16 第ゴ話 その1

ピンポーン。また玄関のチャイムが鳴った。

窓の外は明るい。見ると、壁の時計の短針は12時を回っていた。


これでチャイムがなるのは本日5回目だ。その間、俺はずっと居留守を続けている。

たぶんチャイムを鳴らしているのは桃香ちゃんだが、俺はいま、彼女には会いたくない。


桃香ちゃんに告白された。

美緒に泣かれて平手打ちされた。

ついでに、トモミーに暗闇で大人のキスをされた。

その3人が住んでいるのは、壁を挟んで数メートルも離れていない、隣の部屋。


どうすりゃいいんだ。

この1週間、俺はずっと堂々巡りだった。


こんな時、俺が相談するのは本来、親友の義庵のはずだ。

でも義庵は桃香ちゃんのことが好き。

その桃香ちゃんに告白された俺が、義庵に相談できるわけがない。いくら義庵がいいヤツだからって、好きな女が親友を好きだってわかったら、かける言葉もなくなるだろう。


八方塞がり。

手詰まり。

五里霧中。

四面楚歌。

万事休す。


なんでこんなに俺の心境を表す言葉がたくさんあるんだろう。

いくらこの世界がドラマユニバースだからといって、展開がドラマチックすぎないか?


今度は家の電話が鳴った。

携帯などないこの時代、家の電話には大事な連絡がたくさん入ってくる。

もしかしたら、義庵への重要な電話かもしれない。

もしかしたら、俺の家族が倒れたとか(この世界のどこにいるのか実はわからないんだけど)の電話かもしれない。

嫌だからといって、電話に出ないことはこの時代はありえないのだ。


しかも今日は、留守電にしておくのも忘れていた。

留守電なら、メッセージを聞いて重要な用件だったら途中で出るとか、そんなことができたのに。


コール音が11回を越えた。

10回以上鳴らすということは、重要な電話の可能性が高い。

仕方なく俺は受話器を取る。


「はい、大鳥ですが」


部屋の名義は「大鳥義庵」。もちろん電話もそうだ。

だから電話では大鳥の姓を名乗る。


「すみません、そちらに山本さんという方はいらっしゃいますか?」

「山本は私ですが。どなた様ですか」

「あ、研一くんか。俺です。西田俊一です」


しゅんいち?一瞬わからなかったが、

「え、西田?なんでウチの電話知ってるんだよ?」

俺の恋敵にしてラスボス候補、西田俊一からの電話だった。


「鍋パーティのとき、義庵くんに教えてもらったんだ」


そっか。義庵と西田の野郎、なんだか楽しそうに話してたもんな。余計なことしやがって。


「で、何か用ですか」

「ちょっと一回、キミと話したいと思ってさ。時間ある?」


西田が俺に何の用だ?

少なくとも俺には話したいことなどひとつもない。


「いえ、忙しいんで」

「そう?なら別に僕はいいんだけどさ。」


ああ、お前と話すことなんて何もないさ。できれば、顔も見たくない。


「美緒ちゃんのことで相談したいことがあったんだけどさ。ま、いいや」


美緒のことだと?何の話だ。

美緒と付き合いたいとか、好きな花は知っているかとか、どうせ碌なことじゃないだろうが……少し気になる。


「もし今晩時間が空いたら、六本木の芋洗坂にドゥエロっていうバーがあるんだけどさ、そこに来てくれない?僕は8時ごろからずっとそこで飲んでるよ」

「すみませんが、多分行けないと思いますね」


誰が行くか。早く電話を切ってしまおう。不愉快だ。


「わかった。じゃあ僕が美緒ちゃんと付き合ってもいいってことだね」

「ちょ、お前何を……」

「待ってるよ」


ガチャン、と電話が切れた。

西田が、美緒と付き合うだと?

そんなこと、できるはずが……いや。まさかアイツ、傷心の美緒につけ込んで?

あの時、泣いていた美緒。

ルームメイトの二人に相談もできず、名刺をもらった西田に相談して慰めてもらってそれでそれで……悪い想像がどんどん膨らんでしまう。

くそッ、西田の野郎め。

行ってやる、あいつと、対決してやる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る