7 第イチ話 その4

不動産屋さんで美緒と出会った数日後。

俺たちは引っ越しの荷物を新しいマンションの部屋に運び込んでいた。

ちょうどお隣さんもこの日が引っ越し日らしい。

いやぁ、ベタな展開だ。さすがドラマだ。

そんなタイミング、現実世界じゃまずないよね?


案の定、俺が隣の部屋の前を通ると急にドアが開き、美緒ちゃんが出てきた。

今日は引っ越しだからちょっとラフ目のファッション、クリーム色の大きめのトレーナーに細身のジーンズだ。トレーナーの袖が長めで手の甲まで隠れちゃってるのがカワイイ!

そして髪型はポニーテール。う、うなじ最高。

メイクもナチュラルで、うっすら汗をかいている。

そんなカワイイ顔を歪め、美緒が大声で言った。


「ちょっと、何であんたがここに居るのよ?もしかして、私を追ってきたの?あんた変質者?」


はいはい、なんとなく予想してたけど、ドラマチックドラマチック。

でも変質者って、言葉ひどくない?

ここは「ストーカー」が適切じゃないのかなぁ。

もしかしたらこの時代はストーカーって言葉が一般的じゃなかったのか?


「お前こそ、なんでここに居るんだよ!」


俺たちはしばらくキーキーと言い合い、そのうち廊下に積んであった段ボールから美緒ちゃんの下着がヒラリと落ちて、俺が下着と気づかず拾ってあげたら美緒に「下着泥棒!ヘンタイ!」などとベタな誤解をされ、軽く平手打ちを食らうシーンが続いた。

あまりにもベタすぎる展開。

でもいいね、まさにドラマだ。ちょっと昔のラブコメアニメっぽくもある。

平手打ちされた頬はまだヒリヒリしてるけど。



その夜、俺は引っ越してきたばかりのベランダで星を眺めつつ、あることを考えていた。


(この世界は面白いな。でもなんだか……ただ演じているだけ、そんな気もする)


美緒の下着を偶然ひろった時、俺が思っていたのはエロいことではなかった。


(大好きなドラマの世界には違いないけど、俺という人間、俺という個性がこの世界ではどうでもよくなっている気がするな。すべてエピソードの種がお膳立てされているって感じで)


ラブコメ展開のための仕掛けが、そこかしこにある。

ドラマを展開するための、周到に準備されたアミューズメントパーク。

つまり俺の自由意志が全くない気がするのだ。


たしかに俺の自由意志なんて、ドラマユニバース全体からみるとあまり必要がないことなのかも。でもそれなら、俺は何のためにここにいる?

俺が望んだのは、ここで大好きなドラマのストーリーと似たような話をなぞり続けることだけなのか?


そりゃ、美緒とキスはしたい。

あんなカワイイ子、1000年に一人ぐらいしかいない。

でもこのままじゃ、シナリオが用意された舞台で演じているキスシーン、つまり愛や恋のないキスをするだけになりそうだ。

これだけお膳立てされた世界の中では、たとえその後に彼女と付き合うことになっても、俺は彼女に本当に好きになってもらっているのか、一生自信が持てないだろう。


よし。

俺は決意した。

この先のドラマは、俺が作る。

大好きな「君の瞳に恋してる」の世界観は一旦忘れよう。


俺こそが、このドラマの主人公だ。

俺の考えで、俺自身のドラマを作り、彼女をゲットする。


そう考えたところで、急に音楽が鳴り出した。

Boys town gangの「Can’t take my eyes off you」だ。

何だこれ。

もしかして、ドラマ第一話のエンディング曲ってことか?

元のドラマでは違う曲だったと思うけど、何かの都合があるのかな。


しかしまあベタなタイミングで曲が入ってくるんだな。

これって、妖子さんが曲のタイミングを見計らって音楽をスタートしているのかな?

それとも今のところ謎の『あの方』とかいう人がやっているのか?


まあいい、どうせ今はわかるはずもない。

そのうち何か見えてくるだろう。

今日は引越しで疲れたから、とにかく寝よう。


俺は第一話の終わりのシーンを眠るシーンにしようと決めると、ちょっとドラマチックにしたほうが良いかと思い。「よし、明日も頑張るぞ!」とかっこよさげに言った後、布団をがぶりと被った。


予想通り、世界が黒くフェードアウトしてきた。

こうして俺のドラマユニバース、第一話が終わった。


つづく。

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