七月二十三日

今日は藤森さんの紹介で整備所に行く日だ。早めに目が覚めたので一階に居りてそわそわしていると、僕が下に降りる音で起こしてしまったのだろうかハルさんが降りてきた。

「おはよう」

「おはようございます」

「なんやえらいやる気やね。まだ藤森さんが来るような時間やないし、朝ごはん作るから待っとき」

「あっ、ありがとうございます」

 いらぬ気づかいをさせてしまったかと思ったが、意思に反して僕のお腹は音を出し空腹を知らせた。ここはありがたく頂くことにしよう。


「ごちそうさまでした」

僕が朝ごはんを食べ終わるのを見計らっていたかのように食堂の戸がたたかれた。藤森さんだ。

「おぉ,翔太君もう起きてたんや。ほなさっそく行こか」

 僕は藤森さんに連れられ食堂を出て右手にずっと進んだ。

「翔太はなんで食堂の前に倒れてたん?」

 まぁ当然来ることはわかっていた質問だ。ここは馬鹿正直に答えても仕方がないだろう。

「それが食堂の前に倒れていた以前の記憶が全くなくて。覚えていたのは自分の名前だけで、持ち物もすべてなくなっていたんです。」

 うん、半分は本当みたいなものだ。

「そうかー、ほな追いはぎに合うたか前の空襲かのどっちかやろなぁ。ごめんな守ってやれんで、でもこの戦争ももうじき終わるはずやから。僕らがこの手で終わらせたるから。」

 空襲で身寄りと記憶を失くしたと思われるのは割と好都合かもしれないな。確か終戦は八月の十五日だったか…… よし、ここは記憶喪失を利用して情報収集をしておくか。

「すみません僕は記憶を失ってしまったのですが、前の空襲とはどの規模だったのでしょうか?」

「前の空襲はひどかったよ。四月二十一日やった、B26が壊滅的な被害を与えてきよった。いま整備士が足りとらんのもそのせいや。機体の修理が全然間に合うとらんのよ。」

 なるほど、そんな背景があったのか。

「僕も精一杯頑張ります‼」

「名取さんは優しいからすぐに仕事も覚えられるよ」

 そんなことを話していると基地についてしまった。正直言って広いくらいの感想しか出てこなかった。藤森さんは歩くペースを崩さずに基地の中をズンズン進みあっという間に整備場についてしまった。

「名取さーん」

 藤森さんが呼ぶと奥からおそらく名取であろう人物が出てきた。名取さんは想像よりだいぶ若く二十代前半のように見えた。

「これがハルさんとこの食堂に助けられた翔太クンって子かい?」

「そうだよ名取さん、ここの整備場で働かせてやって欲しいんだ」

「もちろん! 話は聞いてるよ」

 おっと、まずい二人で会話が進んでる。僕も入らなきゃ。

「今日からよろしくお願いします! 桐生翔太です‼」

「元気がいいね、じゃあ説明をするからこっちへおいで」

「では、僕はこれで‼ また帰りは迎えに来るから待っててな。」

 藤森さんは敬礼をし、足早に去ってしまった。そりゃそうか、通常業務があるもんな…

僕は名取さんに手招きされるまま整備場の奥に入り、適当なイスとテーブルに座った。

「これから僕は説明を始めるけど、疑問があったらすぐに質問するんだよ?」

「ハイ!」

 マジで気になることは逐一聞くからな…

「うん、やっぱり元気がいいね~。

まずここでは第七二一海軍航空隊、通称神雷部隊の機体の整備を行っているんだけど、神雷部隊の機体は『桜花』その母機である『一式陸攻』そして護衛機の『零戦』と『紫電改』が大体の主要だね」

 ちょ、ちょ待てよ。マジで用語が何も分からん。流石にキムタクもびっくりの二度聞きだ。

「あ、あのー第七二一海軍航空隊というのはどのような部隊なのですか?」

「ちゃんと聞けて偉いね翔太クンは。神雷部隊っていうのは簡単に言うと、一式陸攻っていう大きな攻撃機に桜花っていう小さな特攻機を吊るして、その周りを零戦や紫電改のような機動力の高い戦闘機で護衛する。そんな部隊だよ。」

「特攻……」

 あまりに現実離れした言葉がこの時代では普通に行われていることに身の毛がよだつ感覚を覚えた。

「そう、特攻……」

「桜花以外は傷つきながらも帰ってくるんですよね? だから帰ってきた機体を整備する… そういう事ですよね?」

 そうじゃないことくらい僕でも察することはできた。

「いや、一式陸攻は桜花を吊っているからその分の重量で満足に動けない… 米兵からすると格好の的だよ。だから零戦はせめて一式陸攻が桜花を切り離せる位の敵艦への近さまで一式陸攻を護衛するために敵機に特攻することもしばしばあるんだよ。ましてや紫電改は零戦に比べて航続距離が短く燃料不足による片道切符だ。僕らはその特攻の時に機体が最高の状態であるように整備するんだよ翔太クン。」

 そっか…… そうだよな。 特攻隊の整備士というものの重たさを一気に感じた。逃げてしまいたい。いち早く現代に戻ってこの哀しい過去から解放されたい。でもその手がかりを掴む為にも僕はここで働くしかないんだ。

「わかりました。僕頑張ります。」

「偉いよ翔太クン。一緒に頑張ろう。

それじゃあ後の説明は実際に機体を見せながら話すよ。着いてきてね。」


結局この日は整備の基本的なやり方のレクチャーと練習で終わってしまった。明日からは本物の人を乗せる機体でやるそうだ。僕は帰りに迎えに来ると言っていた藤森さんを名取さんと一緒に待つことにした。

「翔太~ ごめんな遅なって。名取さんもありがとうございます。」

「いえいえ、翔太クン呑み込みが早くて助かってます」

名取さんに褒められると悪い気はしない

「そうですか、よかった。ほな帰ろか翔太。」

「はい。ありがとうございました、明日からもよろしくお願いします‼」

 僕は名取さんに礼を言い整備場を後にした。藤森さんとの帰り道、僕は気になったことを口にしてみた。

「藤森さんも七二一海軍航空隊なんですよね?」

「そうだね、僕は零戦に乗ってるよ。どうかした?」

「いや特には。藤森さんのお役に立てるなら嬉しいと思って。」

「なんや翔太、可愛いこというやん? なんも出んぞー」

 違う、僕は一ミリもそんなことは思っていなかった。ただ藤森さんもこの戦争で死んでしまうのだろうか。あともうすぐで戦争は終わるというのに… 食堂についてしまった。

 食堂の戸を開けるとハルさんが待ってくれていた。

「翔太君、どうだった?」

「よかったですよ!」

「今からお夕飯にするけど、藤森さんも一緒にいかが?」

「おっ、ありがとうございます。頂きます。」

「お代は頂きますけどね」

 この空間は温かいな。誰も戦争になんて巻き込まれなくてもいい人たちなのに……

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