18 第ロク話 その1

気がつくと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。

ゆっくりと左に顔を動かすと、小さな窓が見え、外は明るかった。

ここは、どこだ?


俺は首を動かし、反対側を見る。


誰か、いる。


ハッとして俺は飛び起きた。なぜか服を着ていない。

隣にいる誰かも、服を着ていない。

二人ともハダカだ。

俺は隣にいる誰かをそっと見てみた。


女性だ。

細身で、肩のラインが滑らかで、全部は見えないが胸も結構ある。


何これ、一体どんな状況?

俺は目を閉じ、昨晩の記憶を探ってみる。


バーのカウンターに西田が座っている光景を思い出す。

彼は何か俺に言っている。

内容は思い出せないが、すごく不快な気分になったことだけ記憶している。


美緒がボディコンを着て、外国人の太い腕に手を回して甘えている。

怒りはなく、なぜか羨ましいような、そんな気分がある。


そうか。

俺は西田が帰った後、酔い潰れて、どこかで意識を失ったんだ。


でも、そのあとは全く覚えていない。


隣の女性に呼びかけてみようか。

でもハダカだし、俺もハダカだ。

状況だけ見ると、もう完全にアノ後だ。俺、全く覚えてないよ。

経験ないのに、経験者になっちゃったのかな。


すると「う〜ん」と言いながら、女性が寝返りを打った。

顔がこちら向きになるが、髪が長いためよく見えない。

見えるのは、胸全体だ。

母親以外の女性の胸をこんな至近距離で見るのは初めてだ。

ありがたや、ありがたや。

なんとなく両手を合わせて、胸に向かって拝んでみた。


すると、女性がぱっちり目を開けた。


「あ、起きた?」


女性が髪をかきあげると、顔がすべて明らかになった。

その顔を見て、俺は驚いた。


誰、この人?


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「ハハハ!きみ、おもろいなぁ。なんでおっぱい拝んどったんや?」


上半身にタンクトップを着て、下はパンティのみのお姉さんは細長いタバコの箱を取り出すと、中から一本取り出して火をつけた。

タバコの箱には「ヴァージニア・スリム」と書いてある。

すぐに紫煙が狭い部屋全体に立ち込め、独特のメンソールの香りが立ち込めた。


「キミも一本どうや?」

「いえ、吸いませんので」


俺たちの世代でタバコを吸う人はあまりいない。

この時代の人は女性でも吸う人が多かったみたいだけどね。


そんなお姉さんの名前は、ミズキさん。

その正体は、本人曰く「夢見る生粋の河内人」。


だんじりで一年の鬱憤を晴らし、普段は義理人情を心にまとって闘い抜く。

7年前に愛する故郷・岸和田の仲間たちに見送られ、東京制覇という目標に向かって六本木の酒場で糊口を凌いでいる夢追い人だ、とはすべて本人の弁。


何を言っているのかよくわかんないが、要するに大阪から六本木に出てきて、バーでバーテンをやっているお姉さんということだ。

昨晩、俺にお酒を作ってくれたバーテンと言えばわかりやすいか。


「ホンマ驚いたで。あんさんが店をフラフラ〜って出ていったの見たんやけど、なんか危ないな〜て思て追っかけたら、外人はんのグループの前でクタクタ〜って崩れ落ちてな」

「はい、そこまではなんとなく覚えてるんですけど」

「あ、ええモンひろた〜ちゅうて、ここに連れ帰ったんや」


ここというのは、昨日のバーの2階にある狭い部屋。

ミズキさんはここの住み込み店長兼バーテンとして働いているんだとか。


それにして「拾った」って。心配して追っかけてきてくれたんですよね?


「すみません、重くなかったですか?」

「メッチャ重かったわ〜。もう汗だくになってしもて、すっぽんぽんなって、店のシンクで体洗ったわ〜」


なんとも、豪快なお姉さんだこと。


「そしたらなんか、ムラムラ〜ってなって。

部屋に戻ったら、あら不思議、若い男が落ちてるやないの!

せやから、だんじりの神様、ありがと〜ゆうて脱がしたんよ」


ひええ。話だけを聞くと完全にヤバい人だ。痴女だ。


「ほんでも兄やん、酔っ払って熟睡しとって、1ミリも反応せんでな〜。

だんだん面倒くさなって、もうええわ!ちゅうて寝てもうたわ」


結局、してないのか。

……なんだろう、ちょっと残念な気もする。


「ま、いろいろジョーダンやけどな。東京制覇の夢だけはホンマやで!」


むしろ、それが一番嘘っぽい気もするんだけど。


「ま、そーゆーことにしとこか」


ミズキさんはタンクトップの上にさらに大きなトレーナーを着る。

さっきからチラチラ見えていた目の保養がすべて消え去ってしまった。

残念!


「さ、次は兄やんの番や。きのう俊一ちゃんと話してたのは、キミの彼女さんのことなん?」


俊一ちゃん?ああ、西田のことか。

店の常連っぽかったし、元々知り合いなんだろうな。


「あの人な、一回離婚しとるんよ」

「離婚?」

「有名な話でな。まあ界隈では知らん人のおらん話や。

メッチャ有名なプロデューサーさんやろ?女の子にモテモテやってん」


まあ、そうだろうな。でも、何で離婚に?


「俊一ちゃん、ある女優さんにめっちゃ惚れられたんやけど、俊一ちゃんは好きな子が別におったんや。期待されとった可愛いアイドルやった」

「……」


「でも芸能界ってコワいとこでな。その女優さんの事務所の社長、業界のドンと呼ばれとる人なんや。女優さんが俊一ちゃんと結婚したいってドンにねだってな。俊一ちゃんも仕事柄、その縁談を断りきれなかったらしいんよ」


「……その、西田の好きな子っていうのはどうなったんですか?」

「もちろん別れたで。その子、可哀想でなー。ショックで芸能界引退して、田舎に戻ったって聞いたんやけど、実際は行方不明らしいで」

「行方不明?」


「ま、実際のところはどうなんか知らんで。でもな、ドンに強引に結婚させてもろた女優さんもな、すぐに浮気したんや。揉めそうになったんやけど、事務所に有耶無耶にされてな、1年も経たずに離婚や。

俊一ちゃんにとっては踏んだり蹴ったりやで、ホンマ」


西田は、自分は悪い男だと言っていた。金と女に溺れたと言っていた。

真っ当じゃない人間だとも言っていた。


でもそれには相応の理由があったということなのだろうか。


「一時期は毎日ウチの店で酔い潰れてたんやけど、ここ1年くらいになってやっと普通の飲み方するようになって、安心しとったんやで?」

「……」

「キミの彼女な、俊一ちゃんに任せてもええんちゃうか?」

「ちょっ、待ってくださいよ」

「詳しい事情は知らんし、別に聞きたくもないわ。ほんでもな。

俊一ちゃんは多分、2度と女の子を泣かせるようなことはせえへんで」

「……そんなこと」

「ま、知らんけど。さ、ミズキさんはそろそろお昼寝タイムや。

役立たずの棒立たずのフラレ坊主は帰った帰った!」


ヒドイ言い草だ。なんか若干韻も踏んでるし。ラッパーかよ。

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