第33話 機転

 振り返れば、そこには神崎レオンが立っていた。彼は達成感に満ちた顔で、三人へと近づいてくる。


「ようやく追いついたよ、桜子」


「……なんの用だ、レオン」


「用? そんなの決まってるだろ? 君と九十階層を攻略しに来たのさ」


 そう言いながら、レオンが両手を広げる。

 その刹那、彼の後ろに控えていた仲間たちが、春重と真琴に『捕縛魔法』スキルを発動した。


「なっ……!」


 春重の『緊急回避』スキルが発動する。

 しかし『捕縛魔法』によって放たれた無数の鎖は、視界を埋め尽くすほどの密度だった。


 避けきれなかった二人は、呆気なくスキルの鎖に縛られてしまう。


「春重! 真琴!」


「桜子、交渉だ。新しいお仲間とやらの命が惜しければ、アブソリュートナイツに戻れ」


「……そこまで落ちたか、レオン」


「落ちる? 勘違いしているようだね、桜子。僕は最強なんだ。僕がやることは、すべて正当化される。世界中が僕を尊重し、道を開けるようにできてるんだよ」


「ほざけ。勇敢さの欠片もないくせに」


「あ、あのときは! 物資が枯渇したから撤退しただけだ! 今回のように準備が万全なら、あんなフロアボスくらい簡単に倒せる!」


 レオンは、明らかにムキになっていた。

 対話が無意味であると理解した桜子は、露骨に舌打ちをこぼす。


 彼らの会話を尻目に、春重は『捕縛魔法』を発動している者たちを観察する。人数は六人。平均レベルは90を越えている。全員に『万物支配』をかけるには、SPが足りない。


 ――――ここは、頭を使って切り抜けるしかない。


 力を温存すべく、春重は抵抗をやめる。

 その様子を見て、レオンは満足げに頷いた。


「お仲間はもう諦めたみたいだよ? 桜子、あとは君が決断すればいいだけだ」


「あんた……恥ずかしいやつだな」


「――――なんだと?」


 春重の言葉に、レオンは振り返る。


「最強最強と言いながら、仲間がひとりいなくなっただけで、怖気づいたんだろ? 本当に強いなら、別に今のパーティでもフロアボスに挑めばいいじゃないか」

 

「……黙れ」


「すごんだところで、桜子がいなければボスにも挑めない臆病者に何ができる? もしかして、実はあんた、すごく弱いんじゃないか? だからボスを桜子に倒してほしくて――――」


「黙れッ!」


「づッ……」


 レオンの剣が、春重の腹部を斬り裂く。

 鮮血が舞い、彼のジャージを赤く汚した。


 初探索で、スライムの突進攻撃を受けたとき以来の、大きくHPが減る感覚。体力がごっそりと抜け落ち、春重の額に脂汗がにじむ。


「春重さんっ!」


 真琴の悲痛な声が響く。

 しかし、春重はそれでも言葉を続けた。


「どうした? 手加減した一撃で俺を殺せるとでも思ったか。この程度の攻撃しかできないなら、そりゃフロアボスにも負けるだろうな」


「減らず口を……!」


 レオンの剣が、春重の太腿に深々と突き刺さる。ここで春重の『痛覚耐性』スキルが発動し、その痛みを和らげる。


「は、ははっ……やっぱりこの程度か」


 春重の、まるで鬱憤を撒き散らすかのような言葉が続く。

 自分が思っていたより、レオンに対する悪口がスラスラと出てくる。サラリーマン時代も、上司に対してここまで強く言葉をぶつけることができていれば、きっとこの人生は、また別の形になっただろう――――春重は、ふとそんな風に思った。


「いいか、お前は人質だから生かされているだけだ! お前が生きているのは僕の気まぐれなんだ! それを肝に銘じろ!」


 レオンが怒鳴り散らす。

 その様子は、普段クールぶっている彼と大きくかけ離れていた。


「桜子がいなければボスにも挑めないだと……? 僕を誰だと思ってる! アブソリュートナイツの神崎レオンだぞ!? この世界で一番強い探索者は僕だ! 桜子がいなくなって、新宿ダンジョンくらい簡単に攻略できるんだ……!」


「……だったら、証明してみせろ」


「な、なんだと?」


 春重の鋭い眼光が、レオンを射抜く。


「桜子に頼らず、九十層のボスを倒してみせろよ。それができたら、俺はあんたを最強の冒険者として認めるし、桜子から手を引く」


「……僕が、あのフロアボスを……?」


「……やっぱり無理か」


「む、無理だと⁉︎ ふざけるなっ! 僕に不可能なんてない!」


 そう叫びながら、レオンは地団駄を踏む。

 その様子は、ああ言えばこう言うを体現した我儘な子供のようだった。


「ここで待っていろ……! アシュラオーガを倒し、必ず桜子を取り戻す!」


 パーティメンバーに指示を出し、共にアシュラオーガが待ち構える階層に降りていくレオン。やがて八十九階層には、春重たちだけが残された。


「……鎖くらい外してくれよ」


 春重は、自分と真琴の体に依然として巻きついたままになっている鎖を見ながら、そうぼやく。

 すると次の瞬間、鎖の一部に亀裂が入り、瞬く間に砕け散った。


「……あまり無鉄砲な挑発をするな。心臓に悪い」


 彼らの鎖を斬った桜子は、刀を鞘にしまう。


「心配させてすまない。だがあそこで戦闘を避けるには、ああやって挑発するしか――――」


「はるしげさぁぁぁん!」


「うおっ⁉︎」


「お腹大丈夫ですか⁉︎ ああっ! 脚も! 今すぐHPポーションを使いましょう!」


 飛びついてきた真琴がHPポーションを取り出したのを見て、春重は慌ててその手を押さえる。


「待て待て、自分のポーションで回復するから……」


 何があろうと、真琴と桜子には生き残ってもらわなければならない。故にポーションひとつ取っても、まずは自分の分から消費していくのが、春重のこだわりだった。


「……春重、お前の戦闘を避けるという判断は、決して間違ってはいなかったと思う」


 桜子の言葉を受けて、ポーションを飲み干した春重は首を傾げる。


「結果として、ポーション数本分の損害で済んだんだ。それが間違いであるはずはない……それは、分かっているのだが」

 

 そう言いながら、桜子は顔をしかめる。


「正直言って、私は悔しいぞ。リーダーであるお前をみすみす傷つけさせ、ボス討伐の栄光すらやつに譲ることになった……それが悔しくてたまらない」


 桜子にも、前線を行く探索者としてのプライドがある。

 あの場でレオンと戦うことになったとしても、負けない自信が大いにあった。それによって多くのものを失ったとしても、構わないとすら思っていた。


 春重はそんな桜子を見て、諭すように言う。


「俺は、このパーティのリーダーだ。ある意味、君たちの上司ということになる。……上司は、パーティメンバーを守ることが役目だ。たとえ自分が傷ついたとしても、君たちが無事なら、それは俺にとっての勝利なんだよ」


 自分のセリフの臭さに苦笑いしつつも、春重は言葉を続ける。

 臭くても、今の言葉はまぎれもない彼の本心だ。どんな人間でも、自分の部下になったのなら全力で守る。それが、社畜根性がいまだ抜けない彼の、もっとも大きなプライドだった。


「俺のこだわりを押しつけてしまったことについては、すまないと思っている。……何はともあれ、君たちに怪我がなくてよかったよ」


「っ……本当に、おかしなやつだ」


 桜子がプイッと顔を逸らす。

 それを見た春重は、桜子を不機嫌にさせてしまったのではないかと取り乱すが、はたから見ていた真琴は、彼女が照れただけだと気づいていた。


「……でも、下手したら桜子さんとはパーティを離れないといけなくなるんですよね?」


「ああ……そうなったときは、今度こそ全力で戦うことになるかもな」


 険しい顔をした春重は、レオンたちが下りて行った九十階層のほうを見つめる。


 するとその直後、レオンのものと思われる絶叫が、彼らのもとに届いた。


 

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