第36話 連携と希望

 エルヴァーナがその巨大な尾で二人を攻撃する。

 まるで大木の丸太が迫ってくるかのような迫力に、真琴の体が一瞬硬直する。


「下だ!」


「っ!」


 桜子の声を聴いて、とっさに真琴はその場でしゃがみこんだ。

 頭上をエルヴァーナの尾が通過する。あのまま立ち尽くしていたら、真琴の体は間違いなくバラバラになっていた。


「気を抜くな! 行くぞ!」


「はい!」


 刀を一度納め、桜子は駆け出す。

 彼女をサポートするべく、真琴は矢を番え、エルヴァーナに向けて放った。


『ふん……』


 しかし、エルヴァーナが何もせずとも、矢は鱗に当たって呆気なく弾かれた。


『舐めるなよ、小娘。この程度の攻撃、いくら放たれようが我に傷がつくことなどない』


「言われなくても、分かってますよ」


『む?』


 直後、弾かれた矢が、激しい閃光を放った。

『弓術』スキルの技、フラッシュアロー。放った矢に強烈な光を付与することで、相手の視界を奪うものである。


『チッ……!』


 エルヴァーナが目を閉じる。

 これでしばらくの間、エルヴァーナは彼らを目で捉えることができなくなった。

 しかし、エルヴァーナには『気配探知』スキルがある。たとえ目が見えなくても、自分に向かってきている桜子のおおよその位置は掴めていた。


 ――――見えずとも、まとめて薙ぎ払ってしまえば同じこと!


 気配がある方向に向けて、エルヴァーナはその鉤爪を振るう。

 轟音が響き渡り、地面が大きく抉れる。爆発に近い衝撃が瓦礫を吹き飛ばし、周囲一帯に土埃を巻き起こす。


「目視もせず、私の姿を捉えられると思うな……!」


『……っ!』


「十文字流! 二ノ舞……!」


 土埃から飛び出してきた桜子が、エルヴァーナの眼前に迫る。


桜乱おうらんッ!」


 スキルの光を帯びた刃で、桜子はエルヴァーナの頭を乱れ斬る。

 彼女の刃はエルヴァーナの硬い鱗にすら傷をつけるが、それでも肉には到底届かない。しかし、いくらエルヴァーナと言えど、眼球までは守れない。


『ぐっ⁉』


 目を傷つけられ、今度こそエルヴァーナの視界が完全に失われる。

 この連携は、アシュラオーガと戦うことを想定して考えられたものだった。

 すべては、春重の『万物支配』が決まるまでの時間稼ぎのため――――。


「『イクスプロージョンアロー』!」


 再び真琴が矢を放つ。

 その矢は、エルヴァーナの足元に突き刺さった瞬間に大爆発を起こした。

 足場が大きく崩れたことで、エルヴァーナの体が大きく揺らぐ。

 

 ――――これでかなり時間を稼げるはず……!


 連携が決まったことで、真琴の中にある希望の光が、さらに強く輝き始める。

 時間にして、おおよそ三十秒ほどは稼げただろうか。残り一分半。エルヴァーナが立ち上がることにもたつけば、さらに三十秒ほどは稼げる。


 しかし、真琴と違いエルヴァーナの間近にいる桜子には、別の考えが浮かんでいた。


 ――――この戦闘において、これ以上のチャンスはもうやってこないかもしれない。


 エルヴァーナが大きく体勢を崩している。

 今なら、渾身の一撃を入れることも可能だ。


 ――――私のスキルなら、エルヴァーナに傷をつけられる。


 桜子の『太刀』スキルは、穴熊から購入した桜一文字に宿る未知のスキルである『能力解放・太刀』によって、大きな進化を遂げていた。スキル技の威力がすべて一段階向上し、彼女に馴染み深い十文字流剣術・・・・・・へと昇華されている。能力解放とは、その名の通りスキルの力をさらに高めるものだったのだ。


 今の桜子なら、エルヴァーナの足を両断できる。

 

「十文字流、七ノ舞……!」


 桜子がエルヴァーナに迫る。

 そして刀を振りかぶり、エルヴァーナの足へと振り下ろした。


「桜花一閃!」


 それは、エルヴァーナの極めて硬質な鱗を切り裂き、内に守られた肉と骨を断てるだけの一撃。――――捉えた。そう思った次の瞬間、目の前からエルヴァーナの姿が消える。

 呆気にとられる桜子。

 そんな彼女に対し、土埃から小さな影が飛び出してきた。


「きひっ! 油断したのう!」


「っ⁉」


 人型に戻ったエルヴァーナの拳が、桜子の腹部を捉える。

 貫くような衝撃が、桜子の内臓をかき回す。そして吹き飛ぶように地面を転がった桜子は、ダンジョンの巨大な柱に叩きつけられた。


「……ごほっ」


 盛大に吐血した桜子は、ステータスを開く。



名前:十文字桜子

種族:人間

年齢:24

状態:通常

LV:145

所属:NO NAME

 

HP:430/3244

SP:2029/3561


スキル:『太刀(LVMAX)』『鑑定』『精神耐性』『緊急回避(LVMAX)』『索敵(LVMAX)』『反応速度向上』『直感』『空間跳術くうかんちょうじゅつ(LVMAX)』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『体術(LVMAX)』『毒耐性』『痛覚耐性』『集団戦適正』『一騎打ち適正』『集中』『闘志』



 今の一撃で、桜子のHPが二割を切った。

 まだ一分以上稼がなければならない状況で、このダメージは致命的である。


「きひひ……まさか、我が竜の体から人型に戻るとは思っとらんかったようじゃな。覚えておけ、人間ども。我らモンスターは、お主らの想像の数百倍は狡猾じゃよ」


「桜子さん……!」


 桜子が殴り飛ばされたのを見て、真琴は目を見開く。

 次の瞬間、エルヴァーナは真琴の眼前に現れた。


「ほれ、よそ見するでないぞ?」


「がっ――――」


 エルヴァーナの蹴りが、真琴の体を捉える。桜子と同じように、彼女の体は何度も地面を跳ね、はるか遠くの壁に叩きつけられた。


「どうした! 人間ども! 支配者を守るのじゃろう⁉ これでは手を出し放題だ!」


 エルヴァーナの高笑いが響く。

 二人がやられていく間、立ち尽くしていることしかできなかった春重は、呆然とした様子で瞬きを繰り返した。


「さて、最後はお主じゃ……のう、支配者よ」


「くっ……」


 まだ一分以上の時間を残して、ついにエルヴァーナの凶刃が、春重に迫ろうとしていた。


「――――ま……まだ、だ」


 しかし、エルヴァーナの前に、ボロボロの体になった桜子が立ち塞がる。


「桜子……!」


「安心しろ、春重……お前は、必ず私が守り切る」


 そう言いながら、桜子はふらつきながらも、刀を構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る