10 第サン話 その1

隣の部屋の3人娘から鍋パーティのお誘いがあったのは、その週の金曜の夜だった。

翌日土曜の夕方から、3人の女性が同居するお部屋で「闇鍋パーティ」をするとかで、俺たちを誘おうとしつこく提案したのはトモミーだそうだ。


「トモミーが迷惑かけちゃったみたいでごめんね。私からも謝るね」


マンションの廊下に立って、鍋パーティのお誘いに来たのは桃香ちゃん、今日はナチュラルメイクに戻ってる。今日も笑顔がかわいい。


この前マンションに迎えにきたプロデューサー西田との関係を聞いてみたい気持ちもあるが「あなたに関係ないでしょ」なんて言われたら答えようがないし、そもそも俺がそんな質問を女性に聞けるとは自分でも思えない。


Z世代は他人の秘密にはあまり踏み込まないのが当たり前なのだ。そこが彼女たちX世代とは大きく違うところなのだ。

今はほぼ同い年だが、俺はこの時代、本来ならまだ生まれてすらいないのだから。


「なんだかね、美緒は誘うこと反対してたけど。彼女とまた、何かあった?」


げ。美緒ちゃん、まだソフトクリーム事件のこと根に持ってるのか。

可愛い顔して、結構しつこい性格なのかもな。


「私は研一クンと一緒に鍋食べたかったから賛成したんだけど。

結果、2対1の賛成多数でお誘いすることが決まりました!」


うふふ、と意味ありげな笑みを浮かべる桃香ちゃん。

昨日の「イイ女」メイクを見ているだけに、ちょっとドキドキ。

いかん、また下半身に少し反応が。

誤魔化すために俺はジーンズのポケットに手を入れ、ポジションをずらす。


「わかった。俺の同居人も連れてっていいんだよね」

「もっちろん!じゃ明日、午後6時にピンポンしてね。お酒も用意しておくから、闇鍋の食材以外は、手ブラで!」


手ブラで!のところで両手を胸に当ててブラジャーの形をつくり、セクシーなポーズをとる桃香ちゃん。かわいいけど、すごくエッチだ。

だめだ、息子さんが直立不動の体制をとってしまった。しかも雄々しく。

桃香ちゃんにバレないよう、俺は笑顔のままドアを閉めた。



部屋に戻ると、義庵は読書していた。

いやアレは読書とは言えないか。雑誌をなぜか血走った目で見ている。

「ホットドッグプレス」という、この時代の若者がファッションの参考にしていた人気雑誌だけど、表紙に書いてある特集のフレーズが特徴的だ。


全力特集!女の子だっていっぱいエッチしたい!

ギャルをとろけさせるマル秘セックステク大公開


刺激的なタイトルだこと。まるでエロ本だな。

俺も後で貸してもらおう。


「そんなの見ても無駄じゃないの、ドーテイ義庵くんよ」

「うるせーな、お前だってドーテイじゃねえか」

「そんな義庵くんに朗報!なんと明日夕方、お隣さんの鍋パーティに招待されました」

「マジかよ!じゃ、桃香ちゃんもいるよな、もちろん」

「桃香ちゃんに誘われたかな、いるだろ当然」

「イヤッホウ!よーし、明日告っちゃおう」

「さすがに早すぎだろ。話もしたことないくせに」

「それがな、この雑誌によると」


義庵は雑誌の記事の見出しを俺にずいっと差し出す。


「女の子はいつでもキスしたいんだってよ!こりゃチャンスだぞ」

「はいはい。ま、せいぜい夢見てろよ」


まさかこの時のことが、あとで大問題を引き起こすことになるとは。

俺は当然、そんなこと予想もできなかったけど。




翌日、夕方6時。

義庵と俺は隣の部屋をピンポンする。

すぐにドアは開いた。


「ケンちん、いらっしゃい!待ってたよ」

最初に出迎えたのは、テンション高めのトモミー。

今日も安定のイケてなさで、ヨレヨレの長Tシャツに下半身はグレーの謎スウェット。なぜか田舎の老婆が着ているような半纏を羽織っていた。


「待ってたよーん」

安定の可愛さで、ノースリーブの白いニットに薄いピンクのスカート、全体的に肌の露出が多めでセクシーなファッションの桃香ちゃん。

ちょっと前に流行った言葉だけど、童貞を殺す服って感じだ。


「……」

二人の後ろにいる美緒は、半袖の赤いセーターに白いスカート姿。

セーターの首と袖の色は黄色で、胸に青とか黄色とかで模様が描かれている。80年代の女の子がドラマでよく着ているような派手な服だけど、美緒にはこの上なく似合ってる。

でも美緒の表情はムスッとしていて、あまり機嫌は良くなさそうだ。


三人三様のお出迎えである。

にこやかな表情で挨拶を交わし、俺と義庵は部屋に招かれてた。


彼女たちの部屋のリビングは片付いていて、ちょっとだけ甘い香りがした。

いいね、これぞ女の園って感じ。

その香りに、鍋の出汁の匂いがすこし混じっているが、これはこれでいい香りだ。


「初めまして!ケンイチの親友、義庵です。趣味はモトクロス。今日は美女三人にお招きいただき、感謝感激雨あられです」


大声でにこやかに、どーもどーもー!なんて言いながら、馴れ馴れしく三人と代わる代わる握手する義庵。

ずっと体育会系な男で、細かいことは気にしねえ!なタイプの義庵。そのガサツさがわずらわしい時もあるが、基本的には明るくて印象は悪くない男だ。


美緒に握手する時は「いやーお綺麗な方々とお知り合いになれて幸せでんな〜!」なんて調子よく言っていて、美緒も思わずクスリと笑っていた。

よしよし美緒ちゃん、その調子で機嫌直してくれよ。


すると美緒がこっちを見てきたので、俺もニコリと笑顔を作る。

意外にも美緒は苦笑いのような微笑を返す。

よしよし、いいカンジ!

楽しい鍋パーティになりそうだ。


だが美緒とは逆に、トモミーは義庵が苦手っぽい。

俺じゃなきゃきっと見逃しちゃうね、と思うが、義庵と握手した手をこっそり自分のスウェットの尻あたりで拭っていた。それはちょっと酷いよトモミー。

まあ男が苦手って言ってたし「ザ・男」な感じの義庵は生理的に受け付けないんだろうな。


そしてもう一人の桃香ちゃんは。


うん、気のせいじゃない。

彼女はずっと俺から視線を離さない。


彼女を狙っている義庵はしきりに桃香ちゃんに話しかけている。

桃香ちゃんはそんな義庵を軽く受け流しているが、俺とたまに目が合うと、ちょっとあざとく「ウフン」的な動きとウインクをする。

ちょっとさ、そういうの……

またマイサンが反応しちゃうから、みんなの前ではやめて欲しいんだよね。

俺の息子様が反応するのを万が一美緒に見られたら、どんな修羅場が待ち受けているかわかったもんじゃない。危機回避のためにも、ホントやめてほしい。


「じゃ、とりあえずビールで乾杯しよっか!」


とりあえずビールで。それがバブル時代の常識らしい。

トモミーは酒があまり飲めないらしく嫌がっていたけど、桃香ちゃんが「お付き合いだから」って言いながらコップの半分ほどビールを注いだ。

令和の世だった「アルハラ」って言われちゃう案件だな。


「では、俺たちと美女たちの出会いと輝かしい未来に、かんぱ〜い!」

「乾杯!」


義庵の音頭で、みんなはビールをグビグビと煽る。

最初に飲み干したのは、意外にも桃香ちゃんだ。


「ぷっは〜!冬に暖かい部屋で飲む冷たいビール、サイコー!」

「おっ、桃香ちゃんわかってるね〜」


そこからしばしの歓談タイムが始まった。

出身だの趣味だの、たわいもない会話だけど、お互いを知るためには必要な情報交換の会話だ。


三人娘は福岡県出身で同じ女子校の出身。

美緒と俺は同じ大学、これはもちろん知っている。

トモミーは高校卒業後、渋谷の信用金庫に就職しているOLだ。

そして桃香ちゃんはというと。


「私の職業は後ほど発表しまーす」と言って敬礼する。


ん?敬礼する職業なのだろうか。

警官とか消防か?それとも、まさかの自衛隊?


「後ほど、私がいつもお世話になっている上司も闇鍋に参加しまーす」


ああ、コップと器が余っているのは、そういうことか。

どんな人が来るんだろうな。

プライベートなパーティに呼ぶくらいだから、ちょっと年上の女性センパイってとこかな。セクシーなお姉さんだったらいいな。



やがて、トモミーは義庵と少し打ち解けたらしい。

桃香ちゃんとトモミーに自分の趣味であるモトクロスのレースでの武勇伝を話して盛り上がっていた。


俺はその様子を横で見ながら、ちびちびとビールを飲む。

テーブルを挟んだ向かい側には、美緒。

彼女は所在なさげにしていたが、俺と目が合うと、意外にも話しかけてきた。


「桃香から聞いたよ、下着のこと」

「あ……うん。ごめんね」

「なんで謝るの?」

「いや、なんかそのほうが良いかなって」

「悪いことしてないんだったら、謝る必要ないじゃん」

「うん、でも誤解させて、不快にさせちゃったから。ごめんね」

「……」


美緒は一旦目線を外し、コップのビールをちびりと飲んだ。


「ほんとは私が悪いんだよね。私、昔からすぐに勘違いするんだ。怒りっぽいし」


なんだか自己卑下を始めちゃったな。フォローしとかないと。


「そんなことないでしょ」

「今日のソフトクリームだって、うん。被害者はケンイチくんだよね」

「いやいや、急に立ち止まった俺も悪かったよ、ごめん」

「また、謝るんだ。悪くないのに」


そう言われても。

俺の世代では人との摩擦を避けるため、とりあえず謝っとくっていうのは処世術のひとつだからな。


「私、素直に謝ることが苦手なんだ。だから……」

「うん、いいよ。お互い様だと言うことで。

もうチャラにしない?楽しく鍋囲もうよ、みんなでさ」


ちょっと驚いたような顔をしたあと、ゆっくり美緒は頷く。

そんなに引きずるような大事件があったわけじゃないし、これでお互い水に流したい。

そう、俺は美緒と仲良くなりたいのが本音なのだ。



と、そのタイミングで部屋のチャイムが鳴った。

「あ、上司が来たみたい。迎え行ってくるね」

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