第29話 見栄っ張りな男
「すまない、待たせたか」
「いや、時間通りだよ」
「そうか、ならよかった」
最後に来たのは、桜子だった。桜子は、待ち合わせの時間ぴったりに来るタイプだった。ちなみに真琴は五分前、春重は二十分前である。
何故春重がそんなに早く到着するようにしているのか。それはもちろん、電車の遅延や突然の腹痛などで遅刻しないためだ。前の会社では、いかなる理由で遅刻してもペナルティがあったため、それを避けるには二十分前行動が必要だったのだ。
「それじゃあ行こうか。まずは色々買い揃えていかないとな」
三人は探索者横丁へ向けて歩き出す。
相変わらず賑やかな探索者横丁。ここでやるべきことは、ポーションや便利なダンジョンアイテムの購入である。ダンジョンアイテムの中には、使用することで強制的にダンジョンの外に出ることができるアイテムや、一定時間モンスターに気づかれなくなる結界を張ることができるものがある。こういったものは、希少かつ探索者の命を守るためのものとして重宝され、値段が高い。
――――ひと月の稼ぎがパーだな……。
店を回るたびに薄くなっていく財布を想い、春重は苦笑いを浮かべた。
大体のアイテムが揃った頃、春重の貯金は三分の一になっていた。
「あの……全部春重さんが出してくれましたけど、本当にいいんですか?」
「ん? ああ、大丈夫だ。二人に金を出させるわけにはいかないからな」
「で、でも……」
「俺の我儘に付き合ってもらうんだ。これは当然のことなんだよ」
「……」
春重の芯のある言葉を受けて、真琴は押し黙ることしかできなかった。
「桜子も、それでいいな?」
「……お前がそう言うなら仕方あるまい」
財布を出すことができず、不満そうにしていた桜子は、そう言いながら肩を竦めた。男とはほぼ無縁な生活を送ってきた桜子だが、男には意地というものがあることは理解している。故に、これ以上何かを言及することはしなかった。
「必要なものは大体揃った。あとは桜子の武器を取りに行って終わりか」
「ああ、そうだな」
三人が穴熊の店に向かおうとした、そのとき。突然男たちが春重の前に立ち塞がった。そしてその先頭にいる男の顔を見て、桜子は顔をしかめる。
「久しぶりだね、桜子。ようやく見つけたよ」
「……レオン。なんの用だ」
「つれないな。パーティメンバーなんだから、いつ話しかけたっていいだろ?」
そう言いながら、日本最強の探索者、神崎レオンは笑みを浮かべる。
「パーティメンバーだと? ふざけるな。私はとっくにお前のパーティを抜けている」
「認めた覚えはないよ。君の力は、僕が新宿ダンジョンを攻略するために必要なんだ」
レオンは、春重を押し除けるようにして桜子の前に立った。
「なっ……」
「邪魔だよ、おじさん。そんなところに突っ立ってるんじゃない」
その態度に怒りを覚えた桜子は、レオンを鋭く睨みつける。
「彼は私の
「主人……? おお、見ないうちに冗談も言えるようになったんだね」
桜子から向けられる怒りを、レオンは完全に無視していた。図太い――――と思われるかもしれないが、単に自分は何をしても許されると勘違いしているだけである。
「僕は再び新宿ダンジョンの攻略に挑む。……桜子、そのためにも君の力が必要なんだ。いい加減意地を張ってないで、僕のもとに戻ってきたらどうだい?」
「断る。お前のような腰抜けと組んでいたら、命がいくつあっても足りん」
「僕が……腰抜け? な、何を言ってるんだよ、桜子。日本で一番レベルが高い僕が、腰抜けなわけないだろ?」
「さあな。自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「っ……」
痛いところを突かれたレオンは、分かりやすく顔を歪めた。
そして不満げにしている春重と真琴を見て、バカにしたように笑う。
「まさか、このおじさんたちが君のパーティメンバーとでも言うのか? ははっ、有能な探索者にはとても見えないが」
「……失礼な人ですね」
「おっと、ごめんよ。君のことを馬鹿にしたつもりはないんだ。女の子は、一緒にいてくれるだけでモチベーションを上げてくれるからね。たとえ
「……」
レオンとしては、精一杯フォローを入れたつもりだった。それが逆効果になっているだなんて、夢にも思わない。
「少なくとも、アシュラオーガを前にして腰を抜かすような臆病者よりは、よほど有能で、勇敢だ」
「こ、腰を抜かしただなんて……あれはアシュラオーガから受けたダメージで立ち上がれなかっただけだ!」
「その割には傷も少なかったが……どんなダメージを受けたんだ?」
「ぐっ……し、しばらく見ないうちに揚げ足を取ってくるようになったね、桜子。前はこんなに喋らなかったじゃないか」
「お前との会話に意味を見出せなかっただけだ。普段の私はかなりおしゃべりだぞ」
その言葉に頷いたのは、春重と真琴だった。
探索の休憩中、最初に口を開くのは、決まって桜子だ。階層を進むたびに余裕がなくなっていく二人に対し、桜子は常に緊張を紛らわせるような話を投げてくれた。気持ちに余裕がない状態の危うさを、よく知っているからだ。
「……どうしても僕のパーティに戻ってこないつもりかい?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、僕にも考えがあるよ」
レオンが踵を返す。
「桜子、君は必ず僕に懇願するだろう。『どうかまた、アブソリュートナイツに入れてください』とね。そのときが待ち遠しいよ」
「相変わらず現実が見えていないな。だから攻略に失敗するんじゃないか?」
「っ……! ほざいてろ!」
そう吐き捨てたあと、レオンは仲間を連れて去っていった。
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