14 第ヨン話 その2

意を決し、俺の本当の思いを、美緒に伝えようとしたその時。

俺の告白を遮るように、俺たちの前に現れたのは。


桃香ちゃんだった。

彼女は小走りで、俺たちのテーブルに近づいてくる。


「ふー、探したよケンイチくん。まさか美緒と一緒だったとはね。

あれ、もしかしてー。デート中だったりして?」


いきなりデートと言われ、俺は思わず、

「いや、そんなんじゃなくって。トモミーの話してたんだ」

と否定してしまった。


「ね、美緒ちゃん」


嘘はついていないし。

まさか「いまちょうど告白中だったんだ!」とかそんなこと、恥ずかしくて言えるはずもない。

なのに美緒はなぜか、ムッとしたような顔で俺を軽く睨む。


「そうね」


と顔を背ける。

なんだかそっけない。

急にいつものツンケン美緒に戻ってしまったようだ。


「そっか。あのね、実はケンイチくんに会いにきたのは理由があって」

「モモちゃん、今日仕事はどうしたの?」

「打ち合わせがあったんだけど、西田さんがケンイチくんの誤解を解いてこいって、打ち合わせ時間を延期してくれたんだ」


また西田か。

でも「誤解を解く」ってなんだろう。

たぶん、二人がキスしていたことだろうけど。


「正直に言うね。美緒にも聞いて欲しいの」


美緒と俺は顔を見合わせ、同時に頷く。

それを見た桃香ちゃんは、楽しそうに話し始めた。


「実は昨日、西田さんにキスをしたのは私の方なの。でもね。

実は私もキスする相手を間違っちゃったんだ」

「間違い?」


「私は西田さんのこと、ケンイチくんだと思ってキスしたの。

電気が点いたら西田さんで、私もビックリガッカリよ」


息を呑む美緒。

俺はその時、どんな顔をしていたのだろうか。


「だからこの際、はっきりさせとこうと思って。

私、研一くんのことが好きになっちゃったんだ。付き合ってほしいの」


一球入魂、ストレートど真ん中な告白。


「ケンイチくん優しいし、穏やかだし、顔だって私の好みだし。

体だってスマートじゃない?わたし太い人と毛深い人、ダメなんだ」


毛深いのはダメなのか。

義庵、お前がいないうちにお前の片思いは終わりを告げられてるよ。


「昨日、義庵くん美緒に間違ったって謝ってたじゃない?

あれ、わたしにキスしようとしてたんだよね、きっと。

だから私、早く自分の態度をはっきりさせなきゃ、って思ったんだ。

それが、ケンイチくんへの告白の理由」


めっちゃ嬉しい。生まれて初めて、女の子に告白された。

しかもアイドルそっくりの美少女。

ウィスパーボイスで、かわいくて、ちょっとセクシーなところもある、ラジオDJの社会人。

嬉しくないはずがない。


いや待て、ダメだ。

俺いま、美緒に告白途中だったんだ。

美緒を見ると、目の焦点が合ってないような顔で固まっていた。


俺は決意する。

いくら可愛い桃香ちゃんにストレートな告白をされようと、ここは断らなくっちゃダメだ。

傷つけるかもしれないけど、ズルズル誤魔化すよりはいいはずだ。


「桃香ちゃん、あのさ。俺、言わなきゃいけないことがあって」


言おう。言いにくいけど、言ってしまおう。

だがその時、予想もしない攻撃が桃香ちゃんの口から飛び出した。


「わかってるよケンイチくん。私と、エッチしたいんだよね」


…………は?


「ケンイチくんってさ、私と話している時さ。

いつも、立ってるよね」


立って……は?……何が?


「ほら、今だってスゴイよ」


スゴイって、何が?

頭が回らない。

俺は桃香ちゃんの指差すものを、ゆっくりと見る。


そこには、オイラの不肖の息子、通称マイサンがいた。

俺に意思に反して、ガッチリと、まるでジーンズを破かんばかりに、自己の存在感を主張していた。


おい、俺の息子。お前は何で立ってるんだい?

しーたーい!

いやごめん、パクりとしてもサイテーな表現だ。


「今日はね、あの、ダメな日だけど、2、3日したら大丈夫!」


この話題は、マズすぎる。

美緒に何かフォローを……あれ?

いつの間にか、テーブルの向こうに座っていたはずの美緒が消えていた。


「それだけ言いたかったんだ。これからよろしくね!」


モモちゃんは俺の頬に軽くキスをすると、手を振りながら学食を出ていった。

周りの学生さんたちは白昼堂々の頬キス現場を、見なかったフリで対応してくれているようだ。

いや、チラチラ見ている人もたくさんいるか。


あっというまの出来事だった。

すっかり桃香ちゃんのペースだった。

呆然。俺の姿を表すのにそれ以上の熟語は必要なかった。


だが唐突に。

あ!!!

そういえば美緒はどうした?

いついなくなった?

ヤバい、すぐに誤解を解かないと、すでに試合終了になってしまう。

俺は駆け出し、美緒を探した。


学食の周り、図書館、通路、校門付近、どこにも美緒の姿は見当たらない。

俺は校門を出て国道246号線を渋谷駅方向に走る。

もしかしたら、自宅のあるマンションに戻っている途中かもしれない。

ジリジリした感情に囚われながら、俺は全神経を集中して美緒の姿を探し回る。


そして宮益坂上の交差点に差し掛かった時。

美緒の姿を交差点の向こう側に見つけた。

美緒は早足で宮益坂を下っていた。


信号なんて待っていられない。

俺は車の間を縫って美緒を追いかける。

クラクションが鳴らされ、誰かに怒鳴られるが知ったことではない。いま俺は大事なことをしなくてはならないのだから。


誤解をとき、俺が好きなのは美緒だと伝える。

それは絶対に今、しなければ。


俺は宮益坂下の交差点手前で、やっと美緒に追いついた。

「美緒!待ってくれ」大声で呼びかける。

美緒はすぐ、俺に気づいた。

だが振り向いたその表情は、俺が想像していたものと違っていた。


きっと怒っている。そう思っていたその表情は、涙で濡れていた。

急いで駆け寄り、美緒に俺の思いを伝えなければ。


「美緒、聞いてくれ」

「……」


美緒は何も答えない。


「さっきのは、誤解だ」

「……何が」

「俺が好きなのは、美緒だ」

「……うそ」

「嘘じゃない」


もどかしい。はっきり伝えているつもりだが、美緒には響いていない気がする。


「じゃ、なんで」

「……なんでって、何だ?」

「なんで、桃香で、あんなになるの?」


……アレのことか。

なんて説明しようか。

実は自分でもよくわからない。

エッチな本や動画を見ると、普通若い男は誰でもあんな感じになる。

急には抑えられないこともある。

好きだから、だけじゃなくって、急にスイッチが入るというか……女の人には説明しにくいけど、人間の整理だもの。


簡単に説明できる言葉はないものか。

探せ。彼女が納得する言葉を、探せ。頭をフル回転させろ。

そして俺は、ある一言を見つけた。


「俺、男だから。

桃香ちゃんだけじゃなく、誰でもああなるんだ。

例えば、トモミーでも、もちろん美緒でもだ」


これだ。これが男の生理の真実だ。


だが。

俺が言いたいことは伝えたつもりだが、伝えられたほうの気持ちは。


「……誰でも、いいってことだよね」


悪手だった。

言葉の選択を完全に間違えた。

取り返しのつかないミスを犯した。


「バカッ!ケンイチなんて、大っ嫌い!」


パーーーーン

パーーン

パーン

…… 


まるで舞台の音響効果さんがつけたような、きれいな平手打ちの音がエコーをかけながら周囲に響く。

渋谷駅のすぐ近く、宮益坂下交差点。

結構な人通りがあるのに、誰一人こっちを見ていない。

それだけではない。なんだか世界がスローモーションになっている。

それに本来聞こえるはずの街の喧騒も一切聞こえない。


相変わらずこのドラマ世界は、とってもドラマチックだ。


平手打ちのエコーが消えると、涙を一杯ためて平手打ちを終えたままのポーズで立ち尽くしていた美緒が、大きく頭を振って走り去っていく。

そのタイミングで、今まで聞こえなかった街の喧騒がフェードインしてきた。


「俺、一体どうすりゃいいんだよ……」


そのセリフを言い終えた瞬間、ピアノとストリングス曲が世界全体に流れ始めた。

どうやら、今回のお話はこれで終わりらしい。


俺、どうしてこんなことになったんだろう。

まるで走馬灯のように今までの出来事が頭に浮かんでは消えるけど、答えは見つからない、見つけれら無い。


今回のエンディングが、過去イチで辛い。

これもう、取り返しがつかないかもしれないな。


俺は横断歩道の手前で、がっくりと膝をついてうなだれた。


つづく。

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