15 キクタモモカ
ふう、なんか間一髪って感じだったな。
ラジオの打ち合わせが延期って研一くんには言ったけど、あれ嘘。
あのあと急いで局に行ったんだけど、本番ギリギリですごく怒られちゃった。
でも仕方ないよね。
なんか嫌な予感がしたんだもん。
さっき研一くんに話したことに嘘はないよ。
言わなかったことがあるだけ。
何を言わなかったのかって?
それを説明する前に、もう一回私の昔話、聞いてくれる?
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美緒と初めて会ったのは、高校の入学式のあとのホームルームだったかな。
隣の席にすっごい美少女がいて驚いちゃった。
正直、福岡に私と同世代で、私より美少女がいるなんて思ってもみなかった。
でも話しかけてみると、これがすっごい良い子だったんだよね。
自分より可愛くて悔しい!って思うより、この子と一緒の高校生活は楽しいんじゃないかって、素直にそう思っちゃった。
中学までの私って、すごくモテた。多分街で一番モテてた。
小学校の頃から年に何回も告白されてたけど、中学に入ったら男どもがみんな色気付き始めて、もう月イチどころか週イチぐらいで告白され続けた。
はっきり言って誰の顔も名前もぜんぜん覚えていないけど。
そうなると、自分が人より可愛いってことは嫌でも自覚する。
こっちは男の人なんか全然興味ないのに。
でね。中学時代の女の友達。わたし一人もいなかったんだ。
そりゃそうだよね。クラス中の男がチヤホヤする女。
先輩も、別の学校の生徒も、男の先生まで、こぞってチヤホヤする女。
そんなヤツが近くにいたら、ムカつかないわけがないでしょ。
まあ、ひどいイジメだった。
マジで死にたいと何度も思ったほどだった。
陰険なんだよね、みんな。
誰にもバレない場所でしか正体を表さないんだもん、イジメっ子って。
自分の身を守るには、興味がない男に頼るしかなかった。
群れの中で一番強い男を見つけて、その庇護下に入る。
その代わり、私自身を強い男に提供する。
番長と呼ばれる人だったり。
暴走族総長と呼ばれる人だったり。
校長という肩書きの人だったり。
議員という肩書きの人だったり。
中学時代にして、私の人生こんなもんか、って諦めてたんだ。
だからさ。
誰も私のこと知らないとこに行きたくて、家からずっと離れた親戚のところに預けてもらって、そこから近い女子校に通うことにしたんだ。
もう共学はうんざりだったしね。
そこで私は、美緒に出会ったんだ。
美緒は美少女だったけど、怒りっぽくて結構短気だった。
結構天然なところもあって、なんでもすぐに勝手に勘違いしては怒ったり泣いたり、とにかく見ていて飽きない子だった。
私たちは部活も入らず、二人でマック行ったり、図書館行ったり、互いの家で遊んだりしてた。
私はもう男の庇護下に入っていなかったから、もうほんと毎日美緒とばっかりいろんなことを話したり、ゲームしたりしてた。
それに、面白いんだよ。
美緒と私は性格ぜんぜん違うのに、好きな男のタイプは似てるの。
顔じゃないよ。男の顔なんてはっきり言ってどうでもいいもん。
美緒が好きなタイプは、自分を許してくれる人。うん、それもわかる。
私が好きなタイプは、自分を認めてくれる人。
私は私だし、直せるところは直したいと思うけど、それって結構難しいよね。
でも田舎の学校だったし、そんなタイプの男は周りにいなかったんだ。
それが良いことだったのかそうじゃないのか、今となってはわからないけど。
高一の冬の修学旅行。
自由行動の班作りで先生に言われたのは、最低3人のグループを作ることだった。私たちはいつも二人だったし、あとのクラスメイトはもうグループが出来上がっていた。
いや、違った。一人だけ、誰からも相手にされない暗い子が残っていた。
そうだよ、藤野朋美。トモミーのこと。
勉強はできたし生活態度も真面目だったけど、なにしろ暗いし、いつも大きいメガネをかけて読書していて、何考えているのかわかんない子だったな。
嫌だったけど、先生の作ったルールに従って、美緒と私、朋美の3人グループが出来上がったんだ。
平等院鳳凰堂。
私たち3人グループが自由行動で向かったのはその美しい建物だった。
10円玉の絵と同じ角度になる場所で、私と美緒は朋美に写真を撮ってもらった。朋美は自分の意見をまったく言わないし、何を考えているのか全くわからなかった。
でもね、そのあと新京極のアーケードでお土産を買っている時、あの事件が起こったの。
どこから来た学校なのかはわかんないけど、言葉に変な訛りがある高校生の不良グループが私たちに声をかけてきた。
なるべく目立たないようにはしていたんだけど、浮かれた修学旅行生にとって、他校の女の子グループは1番の興味の対象だったみたい。
3人グループ女子高生の私たちは彼らに目をつけられ、付きまとわれた。
「すっげー可愛いズラよ、この子」
「こっちも激マブだっぺな」
「オイラと遊びに行くべ!」
私と美緒は変なリーゼント頭の高校生に手を引っ張られた。
単ランにボンタン姿。
当時全国にいたザ・不良そのままの人たちだった。
ビーバップハイスクールのザコ不良みたいな人たちだった。
多分シンナーのやりすぎで歯が欠けた、若いのにパンチパーマをかけた男が
私と美緒の手を引っ張った。
「やめて!」
「うーん、嫌がる顔も可愛いズラねー」
もう、本当に最低。
さっきまで一緒にいた朋美もいつの間にかいなくなってる。
なんなのよ、あの子。ぜんっぜん役に立たない。
「近くにホテルあっから、そこ行くっぺ」
私は、別にそういうのは慣れてる。でも美緒はそういう子じゃない。
なんとか、美緒だけでも助けてあげたい。
私はスカートのポケットに入れていたボールペンを握った。
これで、あの男の目を。その隙に美緒を逃そう。
でも、その時。
ヒュン、ビシッ。
何かが私の手を掴んでいた男の手を打ちつけた。
「いででで!何すんだ、このブス!」
いつの間にか、木刀を持った朋美がそこにいた。
木刀の手元には「坂本龍馬」と彫ってある。
そうか、いつもメガネをかけてたから気づかなかったけど、トモミーの正体は土佐を脱藩した元武士だったのか、ってわかったの。
うん、ごめんね!ふざけちゃって。
でもほんとビックリしたの。
木刀を持った朋美は、ほんの1分ほどで不良グループ10人くらいを全員叩きのめしちゃったんだから。
朋美の剣筋は素人ながら優雅で早く、息の乱れもまったくなかった。
その後不良グループと私たち3人は、商店街の人の通報で全員警察署に連れて行かれたけどね。
でも朋美のおかげで美緒も私も怪我ひとつなかった。
その夜、私は始めて朋美とちゃんと話をした気がする。
剣道師範の娘として物心つく前から剣道を習っていたこと。
中学に入る頃には、道場で彼女に勝てる人は誰もいなくなっていたこと。
だから師範が見ていないところで男たちにこっそりイジメられていたこと。
だから男が大嫌いになったこと。
剣道が嫌になって親元を離れ、剣道部のない学校に来たこと。
でも同じグループの女子二人が危なかったので、お土産屋で木刀を買ってきて3年ぶりに剣をふるったこと。
なんだか私は彼女の話を聞いて、自分が嫌になっちゃった。
私はただ、誰かの力を借りて生きてきただけ。朋美とは違う。
そんな話をしたら、彼女は言ってくれたの。
「力が強い人が強いんじゃない。心が強い人が本当に強い人だと思う。
だから私、桃香さんはすっごい強い人だと思うよ」
実際には、それだけじゃダメだろう。
現にいくら心が強くても、朋美がいなければどうなっていたからわからない。
でも朋美はメガネを光らせながら、ニッコリと私に微笑みかけてくれたの。
「大丈夫。力が必要な時は私がいるから。私がダメな時は、逆に助けて。
あと私のことはトモミーって呼んでね」
私は、彼女に向かって大きく頷いた。
その日以来、美緒とトモミーと私は大の親友になったんだ。
高校卒業するときも、3人で力を合わせて東京の街で暮らそうって決めてた。
だから、今は結構楽しいよ。
それぞれ自分のしたかったこと、頑張ってるしね。
え?
告白の時、研一くんに言わなかったことは何かって?
そうそう。まだ言ってなかったよね。
ごめんね、昔話がやたら長くなっちゃって。
でもさ、話すとすっごく長くなるから、今度でいい?
次は絶対話すからさ、約束!
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