

よし、いっそ映画でも見て時間を潰すか。

俺はバスに乗り、とりあえず渋谷の街を目指した。

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