七月二十二日

窓から入る光がまぶしくて僕は眠りから覚めた。昨日の出来事は夢ではなかったのかと落胆する。気分と比例して重たくなった体を無理やり起こして僕はハルさんを探すように下の階に降りた。

「あら、起きたんやね。おはよう」

「おはようございます」

 僕は素直にハルさんに挨拶をした。ハルさんの横に昨晩見た気がする兵隊さんの一人がいた。どうかしたのだろうか?

「あっ、こちらは藤森さん。普段は零戦に乗ってっらっしゃる兵隊さんよ。昨日の俊太君の様子を見て心配になってきてくださったの。」

「おはよう、僕は第七百二十一海軍航空隊で零戦の操縦士をしている藤森二飛曹だ。」

「おはようございます」

そんなに心配させてしまうような倒れ方を僕は昨晩してしまったのだろうか。そんなことを思いながら挨拶を返す。

「今日は僕から一つ提案がしたくてこんな朝早くから来させてもらったんだ」

提案? 一体何だろう、未来に変える方法の手掛かりになるような情報なら有難いんだけど……

「それが、今整備士の方が人が足りていないらしくて… 良ければ手伝ってもらえないか?」

「な、なるほど」

「翔太君、お手伝い行ってみたら? 男の子はこんな小さい食堂に居るより外で兵隊さんのお手伝いしとる方が楽しいやろし」

 確かにずっと食堂にいるよりは外に出た方が未来に帰る手掛かりが見つかるかもしれない。

「じゃあお言葉に甘えてお手伝い行かせてもらいます。ハルさん、藤森さんありがとうございます!」

 とりあえず今は味方を沢山作れるようにしておこう……

「おう、いい返事が聞けて良かった! とりあえず今日は病み上がりだろうから、また明日の朝に迎えに来るよ。」

「ありがとうございます、待っています」

じゃあお大事に、そう言いながら藤森さんは食堂から出ていった。

よし、明日からの予定が入ったからには、今日中に食堂内でできる情報収集はやり切っておこう。

「それじゃあ今日は食堂のお手伝いをしっかりやります!」

 休んでいていいのにとハルさんは言ってくれたけど僕に休んでいる暇はないのだ。こんなところにいつまでもいられるか、いち早く現代に帰りたい。僕はハルさんにこの時代の服装を貸してもらうことにした。

「すみません、僕持っている服が今着ている学ランしかなくて…」

「そうよね、こっちに来んさい。服を貸しちゃるよ。」

 ハルさんに導かれ二階の一室に入った。窓からの日の入りが気持ちよく、まるで最近まで使われていたようだった。ハルさんは部屋の箪笥からいくつか服を取り出して、僕に渡した。着てみるとサイズはぴったりだった。なんで一人で食堂を切り盛りしているハルさんの家の部屋に男用の服があるのだろう……

「実は私にも旦那と息子がおってね。」

 いけない、顔に出てしまっていたか

「ある日お客さんかと思って戸を開いたら兵隊さんが立っとって、二人分の赤紙が届いたんよ。どこかもわからない所に戦いに行っちまってね、帰ってきたのは誰のどこのかもわからない数も足りていない骨だけだった。」

 そうか、この服と部屋は息子さんのものか。

「そんなもの貸しってもらって良いんですか?」

「いいのよ、あの子も貴方みたいな素晴らしい人の助けになれて喜んでるわよ。」

 ハルさんは優しいな、きっと息子さんも優しい人だったんだろうな。

「さっ、そろそろ戻りましょ」

 僕はまたハルさんに導かれて一階へと降りた。


 窓の外は橙色に輝いて、日は地平線に沈んでしまった。今日は一日中食堂のホールにいたが、得られた情報は恐らくこの世界は並行世界ではなく、過去と同じ動きをしているという事くらいだった。

「こんばんはー」

 今日も夕飯時には兵隊さんが沢山来られた。

「いらっしゃいませー」

「おぉ! 翔太、整備士になるんだって?」

「はい、藤森さんのおかげで…」

「そうかー、頑張れよ‼」

 そっか、僕明日から戦闘機の整備士になるんだ。

「じゃあ今日は名取もつれてくればよかったかー!」

「名取… さん?」

 こっちでは一度も聞いたことがない名前だ。

「そうそう名取さん。整備士の兄貴分みたいな人だよ。」

 そうか、きっと明日からお世話になる人だな。というか常連さんなんだろうけど、この兵隊さんたちの名前も全然知らないな。

考え事をしていると横からハルさんの声が入った。

「まったくもう、翔太君は病み上がりだよ⁉」

「あぁ、ごめんよハルさん!」

ハルさんはこの人たちにとってもお母さんのような存在なんだなと思った。


だいぶ暗くなってきて兵隊の皆さんも帰られて夜の九時。この時代では遅い時間なのだろうか。正直未来を生き、毎日夜更かしをしている僕には分からない感覚だったが、明日のこともあるし今日はおとなしく早く寝ることにした。

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