12 第サン話 その3
闇鍋パーティが始まった。
闇鍋とは、部屋の電気を消したあと、各々が持ち寄った材料を一つずつ鍋に入れる。その食材は食べられるものでも違うものでも、なんでもいいというルール。
その後、暗闇のまま全員が鍋に箸を突っ込み、つかんだ時点で電気を点ける。
一度箸でつかんだものは、たとえどんな物だろうと口にいれなければならないという、料理というより単なる面白イベントだ。
「僕は会社帰りに高級なモノ買ってきたからね」と西田。
「それ、食べられるモノですよね?」トモミーが尋ねる。
「俺、闇鍋はじめてっす!楽しみだなぁ」と義庵がはしゃぐ。
俺と美緒は黙っていたが、表情は少し明るくなっていた。
鍋に入れる出汁の準備ができると、桃香が宣言した。
「それでは第一回、闇鍋パーティを開始します。みなさん、食材の準備はいい?」
今は全員が、自分が用意してきた食材を後ろ手に隠している状態。
美緒とトモミーが神妙な顔で頷き、西田は楽しそうにニコニコしている。
俺は多分、真顔になっていることだろう。
「それでは、電気を消しまーす!」
部屋の電気が落とされた。
機密性の良いマンションの部屋だからか、それとも月が見えないからなのか、部屋の中は想像以上に真っ暗だ。
俺は自分が用意した食材、ピザ4切れを鍋に投入する。
ポトンポトン。ポッチャン。ドボン。
何も見えないが、他の人たちも食材を投入している音が聞こえる。
なんだか楽しいな、闇鍋って。
あとは美味しければ問題ないけど、もし不味くても笑えればオッケーか。
などと考えていたその時。
不意に、俺の唇に、何か柔らかいものが触れた。
何だ、今の?
唇に触れた何かは、1秒も経たず離れる。
だが、何かいい香りがフワリと俺の鼻口をくすぐる。
女性の匂いだ。
まさか誰かが、俺にキスをした?
そんな、誰がいったい。
俺は「誰?」と小さく声を出すと、今度は頭を両手で掴まれる。
そのまま、勢いよくキスをされた。
今度は触れたという程度ではない。俺の唇を割り、舌が侵入してきた。
こんな大人のキス、俺は初めてだった。
その強引さに少し嫌悪感を覚えるほど。
キスは10秒ほど続いがた、俺はなぜだから体から力が抜けてきた。
すると、突然。
「何するのよ!誰なの?」
誰かを詰問する、女性の声。
これは、美緒の声だ。
俺にキスしていた誰かも、その声と同時に離れていく。
すると、部屋の電気が不意に点いた。
明るくなった部屋の光景は、想像すらしないものだった。
まずトモミーが、頭を抱えてうずくまっている。
そして。
桃香ちゃんが、西田とキスをしている。
さらに。
義庵が、美緒にのしかかっている。
美緒が詰問したのは、義庵に違いないと思える状態だ。
電気がついた瞬間、その二組はパッと離れた。
なんだこれ、一体どういうことだ。
「いや参ったな。美緒ちゃんかと思ったら、桃香ちゃんだったか」
ニヤニヤする西田。
「ご、ごめん。間違えたんだ、ほんと。ゴメンなさい!」
義庵が、美緒に土下座している。
「もうヤダ!みんな帰って」
頭を抱えながら、トモミーが大声で泣き出した。
もうパーティが続けられるような状況でないことは明らかだ。
結局、闇鍋には一度も箸が入れられることがなく、パーティはお開きとなった。
部屋から出る時、鍋の中に俺が入れたピザと、誰が入れたのか、羊羹が丸ごと入っているのが見えた。
自分の部屋に戻り、ベッドに横たわった俺はまだ混乱していた。
誰かが、俺にキスをした。
その誰かは、俺だとわかっててキスをしたのか。
それとも、別の人物と間違ったのか。
1度目のキスと2度目のキスは同一人物なのか。それとも違うのか。
今のところ、キスしてきた相手も人数もわからない。
でも2回とも、とても柔らかい女性の唇だった。
そして、フワリとした女性の香りも。
でも、それ以上にショックなことが俺の心を占めていた。
美緒に義庵がのしかかっていた光景。
アレは義庵が美緒にキスをした直後だとわかっていた。
まさかこれほど自分がショックを受けるとは。
その時、俺の部屋のドアが小さくノックされる。
「なあ、まだ起きてるか?」
「……ああ」
義庵はゆっくり部屋に入ってくると、ベッドの俺に深々と頭を下げた。
「ゴメン!美緒ちゃんにキスするつもりはなかったんだ」
「ああ、さっきもそう言ってたな」
「俺はちょっとしたイタズラ心で、桃香ちゃんにちょっとだけチューをしようと思ったんだ。暗闇で桃香ちゃんがいたところに近づいて抱き寄せたら、最初は拒んでいたんだけど」
「……」
「俺が『好きなんだ』って小声で言ったら、力を抜いたんだ」
「桃香ちゃんがオーケーだと思ってキスをしたら、美緒だったと」
「ほんとゴメン、お前さ、美緒ちゃんのこと……」
「いいよ別に。付き合ってるわけじゃないし」
義庵は悪気があって美緒とキスしたわけじゃない。
欲望に忠実なアホだが、もし相手が美緒だってわかっていたら、俺への義理からキスをすることは無かっただろう。
もういい。
美緒と義庵は、キスしなかった。
俺は誰とも、キスしなかった。
それでいいじゃないか。
今夜のことは無かったことにしよう。
俺が心でそう思ったタイミングで、ピアノ曲が流れた。
なんだかいつものエンディング曲とは違う、メロウなテンポの曲だ。ちょっとチルい感じだ。
つまり、傷心の今の俺にぴったりの曲だ。
こんなエンディング曲もあるんだ、なんて考えながら俺は目を閉じる。
すると実際に見ていないのに、西田と美緒が裸でキスをしている光景が瞼の裏に映った。想像以上に、俺の心の傷は深いらしい。
「あーっ、くそッ!」
俺は深く布団を被り、頭からその不吉な光景を追いやった。
つづく。
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