蟲狩りのエインヘリヤル

蒼色ノ狐

第1話 『蟲』

  銃声と爆音、そして飛び交う人の指示と怒鳴り声……断末魔に悲鳴。

 住民がいなくなって長い時が経ったビルの廃墟たちにそれらが木霊している。

 かつて人で賑わっていただろう大通りは、戦場という言葉が相応しい場所となっていた。

 しかし、これは戦場ではあっても決して戦争ではない。

 戦争というものは国と国、人と人が利権を求めて初めて成立するものである。


 では、ここで行われているのは何か?

 それの答えは戦っている相手を見れば理解できるであろう。


 キシャャャ!!


 それは人ならざるもの。

 群れをなして突き進むのは虫、昆虫むし羽虫むしむし

 小さい個体でも成人男性ほどの大きさを持つそのものらが群れを成すその様子は見る者に恐怖を、そして絶望を与える。


 一方で、それに立ち向かうのは紛れもない人間。

 しかし戦っているのは戦車や戦闘機、まして生身の人ではない。

 金属の装甲に覆われた、いわゆるパワードスーツに身に纏った国境や人種そして性別を越えた人々が戦っている。


 そう、これは話し合いで解決することも金で解決する事も無い戦い。

 どちらかの種がその存在を賭けて戦う『生存競争』である。


「あー。これは少し撤退した方がいいんじゃないかな?」


 パワードスーツ越しに手にしている大き目のライフルを敵に放ちつつ、どこか他人事のように褐色の少女が近くにいるもう一人の少女に声を掛ける。

 声を掛けられた方の少女は、近づきつつある敵にマシンガンを撃ち尽くすつもりで引き金に手を掛けつつ怒鳴り返す。


「できるならやっています! けれど一人でも抜けたらこの地点を突破されるのは明白でしょ!」


 次々に現れる敵、虫らに対し人間側はいま会話している二人を含めても五人。

 それも既に長時間が経過した戦闘により、パワードスーツのエネルギー。

 何よりも体力が消耗していた。

 気力により戦線を持たしているが、一人でも欠ければ崩壊する脆い物である事は確認するまでも無かった。

 そしてここを突破されれば、後ろにある戦う術を持たない市民が襲われる事も言わなくとも全員が理解していた。


「だよね」


 そう返されるのは想像していたのであろう。

 それだけ言うと、とにかくライフルを撃っていく。


「何とか補給に向かった方々が戻ってくるまで耐えるんです! そうすれば逆転の目も!」


 まるで自分に言い聞かせるに激励の言葉を口にする少女。

 だが目の前の敵に集中しすぎた為か、横道から襲ってきた敵に少女が気づいたのはかなり距離を詰められた時であった。


「くっ!?」


 何とか迎撃しようとする少女であったが、不幸が襲い掛かる。


「!?」


 弾詰まり。

 言葉にすればたった四文字であるこの現象は、彼女が己の死を覚悟するのには十分であった。


「  !」


 褐色の少女が自分の名を叫び助けに入ろうとしているが、間に合わない事は少女自身が分かっていた。


(こんな……ところで……!)


 迫り来る敵に与えられるだろう痛みを覚悟し、彼女は反射的に目をつぶる。

 だが突如頭上から大量の弾丸が降り注ぎ、少女に襲い掛かった敵を蜂の巣にする。


「え?」


 助かった事が信じられないのか、呆然とする少女。

 しかし信じられない光景はまだ続く。

 迫っていた敵が次々と両断されていく。

 それを成していたのは、たった一人の力であった。

 だが、少女の脳裏にはそれを可能にできるであろう一人の少年の名前が浮かんでいた。


「あ、あなたまさか! カミシロさん!?」


 この一連の出来事。

 それを説明するには時を少し戻さねばならない。



 ざわざわと、多数の生徒がひしめく教室。

 期待に胸を膨らませる者もいれば緊張に包まれる者、さらには挙動不審な者まで様々であった。


「……」


 その中で、まるでただ一人だけ別の空間にいるような。

 緊張どころか何の感情も見せない表情で、この時代では貴重となった紙の本を黙々と捲っている。


「……」


 本当に本を読んでいるのか疑問に思われそうな彼が、突如本を閉じたタイミングでこのクラスの教師が入ってきた。


「はい、皆さん席についてくださいね」


 好々爺といった様子のその教師は、全員が席についたのを確認すると笑顔を浮かべる。


「皆さん初めまして。そしてようこそ『ヴァルハラ学園』、第一育成学部Cクラスの皆さん。あなた方の入学を、心より歓迎します」


 そして教師は顔を引き締めると、クラスの全員を見渡して言葉を口にする。


「知ってのとおり、この世界はいま『蟲』によって崩壊の道を辿っています。その中で戦うことを決めた君たちの決断に敬意を払います」


 五十年ほど前に世界を崩壊へと向かわせた存在、『蟲』。

 文字通り様々な巨大な虫の姿をしたそれは、文明だけではなく人の命も平然と奪っていった。

 通常兵器では歯が立たない『蟲』と戦えるパワードスーツ、『エインヘリヤル』に関係する若き勇士を育てる、それが『ヴァルハラ学園』である。

 中でもこの第一育成学部は、第一線で戦う事となるパイロットを育成するとあって多くの少年少女が期待に満ちていた。


「ではまず自己紹介から始めましょうか。ではまず……」


 教師は再び笑顔を浮かべると、出席番号順に自己紹介をさせてゆく。

 様々な国々から集められたため、それぞれ特徴的な自己紹介になっていく。

 だが共通していたのは『蟲』を倒して人々を救うという意思であった。


「では次にユウ・カミシロくん」


 その名前が呼ばれると、先ほど本を読んでいた少年が立ち上がり自己紹介を始める。


「ユウ・カミシロ。よろしくお願いします」


 それだけ言うとユウと名乗った少年は再び席に座ってしまう。

 あまりにシンプル、言い方を変えれば雑な自己紹介に教室がざわつく。


「え、えーカミシロくん? できれば抱負なんかを話してもらえると……」

「特にありません。与えられた事をこなすだけです」

「そ、そう」


 あまりに無表情に言われた為それ以上何も言えなくなる教師であったが、ある生徒が思い出したように口にする。


「ちょっと待てよ、カミシロ? それってまさか……」


 その声を切っ掛けに先ほどとは違うざわつきが教室を包む。


「み、皆さん落ち着いて!?」


 教師が何とかしようとするが、ざわつきは大きくなる一方であった。

 だが噂の張本人であるユウが立ち上がると、教室は一気に沈黙に包まれた。


「ご察しの通り、自分はアキラ・カミシロの息子です」


 教室がその言葉を聞いて湧き上がる。

 アキラ・カミシロ。

 二十年前に人類の希望である『エインヘリヤル』の基礎理論を提唱、そして作り上げた男である。

 歴史に名を刻むような人間の息子が同級生だと知り、興奮冷めやらぬ生徒たちとは対照的に教師は顔を青くする。


「か、カミシロくん!? それは機密情報!?」

「いずれは判明する事です。根も葉もない噂で時間を消費するより今はこの場を鎮静化させる事が優先すべき事項だと判断しました。お叱りは後程」


 ユウは教師に頭を下げてそう言うとクラスに続きを話し始める。


「ですが、父について自分から話せる事はありません。幼い頃に『蟲』に襲われ絶命しましたので」


 父親の事をまるで他人事のように話すユウに対し、クラスメイトたちは沈黙で返した。

 話す事は終わったと言わんばかりに再び椅子に座るユウ。

 結局自己紹介が再開されたのは、それから五分後のことであった。



 沈黙と激動のホームルームが終わり、初めての授業が行わるまでの休憩時間。

 本を捲り始めるユウをクラスメイトたちは遠巻きに見ていた。

 アキラ・カミシロの息子に声は掛けたいが、あの性格では……。

 そんな考えが共通してる中で、クラスメイトたちは様子見をしていた。


「お前行けよ」

「い、嫌だよ」


 そんな声が聞こえても、ユウはただ本を捲り続ける。

 だが、そんな彼に後ろから声がかけられる。


「テメェ。いい加減にしろよ?」


 その声に反応してユウが後ろを向くと、そこには自分に敵意を向ける男子生徒が立っていたのであった。




 あとがき

 さて皆さん。

 蟲狩りのエインヘリヤル、試作一話は如何でしたか?

 エインヘリヤルとは北欧神話において戦乙女に天上のヴァルハラに導かれた英雄の事です。

 学園名もそこから取らせて頂きました。

 もしこの試作一話が好評であれば、少なくとも一巻分は連載しようと思います。

 少しでも面白い、今後が期待できると感じてくれたら応援やレビューをしてくれると非常に分かりやすいです。

 では、また次の機会に。

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