第30話 支配のスキル

「なんなんですか! あの人は!」


 穴熊の店にやってきた三人。人目を気にして我慢していた真琴の怒りが、ついに爆発した。


「一方的に話したと思えば、春重さんに失礼なことして……あんな人が国内トップ探索者なんですか⁉︎」


「あー、レオンの坊やか。あの子はずっと前から傲慢な発言が目立ってたねぇ」


 タバコをふかしながら、穴熊はクックっと笑う。


「威勢だけはいいんだけど……ここ一番でのメンタルが壊滅的って話は聞いてるよ。計画通りにいかないとすぐに慌てちまって、リーダーとしての指示が出せなくなるってね」


「その話は正しい。やつがもう少し冷静さを保てる男なら、九十階層などとっくに突破していただろう」


 アシュラオーガの前で尻餅をついたまま動かなくなったレオンを思い出し、桜子は憎々しげに奥歯を噛み締める。

 桜子は、決してレオンの心の弱さを責めているわけではない。それに加えて、逸脱した実力があるのなら、どんなに横柄な態度でも構わないとすら思っている。自分でそう言う態度を取るつもりはないが、力にはそれだけの価値があると考えているからだ。


 しかし、実力や態度に見合わぬ成果しかあげられない者には、厳しい視線を向ける。普段は肩で風を切って歩いているくせに、勝てる戦いをみすみす逃したレオンに対し、もはや仲間という意識はまったくない。


「悪いことをしたな、春重」


「どうして桜子が謝るんだ?」


「仮にも私の元パーティメンバーが無礼を働いたんだ。謝罪する理由はある」


 桜子がいなければ、レオンが春重に絡むこともなかった。その点において、桜子に原因がないとは言い切れない。もちろん、春重がそんなことを気にするはずもないが。


「桜子が謝る必要なんてない。真琴も、俺は気にしてないから、今は怒りを収めてくれ」


「むう……」


 不満げに頬を膨らませる真琴を見て、春重は頬を緩める。

 レオンのことは置いといて、春重は、まったく別の問題について考えていた。


 ――――『万物支配』は、一体どこまで影響を及ぼしているのだろう。


 レオンとの会話の中で、激昂した桜子が口にした主人・・という言葉が、春重の中でずっと引っかかっていた。桜子は、春重の命令によって自分の意思で動いている。しかし、今の彼女が本当に自分の意思で動いているかどうか、判断する方法がない。

 現に桜子は、おそらく無意識のうちに、春重を主人と呼んだ。なんにせよ、彼女の中に支配されている感覚があるということだ。

 早いところスキルを解除しなければ、今後どんな影響が出てしまうか分からない。レオンのことなど、考えている場合ではないのだ。


「そうだ、あんたたち、武器を受け取りに来たんだろ?」


 そう言いながら、穴熊は部屋の奥から桜の模様が刻まれた太刀を持ってきた。


「これは……」


「いい刀になったろう。『桜一文字』……それがこいつの名だ。お前のイメージによく合ってると思う」


「ああ、試し斬りも済んでいないが、すでに気に入った」


 桜子は満足げに頷く。

 刃には、美しい刃文が浮かび上がっていた。一度見ただけで、その怪しげな魅力が、目を惹きつけて離さない。


「刃に関しては、桜の花びらが浮いた水面をイメージした。血飛沫という花びらを、刃文という名の水面に浮かべてやっておくれ」


「ふっ、洒落も利いているときたか。ますます気に入った」


 刀を腰に納めた桜子に許可を取り、春重は『鑑定』を使用する。



名前:桜一文字

種別:太刀(★★★★★★★)

状態:通常


HP:70000/70000


スキル:『自動修復オートリペア』『太刀補正+2』『攻撃補正』『速度補正』『能力解放・太刀』



「星七か……すごい武器だな」


「あたしの最高傑作と言っていい武器だね。春重と真琴にも、いつかこれくらいの武器を作ってやるよ」


 そう言いながら、穴熊は得意げに笑った。


「……にしても『能力解放』ってのはなんだろうね」


「何? お前が付与したスキルじゃないのか?」


「いや、あたしが完成させたときには、そんなスキルなかったよ。ってことは、あんたが手に持った瞬間に開花したってわけだ。……面白そうなスキルだね」


「まあ、デバフでなければなんでもいい。この刀は貰っていくぞ」


「ああ、存分に使っておくれ」


 穴熊は目を伏せ、タバコの灰を灰皿に落とす。


「引退した身で心配するとか、柄じゃないと思ったんだけどね……あんたらが目指す八十階層以降は、一瞬の油断で命を落とす危険なエリアだ。どうしてもそこに行きたがる理由は訊かないけど、とにかく――――生きて帰っておいで」


 穴熊は、春重たちに背を向けた。話している途中で、恥ずかしくなってしまったのだろう。その様子が普段の彼女と不釣り合いすぎて、春重たちは思わず笑った。


「……はい」


「行ってきます!」


 春重と真琴がそう返事をして、三人は店をあとにする。

 

◇◆◇


 新宿ダンジョン。あまりにも深すぎるそのダンジョンの奥地、アシュラオーガが守る九十階層よりも、さらに下層……広大な広間に設置された玉座に、白銀の髪を持つ少女が座っていた。


「……地上から、面白いやつの気配がする」


 外見にそぐわない、邪悪な笑みを浮かべた少女は、まるで恋焦がれるような視線を上へ向けた。

 ダンジョンの外にいる、何者かへ――――。


「来い……支配のスキル・・・・・・を持つ者よ」

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