第4話 元アウトロー組長の娘と亡き娘さり奈との友情
私は、幸恵に深い興味をもった。
幸恵を通して、私の知らなかったさり奈の一面を知りたくなった。
それを察したのだろうか。幸恵から繁華街にある、全国チェーンのセルフサービスのカフェに誘われた。
このカフェは、私とさり奈がときおり訪れたカフェと同一の店舗だった。
そういえば、私は三年程前、報道番組で幸恵を見たことがある。
たしか今は亡き、伝説の有名アウトロー親分の一人娘にインタビューというコーナーだった。
「私が公けの場で発言すると『極道の娘が何を言うてんねん』と批判されそうですが、父はいつも弱い人の味方でした。
誰からも相手もされず、親戚さえにも見放された人を、自分よりも考える人でした。父の怒られた記憶ですか? あまりないですね。
父はあまり怒ったりしないひとでした。
『怒って人間が変わるものではない』
父はいつも家のなかにいるときでも、五、六人の子分に取り囲まれていましたが、親分子分というよりも、まるで本当の家族みたいでしたね。
食事も一緒にして、母はときおり小学校四年程度の漢字を教えてやったりもしました」
インタビュアーは『意外とほがらかな女性でほっとしました。
しかし、幸恵さんにとっては肯定すべき父親でも、言わずもがな暴力団組長。
私たちは暴力団を肯定するわけにはいきません』
この半ば否定的ともいえるコメントで、番組は締めくくられた。
幸恵の胸には、大きな十字架のペンダントが光っている。
幸恵は、ペンダントをさわりながら、私に甘えるように言った。
「素敵でしょう。このペンダント、実はさり奈ちゃんからのクリスマスプレゼントだったんですよ」
そういえば、さり奈は十字架のアクセサリーが好みだった。
私はさり奈がまだ五歳の頃、十字架の意味を教えた。
「イエスキリストは、人間の罪の身代わりとなって、十字架にかかられたのよ。
クリスマスの本当の意味は、救い主キリストがお生まれになった日なのよ」
さり奈は不思議そうに質問した。
「人間の罪ってどういうこと? すべての人が悪い人でもあるまいし。
その罪の身代わりってなあに?」
私はカトリックの女子高で習ったことをそのまま、さり奈に伝えた。
「罪というのは、犯罪だけを意味するのではないの。
人間を創造された神に逆らい、自分勝手のエゴイズムに生きるという意味なの。私も含めて、このエゴイズムからは逃れることはできないわ。
人間が罪を犯し続けるのを見て、神様は心を痛められ、罪の身代わりとしてイエスキリストが十字架にかかられたの」
さり奈がそのとき、深くうなづいたのを今でも明確に覚えている。
「しかし、イエスキリストは十字架上で死んだのではなく、なんと三日目に十字架から蘇られたの。それがイースターよ」
さり奈はうなずきながら言った。
「そういえば、四月頃、お友達の家に行ったとき、きれいなラップで飾られた茹で卵をプレゼントされたわ。
もしかして、イースターとなにか関係があるの?」
私は答えた。
「卵からひよこの赤ん坊が生まれるわね。それにちなんで、イースターはイエスキリストが天の父へと帰っていったが、私たちはそのイエスキリストを信仰することによって、新しく生まれ変わるという意味なのよ」
さり奈は同調して言った。
「じゃあ、イエスキリストさえ信じれば、どんなに罪を犯した人でも、新しく生まれ変わることができるのかなあ?」
私は思わず手を打った。
「そうよ。イエスキリストが私たちの罪の身代わりになって下さったの。
だから、これからはイエスキリストを信じ、それを主として生きるという誕生の意味なのよ」
さり奈は、私の話を不思議そうに、でも感心しながら聞き入っていた。
さり奈のこんな真剣な表情を見るのは、初めてだった。
幸恵はなつかしむように言った。
「さり奈さんは、私と初めて友達になってくれた人でした。
私の父は、亡くなって十五年になるけど、有名反社組長だったでしょう。
昔は、実話系雑誌をよく賑わわせたものよ」
そうだなあ、昔はよくコンビニに置いてあったなあ。
私も世間勉強のために、ときおり読んだものである。といっても、私とは想像もつかない遠い別世界の出来事でしかない。
しかし緊張感に満ちた世界であり、息の短い薄氷を踏むような世界というのは、芸能界と少し似ている。
私はさり奈が芸能界入りを志願したとき、大反対したが、やはりさり奈は私の背中を追うようにして、アイドル歌手としてデビューした。
さり奈の書いた詩の「後悔だけはしたくないから」という箇所を読んだときは、私の歌詞と同じなので驚いたと同時に、さり奈は私の二代目になるのではないかという予感もした。
幸恵は淡々と語った。
「私、父親が有名アウトロー組長で、その当時新聞を賑わわせていたから、幼いときからいじめを受けていたの」
まぎれもなく、不幸な出来事である。
しかし、目の前にいる幸恵には、なぜか暗さも淋しさも感じられない。
幸恵は、まるで笑い話を話すように、漫才調で語った。
「小学校入学時から、ヤクザの子と言われたわ。
私がそのことを母に言うと『私らなにもやましいことはしていない。胸を張って堂々としていなさい』
そうはいうものの、私はときおり学校に行くふりをして、裏山で遊んでいたときもあったわ。また当時は、母は父について東京に進出していたから、家では一人ぼっちで、家政婦さんもあまりかまってくれなかったわ。
でも、父はいつも私にリカちゃん人形を買ってきてくれたの。
父はマスコミでは暴力団の親玉、悪の根源などと評価されていたが、私には優しかったわ」
もしかしたら、アウトロー組長の父だけが、幸恵の救いだったのかもしれない。
幸恵はまるで昔話をするように、淡々と語った。
「いじめは止むことはなかったわ。
新聞で組長であった父が他の組と抗争事件をおこすたびに、誰も口をきいてくれなくなったこともあった。
また『幸恵と話したやつは、村八分にする』というのもあったわ」
私は、別世界のこととして口をポカンと開けて聞いていた。
私は、週刊誌のインタビューのときは、無視されるどころか、一句漏らさず記者さんは聞いてくれていた。
しかしいつも週刊誌の発行記事になるときは、私が話したこともないデマが書かれ、スキャンダルとして当然のように世間に広まっていった。
これも有名税といってしまえば、仕方のないことでしかないが。
幸恵は話を続けた。
「しかし、小学校四年のときに、森本先生という女性の先生がいてね、私を庇ってくれたの。
森本先生は、放課後になると、私にうさぎを飼育させたり、花の栽培の仕方を教えてくれたの。
学校で褒めてくれる、承認欲求を満たしてくれるのは森本先生だけだったなあ」
幸恵にも、救いの道が開かれたという気がした。
どんな闇の中でも、一筋の細い光が射し込んでくる。
私は、カトリックの女子高で初めてお祈りをしたときは、そう確信した。
「森本先生は、いつも私を褒めて下さったわ。
『幸恵が飼育したうさぎ、こんなに大きくなったよ』
『幸恵がひまわりに水をやったおかげで、つぼみが出てきた。もうすぐ満開になるよ。来年もひまわりの栽培、頼むよ』
森本先生には、今でも感謝しているわ」
素晴らしい教師に出会ったことが、幸せの道筋になるかもしれないと、私は確信していた。
幸恵は話を続けた。
「それでも、中学生くらいになると自分の考えで行動するようになるわね。
小学生のときのように、すべて親の言いつけどおりに、幸恵とは遊ぶなというわけにはいかないわ」
それもそうだ。私も両親に反抗して、歌手になった。
当時、両親は親戚の縁を切ると言われ、困窮していたという。
だから、当時は歌番組も見せてもらえなかったのを覚えているわ。
「中学は私立の中高一貫校に進学したの。
さり奈さんと出会ったのは、高校一年の頃ね。
同じクラスだったけど、ちょうど私が失恋した頃だった」
えっ、そうだったのか、幸恵はさり奈と同じ学校だったんだな。
さり奈は、この学校に進学するために小学校五年から猛勉強していたっけ。
そういえば、私も中学三年のとき、カトリックの女子高に入学するときは、受験半年前から猛勉強したな。
授業中も、ドリルを暗記するまで繰り返して勉強したものだったな。
数学は、問題を見ただけで方程式が出てくるほど、暗記したな。
私と同じパターンだなと思って、さり奈のために雑炊をつくったりしたっけ。
私もさり奈も、卵雑炊が大好きだったな。
幸恵はなつかしむように言った。
「さり奈さんは、地元が私と違っていたので、私の存在を知らなかったの。
それでも、私になかば同情してくれた同じ地元の一歳年上の男子が、私に声をかけてくれたの」
私は思わず口に出た。
「それってもしかしてナンパ? まあ、さり奈もよくナンパされたと言ってたけどね。当時は、時間を聞くふりをして『お茶でも飲まない』が通常のパターンだったというわ」
幸恵は答えた。
「ピンポーン。ビンゴです。私がコンビニで、欲しかった本が売り切れたというのを聞いて、隣の客がその本を譲ってくれたの。
私が本の代金を支払おうとすると『今度会ったときでいいですよ。僕、今昼休み中なんです。この時間帯にはコンビニで食事をしてるんですよ。あっ、いけない。もう戻らなきゃ。遅刻厳禁ですからね』と言いながら去っていったの。
早速私は翌日、彼に会いにいくために、彼と出会った昼時間にコンビニの前に行ったわ」
なるほど。出会いなんてどこにあるかわからないものだなあ。
「このことを同じクラスのさり奈さんに言うとね、さり奈さんは笑いながら
『うわっ、私と同じパターン。最も私の場合は、コンビニでコピーのとり方で戸惑っていたとき、さりげなくうしろから教えてくれたのが、きっかけだったけどね』
ここだけの話、私は有名歌手の娘、そして幸恵ちゃんも有名人の娘だよね」
私は思わず吹き出した。同じ有名人でもこうも違うものかと思ったけど、そこは笑いで返したわ。
「よーくご存じのことで。そうです。私は有名アウトロー組長の娘です。
でも、そのわりにはほがらかでしょう。
でも世間の人は、そうは見てくれない。私がコンビニに行くのにも、五人の子分が後ろに控え、のっしのっしと先頭を切って闊歩してるなんていう噂が出ているのよね。あーあ、有名人の娘は辛いよ。
これを聞いたさり奈さんは、口をポカンと開け、驚いたような顔をしていたわ。
ムリもない。さり奈さんとは、全く別世界のことだものね」
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