8 第ニ話 その1
「おい研一、起きろよ。学校遅刻するぞ」
第二話が始まった。
俺は昨晩布団を被りながら、実はこれからのプランをいろいろ考えていた。
ドラマ本来の第二話は、少しずつ人物紹介や場面紹介をしながらストーリーを進めていく、そんな話だった記憶がある。
まずは、それを覆えそう。
俺なりのドラマに変えてしまおう。
俺はベッドから飛び起きると、服を着た。
80年代ファッションしかなく、正直ダサダサだが仕方ない。
俺はジーンズに白のTシャツ、変な英語文字が胸全体に刺繍してあるパーカーを羽織って部屋の外に出た。
そのまま、美緒が住んでいる隣の部屋のドアチャイムを鳴らす。
ピンポーン。
パタパタパタ。スリッパの音が近づき、ガチャリと鍵を開ける音がする。
ドアが開く寸前、俺はその場にドラマチックに土下座した。
「昨日はごめん!いろいろ誤解があったと思うけど、全面的に謝る。許してくれ!」
いきなりの土下座作戦だ。
この世界はドラマだから、数々の行き違いの種が仕掛けてあるのだろう。
ラブコメ展開やドラマチック展開の罠は、きっと世界中に張り巡らされている。でも俺は、美緒ちゃんをなんとかゲットしたい。それも俺なりの方法で。
考えついたのは、誤解を解くため、まずは全面的に謝るという方法だった。
だが、その考えが浅知恵だったことを俺はすぐに知ることになる。
「あなた、誰?」
見上げると、俺は20年の人生、過去2くらいに驚いた。
本人ではないが、そこにはアイドルのKMさんそっくりさんが立っていた。
囁くようなウィスパーボイスで人気だったアイドルの、あのKMだ。
自らのラジオで「M(自分の名前)はウンチしないよ。私のはふわふわのマシュマロなの」とかの痛いアイドル発言をしていたという伝説を持つ、あのKMだ。
うわっ、これはヤバい。彼女もドラマで見ていたが、別にファンではなかった。
けど、生で見ると超カワイイ。可愛すぎて腰が砕けそうだ。
髪型は80年代にみんなしていたという、いわゆる「聖子ちゃんカット」。
薄手のワンピースだが、体の線がくっきり出ている。
ちょっとだけムッチリ気味なのが、ちょいエロな感じだ。
でも、なぜここにKMがいるんだっけ?
あ!そうだった。
そういえばこのドラマ、彼女は美緒とルームシェアしているって設定だったよな。すっかり忘れてた。
でもまさかこのタイミングで登場するとはね。
俺の思いつきの行動もすべてエピソードに転換するとは、さすがドラマ世界だ。
俺の浅知恵より上手ってことか。
慌てて俺は立ち上がり、弁明する。
「ごめん、人違い!俺は隣の部屋に引っ越してきた山本研一です。
先日、引っ越しのとき美緒さんと行き違いがあって、その時のことを謝りたいと思って、謝りに来たんです」
自分でも結構すんなりと説明できたと思う。
すると彼女は、すこしイタズラっぽそうな笑いを浮かべた。
「あなたが美緒の言ってた変質者クン?ふふ、真面目そうじゃない。
私は、美緒と高校時代からの友達、菊田桃香です!」
ううっ、笑うとやっぱりアイドルそっくりだけあって、くっっそ可愛いなぁ。
桃香ちゃんっていう名前なんだ。やっぱ元のアイドルの名前に似てるんだな。
いや、ダメだ。俺はこの世界では美緒一筋でいこう。
フラフラしていたら、俺はこのドラマの悪役になってしまう。
ハーレム展開も悪くないけど、オレ意外に古風なのよ。
「あの子、結構おこりんぼなのよ。たぶん、研一クンは悪くないと思うよ」
「彼女に下着泥棒だと思われちゃったんですけど、たまたま落ちたのを拾ったら下着だっただけで、完全な誤解なんです。
お会いしたばかりで突然すみませんが、彼女にそのようにお伝えいただけませんか。俺が謝っていたこと」
フフ、と桃香は笑う。
「私はむしろ、研一クンのこと好印象だなー。こんなに素直に謝る男の人なんていないよ?」
良かった、どうやら桃香ちゃんには好印象のようだ。
でも続いての発言に、俺は思わずドキッとしてしまう。
「ね、彼女いるの?わたし立候補しちゃってもいいかな?」
なんて言い出したからだ。
なんだ、この展開は。
元のドラマでは、彼女が俺を好きになるなんてストーリーはなかったはずだけど。
「俺なりのドラマにする」なんて余計なことをしたから、ドラマ全体のストーリーが変わっちゃったのか?
「なーんて、ジョーダンよ!美緒はもう学校に行っちゃったよ。
研一クンのこと、伝えとくね。
わたし研一くんに興味あるけど、もらっちゃっていい?って」
待て待て待て。どんなエロゲだよ。
朝っぱらからこんなフラグ立てる女性なんて、エロゲの中にしかいないだろ。
そう思いながらも、彼女の言葉にいろんな想像をしてしまって、いきなり反応してしまった部分がある。
男性の、まあ、アノ部分だ。
すみませんねぇ、女性に免疫がなくって。
我が息子もこらえ性がなくって、本当にすまん。
じゃーまたねー、なんて囁くような声で、小さくバイバイしながらドアを閉じる桃香ちゃん。仕草ひとつひとつが可愛いすぎるんですけど!
でも良かった、俺の下半身の膨張はバレなかったようだ。
下半身の昂りを抑えるため、いったん俺は部屋に戻ることにした。
すると、廊下の柱の影に隠れている義庵の姿が見えた。
「お前、そんなとこで何してんだよ?」
「おいケンイチ、誰だよ今の女?超カワイーじゃんかよ」
「美緒ちゃんの高校時代の友達だって。ルームシェアだってよ。
名前は、菊田桃香ちゃん」
「マジかよ。激マブだったよな、彼女!俺、狙っちゃおうかなー」
激マブって、これまた昭和の形容詞だなー。
古いドラマファンの俺以外、Z世代は一人も知らない表現じゃないのか?
ちなみに意味は「超カワイイ」の70年代バージョンだ。
「おっ?ケンイチお前、アソコ立ってんじゃん」
ヤベ、バレた。まだ俺の息子さんの昂りは収まっていないのだ。
「お前まさか、桃香ちゃん狙いかよ?許せん!」
義庵はいきなり、いきり立ったままの俺の息子さんをムンズと握りしめた。
アイタタタタ!折れる、折れちゃうからやめて!
ちょっとこういう前時代的なノリは勘弁してくれよー。
令和の学生はこんなことしないぞ?
これだからバブル時代のアホ学生は……
午後、俺は自分が通っている設定の大学へ。
学校は渋谷駅からほど近い有名お坊っちゃまお嬢様大学。
確かにドラマではキャンパスシーンも重要だもんな。
俺が現実世界で通っていた大学よりランクが上の大学なのが、なんとも複雑な気分だけど、ま、気にしないでおこう。
校門を通り抜けキャンパスに入ると、昼休み時間の学生がキャッキャウフフと楽しげにたくさん歩いていた。
よおし、この大学で俺は薔薇色のキャンパスライフを送るんだ!
いや待て。ドラマのキラキラ設定に感情を流されてはダメだ。
俺が少し動けば、そこはどこでもドラマのシーンに変わるのだ。
何があっても対処できるように心を整えておくとしよう。よし。
俺はその場で立ち止まって目を閉じ、大きく深呼吸をしようとした。
すると。
ベチャ。
シャツの背中に、何やら冷たい感触があった。
「ちょっと!いきなり何なのよ」
振り向くと、そこには美緒の姿が。
おいおい、またドラマパート開始かよ……
美緒は思わず触れたくなるような白いふわふわしたセーターに、可愛らしいロングスカート姿。
手にはソフトクリームを持っていたが、なぜかクリーム部分がほとんど無く、ほぼコーンだけになっている。
ということは、俺の背中の冷たい感触って、それ?
体を捻って見てみると、俺のポロラルフローレンの白シャツ、その背中にベットリとソフトクリームがついている。
バニラならまだマシだったのに、バニラのチョコのミックスなので白とこげ茶色でベットリと汚らしくなっている。
「お前、何すんだよ!」
シャツの汚れを見て、俺は反射的に叫んだ。
「なによ、あんたが道の真ん中で急に立ち止まるからダメなんじゃないの」
「学校でソフトクリーム持って歩くなんて、お前こそ非常識だろうが」
この汚れじゃ、このまま講義なんて受けられないよ。
そのことでカッとなってしまった俺は、背中の汚れたクリームを手に取り、美緒の左頬にクリームをなすりつけた。
「ちょっと、何すんのよ!!」
「うるさいな!服にこすり付けないだけ感謝しろ」
怒鳴りながらも、少しずつ冷静さを取り戻していく俺。
あれ、なんで俺、こんなに怒っているんだっけ。
よくよく考えると、人ごみで急に立ち止まった俺の方が悪い気もする。
美緒は悪気があったわけはないし、当然わざとでもない。
わかっているのに、彼女と言い合いをすると止まらなくなってしまう。
よし、謝ろう。そう思った次の瞬間。
俺は誰かにがっしりと、後ろから両手を拘束されてしまった。
「いけないな。美しいレディーにそんなことしちゃ」
こ、このキザったらしい声とセリフは。
もしかして、あの男が登場したのか??
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