第34話 白銀竜エルヴァーナ

「レオンの声だな」


「まさか……こんなに早くやられたのか?」


「いや……いくらやつでも、こんなにあっさりと負けるはずは……」


 ひとりならともかく、仲間たちのサポートがあれば、レオンでも善戦できるというのが桜子の見立てだった。

 今聞こえてきた絶叫は、明らかな異常事態。

 現場に緊張が走る。


「と、とりあえず、私たちも向かいませんか⁉︎」


「……そうだな。見殺しにはできない」


 春重が拳を握る。

 レベル140越えが悲鳴をあげるような状況で、春重や真琴が役に立つ可能性は極めて薄い。しかし、少なくとも春重は、レオンを九十層にけしかけた張本人。たとえどんなに腹がたつ男でも、ここで見殺しにしたのでは、後味が悪すぎる。


「助太刀はするけど、あくまで俺たちの命が最優先だ。危険と判断したら、すぐに引き返そう」


 春重の言い聞かせるような言葉に、真琴と桜子は頷いた。


 九十層へ続く道を、三人で駆ける。

 やがて彼らは、開けた場所に出た。

 

 ――――雰囲気が変わった。


 天井は見上げるほど高く、巨大な柱が立ち並んでいる。所々に青い炎が灯った燭台が設置されており、光源の役割を果たしていた。

 これまでの洞窟らしい雰囲気とは打って変わって、まるでそこは神聖なる神殿のようだった。この場所に覚えがある桜子以外の二人は、一瞬呆気に取られてしまう。


「っ! 見ろ! あそこだ!」


 桜子が指した方向には、神崎レオンがうずくまっていた。

 彼の周りには、アブソリュートナイツの仲間たちが倒れている。全員ボロボロで、生きているかどうかも疑わしい。


「うぐっ……うあぁあ」


「神崎っ――――」


 春重たちが彼に駆け寄ろうとしたとき、それが目に入った。

 

「きひひひひひ、新手か。貴様らは我を楽しませてくれるか?」


 まるで降り積もった雪のような美しさと存在感を放つ、白銀の髪。体躯はえらく小柄で、真琴よりもさらに幼い印象を覚えた。

 春重たちが彼女から感じ取ったのは、とてつもない力の波動だった。

 少女の外見とは明らかに不釣り合い。この時点で、春重たちは理解する。


 この少女は、我々が手を出していい存在ではない――――と。


「どうした? 緊張しとるんか?」


 少女は邪悪な笑みを浮かべながら、手に持っていた何かを振り回す。

 それは、レオンの腕だった。彼の肩から、おびただしい量の血液が滴り落ちている。足元には血溜まりができており、そのダメージの深刻さを物語っていた。



名前:神崎レオン

種族:人間

年齢:26

状態:通常

LV:148

所属:アブソリュートナイツ

 

HP:311/2939

SP:1022/3071


スキル:『片手剣(LVMAX)』『盾(LVMAX)』『緊急回避(LVMAX)』『索敵(LVMAX)』『反応速度向上』『空間跳術くうかんちょうじゅつ(LV6)』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『毒耐性』『聖属性魔法(LV4)』

 


 ――――残りHPが少ない……!


 とっさにHPポーションを取り出し、春重はレオンに駆け寄ろうとする。


「待て待て。まずは自分の心配じゃろう?」


「っ⁉︎」


 春重が足を止める。

 気づいたときには、目の前に少女が立っていた。

 いつ移動したのか、春重たちは認識すらできなかった。パーティ内で最速を誇る桜子でさえ、気づいたのは少女が移動し終わった後だ。


「あー、そうか。こやつが邪魔じゃな。きひっ、もう動けぬ者に興味はないわい」


「ひっ――――」


 少女はレオンの襟首を掴むと、軽々と放り投げる。

 鎧の重さを含めれば百キロ近い成人男性を、その細い腕で投げ飛ばしたという事実に、春重は戦慄した。


「お前は……何者だ。探索者、なのか?」


「きひひひ、違う違う。我はお主らで言うところの、モンスターじゃよ」


「っ!」


 春重は愕然とする。

 前に、桜子から聞いたことがある。

 海外のダンジョンで、会話ができるモンスターが発見され、探索者がコンタクトを試みた。しかし彼らはそのモンスターに瞬く間に蹂躙され、命を落としたと。

 元々高難度ダンジョンであったことから、コンタクトに臨んだ者たちは全員が実力者であり、最高でレベル150を越える探索者もいた。

 そんな彼らが今際の際で残した記録によると、そのモンスターのレベルは、200を優に超えていた。


 探索者たちは、それを御伽噺と笑い飛ばした。


 どの国の記録にもそんな情報は残っていないし、目撃者がいるはずもない。故にこの話は都市伝説扱いされるようになり、今では飲みの場の雑談に混じりがちな、定番小話になっていた。

 

 それほどまでに、信じがたい話だったのだ。


 しかし、ここにいる者たちはすでに悟っている。

 あの都市伝説は、現実なのだと。



名前:エルヴァーナ

種族:白銀竜

年齢:

状態:通常

LV:241

 

HP:10710/10710

SP:14033/14033


スキル:『変身(LVMAX)』『気配探知(LVMAX)』『硬質化(LVMAX)』『加速(LVMAX)』『ブレス(LVMAX)』『精神耐性』『魔術無効』『飛翔(LVMAX)』『爪撃(LVMAX)』



「レベル……241……?」


「っ……そこまでか。どうりでこの威圧感……アシュラオーガの比ではないな」


 パーティ内最高レベルの桜子よりも、さらに100近くレベルが高い。

 まさに、未知の領域である。


「あしゅらおーが? ああ、そこにいるやつか」


 少女が背後に視線を向ける。 

 その先には、肉塊が落ちていた。

 六本の腕に、三つの顔。それから周囲に散らばる巨大な剣の残骸は、間違いなくアシュラオーガだったことを証明している。


「やつもそこで転がっている小僧も、退屈凌ぎにすらならんかったわ。……さて、お主らはどうじゃ?」


 邪悪な笑みを浮かべながら、少女は両手を広げる。


「我の名は、白銀竜エルヴァーナ。さあ、人間ども、我を楽しませろ!」

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