5 第イチ話 その2

「やっぱ曜子さん!これ、どういうこと?」


天の声のように聞こえてきたのは、曜子さんの声に間違いない。


「ま、無理もないか。手短に説明するわね」

「曜子さん、どこにいるのさ?」


曜子さんの姿はどこにも見えず、エコーがかった声しか聞こえない。

そして周りの人たちは相変わらず静止したまま微動だにしない。


「私はあんたのドラマユニバースには何の関係もないから、姿はないんだよ。

それに、私は単なる一介のおばちゃんだし」

「魔法使ってたじゃん!一介のおばちゃんなわけないでしょ!」

「まあ聞いて、研一ちゃん」


曜子さんの声が力を帯びた。有無を言わせない、そんな感じ。


「私はね、ある人に頼まれただけの日雇い魔法使いさ。本当の名前は曜日の曜じゃなくて、妖怪とかの妖の字を使った、妖子って言うんだ」


日雇い魔法使いって何だよ!とか漢字の違いっていま意味ある?なんて心では思ったが、まずは聞こう。

曜子さん、いや妖子さんは続ける。


「そのドラマユニバースは、生きているんだ。でも、悲劇で終わることもある」


しばらく妖子さんの説明が続く。かなり複雑な話だが、要約するとこうだ。


俺が今いるのは現実世界だが元の世界とは違う宇宙に属する世界、いわゆるマルチユニバースのひとつらしい。


ここは「俺の望む世界の形にカスタマイズされた世界」だが、ひとつの現実世界として存在することに違いはない。

例えば外で車に撥ねられば大怪我を負うか、最悪死んでしまうそうだ。


「妖子さん、ちょっと質問いい?

俺の望む世界の形にカスタマイズされた世界って、どういうこと?」

「まずは登場人物の変更だね。研一ちゃんはその女の子と恋人になりたいんだろ?だからその世界に転移させて、彼女と関係ができる男の子と研一ちゃんの存在自体を入れ替えたのさ」


つまり、俺をこのドラマユニバースに転移させ、本来主人公の相手役である大手事務所の男性アイドルと、存在をそっくり入れ替えたってことらしい。

俺は前世というか、それまで暮らしてていた世界での名前の記憶、容姿や性格などを据え置いたまま、相手役の男が本来生きるはずだった役割を担うことになる、ってことでいいのかな?


「うーん、なぜそんなことができるかは全くわかんないけど、現状はなんとなく理解した、と思う」

「さすが大学生!で、次が肝心。

研一ちゃんが望んだのはドラマの世界だろ。だからその世界は、ドラマチックじゃないと話が進まないんだよ」

「ドラマチックじゃないと進まない?ええと……話がつまらないとダメってこと?」

「そう。あんたさっき、そのドラマ世界にふさわしくないセリフを言ったろ?あたしの名前とか、ドッキリだとか」


確かに言ったけど。


「そんなのは単なるメタ要素だから、頭で思うのは構わないけど、セリフにしちゃダメ。独り言もダメだよ。第一、そんなのドラマチックじゃないからね」


なるほど、メタ発言はNGってことか。


「まあ一回説明が必要だと思ったから、今回だけ特別にサービスで世界を止めて説明してあげたけど、次はないからね。

今後、研一ちゃんの行動や言動次第で、あんたのドラマ世界は面白くもつまらなくもなる。せいぜいドラマが打ち切りにならないように気をつけなよ」


「打ち切りってなんですか?誰かこのドラマ見てるってこと?視聴率とかあるの?スポンサーがいてコマーシャルが入るの?」


「いや、言い方を間違えたかね。視聴者はあたしと、あたしの雇い主である『あの方』だけだよ。

でもその世界には自浄作用というか、世界全体がドラマの感情で存在できている。もしドラマチックじゃなくて、つまらない展開やお話になったら、その世界自体が消えてしまうこともあり得るんだよ。

あの方は打ち切り、って表現を使ってたけどね。あたしも理屈はよくわからないけどさ」


なんだそれ、全然意味がわからない。

大体、雇い主だという『あの方』の意図がまったくわからない。

なぜ俺はこの世界で、ドラマチックな生き方をしないダメなんだ?


「それは、あんた自身が望んだからだろ?」


確かに俺が一番大好きなのは、このドラマの世界観だ。

本物のNMさんではないけど、彼女は寸分違わずそっくりだし、正直どちゃくそ嬉しい。

しかも俺が相手役?

ドラマと同じ展開で進んだら、キスできるかも、じゃん!

やったぜ!母親以外の女性と初めてのチュウだ!


「あとね、そのドラマは『あの方』によると、10話が最終話らしいよ。せいぜい頑張って盛り上げるんだね」


『あの方』『あの方』と繰り返されると、つい有名魔法映画の最強の敵を思い出しちゃうのは俺だけではないはずだ。


「盛り上げてって、なにすれば……」

「あんたならできるよ!ドラマチックなセリフならお手のもんだろ?」

「まあ、そうだけど……」

「そういう時の対応だって、頭に叩き込んであるんだろ?」

「それとこれとは話が……」

「じゃあ第一話の続き行こうか。さっきよりちょっとだけ時間戻して再開するからね。楽しいドラマ、期待してるからね!バイビー」


そして映画監督のようなダミ声で、妖子さんが叫ぶ。

「よぉーい、スタートっ!」

カンッ!カチンコの乾いた音がした瞬間、世界が再び動き出した。

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