第16話 ラブハプ必至の家庭訪問②
全体的にオフホワイトでまとめられた部屋。もう色だけで女子だ。
ベッドがある。ローテーブルがある。勉強机がある。タンスがある。タンスの上には写真が飾られている。どれも
物が少ない。十数秒待たせただけで人を入れられるくらいだから、もともと片づけられた部屋なのだろう。
これが女子の部屋か……。小学生のときはどんな部屋だったっけ。思い出せない。
あまりキョロキョロするのも悪いので、とりあえずローテーブルの傍に置いてあるクッションの上に正座で座った。
座ったばかりでなんだけど、すぐに立ちたくなった。
「緊張してるの?」
「し、してない」
と答えるしかない。
意識していると思われたくないし。
「
日高さんは喋りながら、勉強机にあったノートパソコンをローテーブルに持ってきて開いた。俺も慌てて自分のリュックからパソコンを取り出して、立ち上げる。
「いや。日高さんに言われたから、好きにならずにPRできる方法を探ってる」
難しくはないけど、あまり計算して作りたくない。
先生曰く「作り手の狙いは、案外、受け手に届く」らしいので、なるべく狙わずに一ファンの純粋な応援動画という気持ちで作りたい。
日高さんは、ふふっと笑いを零した。
「馨くんって真面目だね」
「誰のせいだよ」
日高さんを気にしなければ、もっと簡単に作れるんだけど。
「でも、馨くんならそう言うかなと思ってた。だからね、代わりにわたしがすいねるを好きになろうと思って、探してみたんだ。動画とか見返してみて、SNSも最初の投稿まで遡ったりして」
昨日別れた後も調べたのか。俺も家に帰ってパソコンでサーチしてみたけど、最初の投稿までは遡ってない。
たしか7歳から活動していると書いてあったから、最初の投稿というと……約8年の時を遡ったことになる。すごいな。
「どうだった?」
「うん。わたし、
彼女は照れを隠しきれない様子で答えた。
かなり意外な感想だ。たった1日でおもしろい矢印の動きが出たもんだ。
「彗星じゃなくて?」
俺は聞き間違いじゃないかと、確認の意味も込めて尋ねた。
なんとなく音月より彗星のほうが好きになれる要素がありそうだと感じたのだが。
「彗星くんもいいと思ったけど、音月ちゃんはなんていうのかな……共感できる部分がいくつかあったんだよね。彼女、たぶんすごく努力家だと思う」
「努力家?」
「うん。たとえばね……」
日高さんはパソコンを持って俺の隣に移動し、実際に動画やSNSを見ながら音月の努力家だと思う点をいくつか挙げた。
それは、カメラに撮られている意識の変化だったり拾うコメントの取捨選択だったりと基本的なものから、彼女だからこそわかるトークやダンスの技術面における成長まで、事細かな指摘だった。
俺1人では一生気づけなかった。すいねるに抱いた直感を言語化してもらった気分だ。
「負けず嫌いそうなところが、わたしに似てるなって」
そうして彼女は評価を終えた。
たしかに音月は負けず嫌いだろう。学校のPR動画は好きでやったことだと言った俺の言葉を誇大解釈して、あんな提案をしてくるくらいだからな。
『ねるに興味がないから断るのね。それなら、ねるを好きにさせてやる』
好きにさせるってなんだよ。すいねるの動画を作らせたら、見ているうちに魅力に気づいてもらえると思っての提案だろうが、勝負の流れにする意図はなかっただろうに。
しかし、音月への解釈一致は今はどうでもいい。
「日高さんも負けず嫌いなんだ」
そっちに驚きなんだが。
「あの世界にいたらね。嫌でもそうなるよ」
島での彼女は、どちらかといえば平和主義者だった。
たとえば、アイスを賭けたジャンケンやカーレース系ゲームの勝負前。みんなが奮い立つ中、彼女は「楽しければいいや」と勝ちに無頓着な姿勢を見せていた。
それで勝ちが続いて空気が悪くなりそうだったら、気づかれないよう自ら負けるのも厭わなかった。
今でもそうだと勝手に決めつけていたが……そうだ。彼女には俺の知らない時間があって、その時間は彼女の意識を変えるほど強烈かつ過酷なものだった。
彼女が戦っていた世界は、自らを売り込み、他人の評価によって人生が左右される場所。負けず嫌いになるのも当然か。すると、彼女が俺とすいねるの勝負に入ってきたのは──。
「もしかして今回やるって言ったのは、音月が小暮那菜を嫌いだって知ったから?」
「それもある。本人を前にしてるって知らないとはいえ、嫌いなんて言われて、すごすごと引き下がれないよ」
思い返すと、あのときの表情が昨日のことのように脳裏に浮かぶ。日高さんは、陰キャの姿で珍しくやる気を滾らせていた。
目立ちたくないと思っているのに、それを忘れるほどカチンときたのだろう。だとしたら、彼女もかなりの負けず嫌いだ。
「それもってことは、ほかにも理由が?」
俺が問いかけると、彼女は唇を軽く結んだ。腕を組んでそれをテーブルに置き、横から不服そうな上目遣いを俺に向ける。
わからないの? と責められている気がした。
「馨くんが1人でいいとか言うから」
彼女は、ぼそりと呟くように答えた。
「俺?」
「そうだよ。しかも、関係ないとか言うし……なんか、気づいたらやるって言ってた」
まあ言われてみれば、俺が『日高さんは関係ない』と言ってからの彼女の返事は早かった。考えあぐねて出した答えではなかったのは想像に難くない。
「俺は助かるからいいけど、日高さんはあんな目立つような真似してよかったの?」
それは、すいねると勝負することになってから、なんとなく聞きそびれていた疑問だった。ようやく口にした。
手伝ってくれるというからお言葉に甘えたけど、後悔はしていないのだろうか。
すいねると勝負したとわかれば、ここしばらくは注目の的になるとわかっているのだろうか。
日高さんはわざとらしく小首を傾げた。
「わたしたち、協力関係を結んだんだよね? 馨くんが困ってるのに知らん顔はしないよ。それじゃあ契約違反になっちゃう」
今度は俺が首を傾げる番だった。実際に傾げはしなかったけど、頭上ではてなが踊る。
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