第32話 深層突入
「おい、あったぞ」
桜子が指差した方向には、宝箱があった。
大理石のような材質で作られているそれは、とても自然のものとは思えない見た目をしている。
ダンジョン内に宝箱が設置されている理由は、ダンジョン化の仕組みと同じく分かっていない。
中には特別なアイテムが入っていることが多く、研究者は、まるで大いなる者からの〝恵み〟であると語った。
「……開けよう」
春重が宝箱を開ける。
すると、中には金属の塊が入っていた。
「『鑑定』」
名前:オリハルコン
種別:
状態:未加工
HP:34000/34000
「オリハルコンってアイテムらしい」
「ああ、武器や防具の加工に使える
「そうか……」
春重はオリハルコンを鞄に入れる。高級アイテムを手に入れたというのに、その表情は険しい。彼が求めているアイテムは、
桜子はともかく、真琴も、そして春重も、顔には疲労が色濃く出ている。春重は今、間違いなく焦りを覚えていた。
――――落ち着け、先にやらなきゃいけないことがあるだろ。
春重がそう自分に言い聞かせると、すぐに精神が凪ぐ。焦ってもろくなことがないというのは、サラリーマン時代に嫌というほど学んでいる。ギチギチに詰まったスケジュール、積み重なったタスク。それらをこなし、無事に家に帰るためには、とにかく焦らないことが必要だった。
「……先に進もう」
二人が頷く。
現在春重がいるのは、八十九階層。彼らの当初の目的。それは、九十階層のアシュラオーガを『支配』して、探索用の護衛にすること。細かい探索は後回し。今やるべきことは。先を目指すことだ。
「……新手だ」
桜子が呟く。
九十階層に続く道の真ん中に、巨大なムカデが陣取っていた。
名前:
種族:ヘルセンチピード
年齢:
状態:通常
LV:104
HP:2003/2003
SP:1228/1228
スキル:『毒撃(LV8)』『緊急回避(LV6)』『生命力向上』『部位操作』
「避けては通れなさそうだな」
春重が剣を構える。
八十階層を突破してから、春重たちはできるだけ戦闘を避けていた。アシュラオーガ戦を控えている以上、余計な消耗は命取りになる。しかし、唯一の道に立ち塞がるというなら、仕方がない。
「行くぞ……!」
相手はレベル100を越える強敵。
スキルを温存してどうにかなる相手ではない。
「『
春重が剣を振れば、それに合わせて青白い斬撃がヘルセンチピードに向けて放たれた。これは中距離にいる敵に攻撃できる『両手剣』のスキル技。込めたSPによって威力は増減し、飛距離も変わる。
ヘルセンチピードは『緊急回避』スキルで斬撃をかわすと、真っ直ぐ春重たちに向かってくる。その外見と身体の動きは、見た者に嫌悪感を抱かせる。
「っ!」
顔をしかめながら、真琴が矢を放った。ヘルセンチピードは壁を這うようにしてそれをかわし、依然彼らに向かって高速で迫る。
「春重、私が隙を作る。その間に頭を刎ねろ」
「っ、分かった」
桜子が前に出る。
彼女に対し、ヘルセンチピードはその鋭い毒牙を食い込ませるべく、勢いよく跳びついた。
「ふっ――――」
鞘から抜き放つと同時に、桜子はヘルセンチピードの毒牙を斬り飛ばした。片側の牙だけだが、これでヘルセンチピードは弱体化した。
――――ここだ。
桜子が作った隙を突くようにして、春重が剣を振る。
狙うは、ヘルセンチピードの体節部分。表皮は硬く、下手すれば刃すら弾くが、接合部はそうはいかない。
『集中』スキルが春重の神経を研ぎ澄まし、刃は的確に急所へと吸い込まれた。そして小気味のいい音がして、ヘルセンチピードの体は呆気なく両断された。
しかし、まだだ。
「真琴!」
「はい!」
ヘルセンチピードは、体を切断されてもしばらく動き続けることができる。たとえ頭を斬り飛ばされたとしても『部位操作』のスキルで、離れた体を動かすことも可能だ。
ヘルセンチピードの毒牙が、再び春重たちに迫る。
しかし、堅実、安全がモットーな春重たちに、油断はない。
「『スティンガーアロー』!」
『部位操作』のスキルを確認した時点で、分離攻撃を仕掛けてくることは読んでいた。故に敵が攻撃に転じる前に、真琴のスキルでヘルセンチピードの頭部を貫いた。そして彼女の矢は、そのままヘルセンチピードの頭部を地面に縫いつけた。
そして残った胴体も、春重の刃によって壁に縫いつけられる。
「……終わりだな」
桜子が刀を仕舞う。
縫いつけられたヘルセンチピードは、それでもしばらく動いていた。しかし、自分が一切動けないことを理解したのか、やがて諦めたように絶命した。
「敵が一体なら、この階層でも十分戦えるじゃないか」
「桜子がいてくれるおかげだって……俺たちだけじゃ、まだまだ安定しないよ」
春重の言葉に、真琴が頷く。
二人のレベルは、強敵との戦闘を経て、さらに大きく成長していた。
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:82
所属:NO NAME
HP:2398/2398
SP:2107/2437
スキル:『
名前:阿須崎真琴
種族:人間
年齢:18
状態:通常
LV:80
所属:NO NAME
HP:2155/2155
SP:2029/2309
スキル:『弓術(LVMAX)』『緊急回避(LV9)』『危険感知(LVMAX)』『索敵(LVMAX)』『集中』『装填速度上昇』『
この強さがあっても、常に命の危機が付き纏うのが、深層というもの。
さらに奥まで進めば、これまでとは比べものにならないほどの脅威が待っている。
「この先は、ついに九十階層だ。……準備はいいな?」
桜子の問いに、二人は頷く。
「――――待ってよ、桜子」
いざ行こうとした彼らの耳に、そんな声が届いた。
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