11 第サン話 その2
桃香ちゃんが立ち上がり、玄関へ。
義庵が急に俺に近づいてこっそり耳打ちする。
「なあケンイチ、お前はだれ狙いよ?俺は癒し系の桃香ちゃん一択だからな」
「いやいや、狙うとか、そんなの考えてないよ」
「お前は美緒ちゃんのこと気に入ってるみたいだけどなー」
「いやいや、どうかな」
「俺はすぐ怒る女は無いなぁ。そうだ、美緒ちゃんじゃなくて、メガネトモミーはどうだ?話して見ると意外に天然で面白いぞ、彼女」
勝手に決めんなよ。
顔の好みだけなら、圧倒的に美緒がいい。いや、性格も好きだ。
すぐ怒るのはちょっと困るけど、別に嫌ではない。むしろ可愛いと思う。
せっかく仲直りできたし、これからもっと関係を深めていきたい気持ちが強い。
でも、と俺は桃香ちゃんのことを考える。
なぜだか彼女の言葉や仕草に、マイサンが何度も反応しちゃっているのも事実だ。
よくわからないけど、体の相性がうんぬん、ってこともあるんだろうか?
まだ桃香ちゃんの手すら握ったことはないけどさ。
トモミーは……ま、いっか。
まだ語るべきことはチカンエピソード以外無いし。
そんなことを考えていると、桃香ちゃんがゲストを連れて現れた。
セクシー女上司ではなかった。
背の高い、スマートな男性だ。
「こちら、私の上司、会社一のモテ男!ラジオプロデューサー、西田さんでーす」
「イエーイ!」
ひとり盛り上がる義庵。
おざなりに小さい拍手をするトモミー。
そして俺と美緒は、目を丸くして固まっていた。
すると、西田はすぐに美緒の姿を見つけると、
「あれ?この前の美人さんじゃないか。奇遇だねぇ」
サラリとまたキザなセリフを吐く。
美緒は、ゆっくりと笑みを浮かべると
「西田さん、先日はありがとうございました。またお会いできて嬉しいです」
これはあれだ、無難な社交辞令だ、と思い込みたいような発言をした。
「あれれー?美緒と西田さん、知り合いなんだ。さっすがモテ男、手が早いよねね!」
「ヒドイな桃香ちゃん。たまたま先日知り合っただけだよ」
そう言いつつ、西田はさりげなく美緒の隣に座る。
おいその席は!
……最初から空いてたか。
「まさか桃香ちゃんの同居人だなんてね。なんか運命感じちゃうね」
感じちゃうね!じゃねーよ。ヤラしいおっさんだな。
声に出さず表情だけで俺が西田にツッコミをしていると、
「すんません西田さん!俺は大学生の義庵です。モモちゃんがあとで仕事教えてくれるって言ってたんですけど、すぐ知りたいでーす。彼女のお仕事、教えてくださーい!」
西田は爽やかな笑顔で応えた。
「お、いいねキミ、挨拶が元気で。よし、モモちゃんのお仕事、特別に暴露しちゃおうかな」
一呼吸置いたのち、西田が続けた。
「彼女は、俺がプロデュースするS―W A V Eの音楽リクエスト番組で、DJをやってもらってまーす」
「西田さんに拾ってもらったフリーランスだけどね」
桃香ちゃんが恥ずかしそうに補足する。
それにしても、ラジオのDJなんだ!そりゃすごいな。
いつも大人とばかり仕事してるいから、あんなエロい感じに……
そんなワケないか。その理論だと大人の女性は全員エロくなってしまう。
あ、そうか。だとしたら、あの時は。
「先日、マンションに桃香さん迎えに来てたよね」
「研一くん見てたの?声かけてくれれば良かったのに〜」
俺の発言で、この日初めて西田は俺の方を見た。
「あれ、キミは怒鳴ってた学生クン?なんでここにいるの?」
ちょっとイラッとした。なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねえんだ?
俺の表情が変わったのを見てとったのか、桃香さんが間に入る。
「西田さん、ご紹介します。こちら研一くん。美緒と同じ大学の同級生で、マンションのお隣さんでーす」
「ふうん、ケンイチくん、ね。まさか美緒ちゃんと同じ学校とは思わなかったよ」
「何か言いたいことでもあるんですかね?俺はアタマ悪そうだ、とか」
なぜか、この男の言動は俺をイラッとさせる。
対して西田はヘラっと笑いながら続けた。
「そんな風に聞こえたなら謝るよ。
でもどんな理由があろうと、女の子に怒鳴るのは良くないと思うな。
第一キミ、彼女にちゃんと謝ったのかい?」
カチンと来た。
西田が喋っている内容自体は、まったくおかしくない。
では、俺は何が気に入らないのか。
それは、西田の余裕ある大人の対応、そのものだった。
謝るよ、と俺にサラッと言える余裕。
続いて、グウの音も出ない正論。
西田の言葉すべてが、俺にとっては気に入らない燃料となって怒りが燃え盛る。
法律的に成人とはいえ、大学生なんて社会人から見ればまだまだ子供。
それに比べて西田が持っているのは、華やかなマスコミ業界で長年活躍し、有名番組を数多く手がけているという実績と評価、それに人脈。
さらにポルシェを乗り回すだけの財力も持っている。
俺が現時点でアイツに勝てるのは、たぶん若さしかない。
しかもそれは今だけ。
10年後には消えている、メリットともいえない刹那の属性。
俺と同じ歳の人間だったら誰しも持っているモノに過ぎないのだ。
俺は徐々に意気消沈し、黙りこくる。
だが、そんな俺に助け舟を出してくれた人物がいた。
「西田さん、それぐらいで。私、もうなんとも思っていませんから」
美緒だった。
「よく考えたら、私も悪かったと思います。ちゃんと注意して歩いていれば、研一くんにぶつかることもなかったし」
その言葉通り、彼女は本当にすまなそうな顔を俺に向け、軽く頭を下げる。
さっき、謝ることが苦手だと言ったばかりなのに。
西田に言いくるめられて落ち込み、もやもやしていた感情が、少しずつ消え去っていくような気がした。
「ふうん。美緒ちゃんが良いなら、僕は何も言うことはないよ。さ、仲直りしたところで乾杯し直そっか!」
乾杯という気分ではないが、うん。
気持ちを一旦リセットしたほうが良さそうだ。
音頭は再び義庵がとった。
俺はそれほど大きくない声で「乾杯」と唱和し、ビールを喉に流し込む。
一杯目より、ひどく苦く感じた。
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