6 第イチ話 その3

目の前には、憧れのアイドルそっくりの女の子。

いや違う。ドラマ世界の住人なんだから、アイドルという属性ではない。

この子はこの世界に生きる、本物の女の子なんだ。

よーし、思い出せ。このドラマの設定を。


第一話にはたしか、主人公の女の子と相手役のイケメン(この世界では俺、ね)が不動産屋で部屋を取り合うシーンがあった。

代官山の格安物件で、家賃はたしか14万円。

いや、格安じゃないじゃんかよ!なんで学生がそんな部屋に住めるんだよ。

親が資産家とか会社社長とかそんなのか?

そう言う細かい設定はご都合主義で進むのが、この時代のドラマの特徴だよな。


まあいい。あとは人物紹介とか世界観の説明とか、第一話はそんな展開だったかな。

とにかく俺は今ここで、彼女と部屋を取り合うシーンを続ければ良いのだろう。

しかも「ドラマチックなセリフ」で。

よし、できるだけ元のドラマの主人公のように、軽い口調で話しかけよう。


「まぁまぁまぁ。ちょっと俺の話を聞いてくれる?カワイ子ちゃん!」


うわ、自分の演技のヘタさとサブくてクサいセリフに鳥肌たちそう。

演技なんかしたことないし、恥ずかしくて顔が火照ってきたよ。

しかも「カワイ子ちゃん」って。

ドラマでは見たことあるけど、まさか自分で言うことになるとはね。


「何ですか。部屋は私のものですからね!フンっ」


うっわ、くっそかわいい。

可愛すぎる。たしかこの時18歳だよな。

Mポリンとそっくりな18歳、マジ天使。


あれ?ヤバい。

あまりにもかわい過ぎて、さっき考えた次のセリフ、飛んじゃったよ。

このシーン、元のドラマではどんなセリフを言ってたっけ?

俺の言葉次第でドラマの展開が変わっちゃうんだよな。ええと、ええと。

よしっ、名前を聞いてみよう。てか知りたい。


「大体、あんた誰なんだよ?」

「中川、美緒といいます。あんたには全く関係ないけど」

「俺は山本研一。ふうん、ミオちゃん、ねぇ」


元のドラマの主人公役の役者さんによく似ている名前だ。

誰が考えたんだ、こんな設定。

妖子さんか?それとも『あの方』か?


まあどうでもいいか。今はとにかくドラマを進めるのが先決だ。

そうそう、彼女と部屋を取り合うんだったな。


俺はジーンズ(俺は一度も履いたことがないが、いつの間にか履いていた)の後ろポケットから長財布を出し、中に入っていた1万円札を不動産屋さんの前に出した。


「不動産屋さん。俺がその部屋、契約します。これ前金」


ちょっと元のドラマと違う気がするけど、たしかこんな感じじゃなかったかな。

展開が似てれば、細部が違っても問題ないだろう。


「そうですか。前金いただけるのでしたら、契約はそちらの男性の方に……」


おっと、主人公以外にも意思があって、ちゃんと喋るのね。

そりゃそうか。一つの独立した世界だもんな。

なんて思いながら不動産屋さんの言葉を聞いていると、美緒ちゃんが話に割り込んだ。


「そっちが1万なら、私は4万円出します!どう、文句ないでしょ?」


ぐう、4万円か。

慌てて俺の長財布を見てみるが、悲しいことにあと千円しか入っていない。

お、この時代の千円札の肖像画は野口英世じゃなく、夏目漱石なんだ。

設定が1989年、つまり平成元年だから当然か。


それに、元のドラマも確かこんな展開だったような。

彼女に部屋を取られてしまうんだったな。

よし、このシーンはきっと条件クリアだろう。クリアという概念がこの世界にあるのか知らないが、少なくともドラマは破綻していないと思う。


俺は「ぐぬぬ」という悔しそうな顔を演じてみた。

自分では見えないが、美緒ちゃんが「してやったり!」なドヤ顔をしているのでうまくったのだろう。

たぶん、これでこのシーンの俺の出番は終わりだ。

俺は「わかりましたよ。じゃ、別の部屋を探しますから」と言い、友達役の男と不動産屋を出た。


「ちくしょう、あの女。こんど会ったらタダじゃおかねぇ」


なんだか物騒なセリフを言っている俺の友達役。

この世界で、こいつの名前は何て言うんだろう?

セリフで「お前、名前は?」なんて聞くと親友設定として不自然だし、困ったな。

そうだ。こんなセリフだったらどうだろう?


「やめとけよジェームズ。女の子には優しくするもんだぜ?」


俺はキメ顔を作りつつ言った。

自分ながら、意味わからん。

しかも自分のセリフもクサすぎて、背中がゾワゾワする。


「誰がジェームズだよ!俺は大鳥義庵おおとりぎあんだ。お前の親友だろ?」


よし、うまくいった。

普通の会話だと、会話の中でこんな説明的にフルネームを話したり、お前の親友だとか寒いことを言ったりしない。

それにしての役者に似せるためとはいえスゴイ名前だな。

けどここはドラマ世界。説明的なセリフが必要な場面も多い。

それを引き出したのが、さっきの俺の寒いセリフなのだ。

やっぱ俺、この世界に適応力があるのかもね。ふんふ〜ん。

それにしても、元の役者に似せるためとはいえスゴイ名前だけどな。


「ちょっとしたジョークだよ、ギアン」

「ったく、冗談きついぜ」


言いながらも義庵は笑顔を取り戻した。

コイツと俺はたしか高校時代からの親友って設定だったな。

この際だからもう少しだけ情報を仕入れておくか。


「なあ義庵。お前さ、今日学校はいいのか?」

「学校?今日は休講だっつったろ?俺らのマンションが急遽取り壊しになるから、今日中に部屋を探そうってお前が言ったんじゃねえか」

「ああ、休講だって言ってな。忘れてたよ、ごめんごめん!」

「ったく、忘れっぽいとこは昔から変わんねえな、ケンイチは」


歩きながら、俺と義庵との関係を他にも聞き出した。

高校時代、一緒にサッカー部で活躍したこと。

お互い東京の別の大学を受け、地元の静岡から上京してきたこと。

気が合うからどうせなら一緒に住もうと俺が提案し、義庵も賛成したこと。

二人とも彼女はいないこと、などなど。


そして俺は次の展開を考えた。

たしか次は、ひょんなことから、さっき美緒ちゃんに取られてしまった部屋の隣に、俺と義庵が住むことになるんだよな。

現実世界ではそんなこと絶対にありえないと思うけど、ドラマはそもそもドラマチックな展開あってこそ成り立つ世界だから、まあそこはスルー推奨だ。

あれ、でも「ひょんなこと」って何だよ?

元のドラマではどんなきっかけだった?思い出せないぞ。


なんて心配したものの、その後のストーリーは自然に流れた。

義庵は金持ちのボンボンらしく、公衆電話から地元の親に電話をし、東京の不動産屋さんのツテを探してもらった。


え?なんで公衆電話を使ったのかって?

あのね、これは1990年の1月に放送されたドラマだ。ということは、このドラマ世界はその前年がモデルで、たぶん1989年だろう。

そして1989年というこの時代は、携帯電話を持っているのはごく一部の金持ちしかいないのだ。


いくら金持ちのボンボンとはいえ、学生が携帯電話を持ち歩く時代ではなかったんだ。俺らZ世代からすると信じられない時代だけどね。

友達と連絡を取るのにスマホ無いって!

ネットショッピングとかはどうしてたんだろうな、この時代の人たちは。


その後、義庵と俺は義庵の実家に紹介された不動産屋で順当に契約を済ませ、

あの代官山のマンション、つまり美緒ちゃんの部屋の隣に住むことになった。

もちろんその部屋でも俺と義庵はこれまで通りルームシェア生活だ。


元のドラマとは若干設定が違うけど、ここは俺独自のドラマユニバース。

大きな目標は美緒との恋愛で、最終的にハッピーエンドになること。

それがブレなければ、多少は違った流れでも問題ないだろう。

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