2 ヤマモトケンイチ

おっす!俺の名前は、山本研一。

ケンイチという名前は珍しくもなんともないけど、名前に使われる漢字が「研」というのはあまりお目にかかったことがない。

小学校の時、学校の宿題で「自分の名前の由来」というのがあって、家に帰ってから母親に聞いたことがあった。

母親曰く「本当は研二だったのよ。パパが沢田研二の大ファンでね、研二ってつけようとしたの」


沢田研二は聞いたことがある。たしか70年代から80年代にかけて大人気だった歌手だ。どんな曲を歌っていたかは知らないけど。


「でもね、おばあちゃんが研二はやめとけって反対したの。沢田研二が売れなくなった時に古臭い感じがするからって理由で」


なるほど、それで「研二」ではなく「研一」になったってことか。

そもそも長男の俺が「二」の漢字をつけるのはおかしいだろう。

俺の親父はホントに変わり者だ。


翌日、母親に聞いた通り自分の名前の由来をクラスで発表したら、おばちゃんの担任の先生以外は全員ノーリアクションだった。確かに平成中期生まれの俺たちにとって馴染みのある名前じゃないもんな、沢田研二って。


俺たちの世代は、世間では「Z世代」って呼ばれている。自分たち自身はそんな言葉、使ったこともないけどさ。

でもZ世代の定義を調べると、確かに自分に当てはまっていることが多い。

デジタルネイティブ世代で、ネットリテラシーが高い。S N Sで毎日情報収集する。自分らしさを重視する。

俺らにとってはこんな当たり前のことって感じ。

だけどそんな理由で世代分けをするってことは、大人たちはそうじゃないんだね。あーあ、就職したくないなぁ。話が合わない大人と話したくないなぁ。


俺は大学2年生、20歳。学校は一流大学ではないけど、いわゆるFランでもない。一浪して苦労した末になんとか滑り込んだ、一応名の知られた大学に通っている。

もうすぐ本格的に就職のことを考えければならないのが憂鬱だけど。


ところで、自分らしさを重視するのがZ世代の特徴だとさっき言ったけど、じゃあ俺の「自分らしさ」は何なのかというと。

実は俺には同世代にほとんどいない、ある趣味を持っていることが自分らしさだと思っている。


その趣味とは「古い日本のドラマを繰り返し見ること」。


きっかけは中学校の頃だっけ。

ある日曜日の朝、遅く起きた後にリビングに行くと、テレビのB Sチャンネルで、なんだか古臭くて垢抜けないドラマが放送されていた。

母親が「なつかし〜」なんて言いながら見ていたので、俺もなんとなくリビングのソファに座り、そのドラマをボーっと眺めていた。


そのドラマは放送当時、かなりの反響を巻き起こしたドラマらしい。

社会人の恋人と婚約していた女性主人公。だが彼女の妹も主人公の婚約者が好きで、後に略奪、つまり今でいうNTR。

その後家族がハチャメチャになる、というドラマだった。


最初は「なんか古いね〜」なんて見ていた俺だか、数話続けて見ているうちに、すっかりドラマに感情移入してしまった。

「これ、酷くね?何でお姉ちゃんの婚約者奪っちゃうんだよ、この女!」


気がつくと、俺の頬を涙が流れていた。

ビックリしたよ。俺自身が一番ビックリした。なんで?

俺、今までドラマとか映画とか見て泣いたことなんて、ただの一度もないのに。

感情表現する奴は「感情も抑えられない、イケてないヤツ」だなんて思っていたのに。


親にバレないようにこっそり涙を拭った。ま、母親も泣いていたけどね。


その日以来、俺は母親と父親から「古くて面白いドラマの名前」を聞き出し、スマホにメモっていった。そしてハマっていった。


刑事ドラマ。学園ドラマ。仕事ドラマ。おしゃれドラマ。トレンディドラマ。ちょっとエッチなドラマ。

暇さえあれば70年代から90年代のドラマ、つまり親世代が夢中になって追いかけていたドラマを、俺は毎日見続けた。何度も何度も繰り返し見た。

そして俺はやがて「古いドラマ王」となった。まあ自称だけどね。


そんな俺がごく個人的に「至高のドラマ」だと思う作品があるんだ。


え、当ててみようかって?いや多分当たらないよ。

東京ラブストーリー?違う違う、そんなメジャーじゃない。

金八シリーズ?はは、俺は学園もの、個人的にはハマらなかったな。

あぶない刑事?雰囲気はバブル感が出ていて好きだけどね。


正解は「君の瞳に恋してる」っていうフジテレビのドラマだ。

ほら、聞いたことないだろ?


1990年に放送されたドラマで、第一回放送は1月9日の予定だったそうだ。

でも放送の前々日、なんと昭和天皇が崩御され、63年ちょっと続いた昭和時代が終わりを迎えた。

その後数日間に渡って天皇陛下崩御の特別番組が放送され、第一回目の放送が延期となり、一週間遅れでスタートしたドラマとして有名なんだ。

まあそんなトリビア知っているのは「古いドラマ王」たる俺ぐらいだけどな。


主人公は、当時アイドル四天王として超人気だった歌手。

当時18歳で、フジテレビの月9主演の最年少記録を今も保持しているらしい。

その相手役は、最近事務所名が変わった大手アイドル事務所のイケメン。

他にも当時の人気役者がいっぱい出ていたドラマなんだ。


そのドラマの何が「至高」なのかって?

うん、いろいろあるけど、どれもごく個人的な理由かな。

ストーリーは、可愛いけどわがままで魅力的な主人公が、イケメンと中年イケメンの間で揺れるという、まあ言ってしまえばスカスカの内容なんだ。


でも当時のバブル感というか、ドラマチック感というか、雰囲気が最高に好き!というかハマった。

このドラマは後に有名になった「トレンディドラマ」への過渡期に作られたもので、おしゃれな雰囲気がドラマ全体に漂いつつも、どこか垢抜けない、でも当時はかなりオシャレとされていた感じが、今見ると逆に古臭い、でも味があって面白いんだ。


あと、主人公が可愛すぎる!

このドラマをたまたま見た後、彼女が出るドラマは全て見た、

でも個人的にはこのドラマの彼女の役が今の俺と同世代、つまり大学生の設定だからなのか、一番ハマってしまった。


ちょっとわがままだし、大人の男にフラフラしちゃう役だけど、それがまた魅力的だし、こんなに可愛いんだったら、俺なら絶対許しちゃうなぁ。


一度、母親の前でそのことを語ったら「当時はあたしの方が可愛かったわよ!」なんてふざけたことをのたまいやがった。

ただ否定すると夕食のオカズが減るので「そうなんだねー」と軽くスルーしたけどね。


毎日古いドラマを見ていると、自然自分が使う言葉にも影響が出てくる。

例えば半年前、俺は大失敗をしたことがあった。


その前にまず、俺のビジュアルの説明をしよう。

自分ではそこそこイケてる顔だと自負している。小学校の頃までは親・親戚・近所のママさんなど周囲の人に「カワイイ子だね」と連発されていたほどだ。


え?小学校までは大体そうだって?

いやいや、小学校までは運動もそこそこの割に、女の子にモテたんだって、本当に。今は……話が進まないから、まあ十人並みと思ってもらいたい。

普通も普通、ちょっと天パで、背も高くもなく低くもない。


次に性格にだが、こちらは多少難があるんだろうな、と自己分析している。

俺は自分が思ったことを、他人にストレートに伝えることが苦手だ。

良くいえば優しくて、相手を思いやる性格。

悪くいえば優柔不断、決断力がないとも言える。


実は結構惚れっぽい性格をしている。

それなのに、女の子に告白をしたことは過去一度も経験がない。そして告白されたこともない。そんなこと恥ずかしくてできる気がしない。

つまり「彼女」と呼べる人がいたことは人生20年、一度もない。

当然、遺憾ながら童貞だ。


そんな俺に半年前、千載一遇のチャンスが巡ってきたことがある。

お相手の名前はアオイさん。大学の同級生だ。

最初は地味だと思っていたが、アースカラーの服を合わせたファッションは清潔感があった。アクセサリーも控えめで、派手な子が苦手な、俺みたいな草食男子には好印象マシマシだ。


きっかけが特にあったわけではない。

だが授業で何度か顔を合わせ、挨拶をしているうちに話すようになった。

その流れで、ランチを二人で食べにいくことになったのだ。


母親以外の女性と、初めての二人きりのランチ。すっかり俺は舞い上がってしまっていた。

で、あんなことをやらかしてしまったのだ。


「……だからね、わたし最近はティックトックでメイク動画見てるのが楽しいんだ」

「いいよねティックトック。俺も面白動画よく見てるよ」

うんうん、ここまでは順調だ。


「他にね、インフルエンサーのファッションの話とかも好きなんだ。見てると時間がすぐ過ぎちゃう」

「あるあるだよね!」

「山本くんはそういう動画、ある?見てると時間忘れちゃうようなヤツ」

「僕?よくぞ聞いてくれました!」


普段は自分のことを「俺」というのだが、なぜか女性の前では「僕」と言ってしまうのは自分でも謎である。


「僕はね、実は古いドラマを見るのが趣味なんだ」

「えー?そんなのが面白いんだ!?」


きっとアオイさんは、悪気はまったくなく、普通にリアクションしただけに違いない。冷静になった今ならよくわかる。

でもその時の俺は、自分の好きなドラマを「そんなの」と言われ、一瞬カチンときてしまい、必要以上に過剰反応してしまった。


「面白いに決まってんじゃんよ。セリフに名言もたくさんあるしさ!」


思えば、この時点でのアオイさんのリアクションをもっと冷静に確認しておくべきだった。

少し引き気味ながらも、彼女は話を合わせ、俺にこう尋ねてきたのだ。


「へぇ、そーなんだ。どんな名言?」


あんまり興味があるわけではない、そんな反応だった。

そのことに気づいて次の話題に進んでいれば良かったと今は後悔している。

だがその時の俺の心は。


よっしゃ、わかった。ドラマの名言は数え切れない程あるぜ。

サイコーの名言、お前に教えてやんよ。

古いドラマの魅力、そのすべてをこのアマに語り尽くしてやったるわ。

心の中でイケイケヤンキー口調になるほど、調子こいていた。


せやな、「腐ったみかん」がええかな?

それとも「僕は死にましぇん!」も悪ないなぁ。

ほんでも、どっちもイケメンの役者じゃないしな。


せや!その時代を代表する超有名ドラマで美人女優がイケメンに告白する、超有名なあのセリフを葵ちゃんに教えたろうやないか!


なぜか心の中で嘘くさい関西弁を話していた。

そして俺は大きめの声で、ドヤ顔をしつつ、俺の考えたさいきょうの名セリフを放った。


「1番の名言といったらやっぱり『セックスしよ!』だな!」



俺が大声で言い放った「セックスしよ!」は、ランチタイムのレストランに大きく響いた気がした。いや、気のせいじゃない。

周囲の客の何人かが、俺とアオイさんを興味深そうにニヤニヤと見ていた。

そして、


葵さんの表情は凍りついていた。


アオイさんの顔を見て、俺は自分自身の致命的なミスに気づいた。

何かフォローしなければまるで俺が昼下がりに同級生に向かって「セックスしよ!」って大声で誘ったみたいじゃないかヤバいよヤバいよヤバいよ。

俺はすっかりパニック状態に陥る。


「あ、わたし行かなきゃ。これ、お金」


葵ちゃんは目も合わせず、割り勘のお金をテーブルに置いていった。

割り勘なのに、ちょっと少なめに。


その日以来、学校で会ってもアオイちゃんは挨拶すらしてこなくなった。

しかも他の同級生、特に女子から距離を置かれているのも雰囲気で感じる。

ランチタイム大声セックスしよ事件の犯人として、俺は特に女子から最重要指名手配犯とされているのだろう。たぶん。


薔薇色だったはずの大学生活が、すっかり色を失った。

俺はますます古いドラマにハマり、だんだん大学の授業に出るのも辛くなり、にげるようにバイトに精を出すようになっていった。


だがある日、アルバイト先で俺の人生は大きく変わることになった。

あのおばちゃん、曜子さんのせいで。

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