第28話 事前準備

 ――――新宿ダンジョン、第五十階層。


「『シュタルクアロー』!」


 真琴の放った矢が、ブルーオーガというモンスターの群れの脳天をまとめて貫く。矢は止まることなく突き進み、やがて後方の壁に深々と突き刺さった。その威力は、放った本人すら驚いてしまうほどだった。


「……真琴の新しい技はすごいな」


「ああ、この威力なら、アシュラオーガにも届くはずだ」


 ――――ついに。


 戦いを見守っていた桜子の言葉で、春重はときが来たと悟った。深層を目指すことになってから、早一ヶ月弱。春重と真琴は、五十層、六十層のモンスターすら相手にならないほどのレベルに到達していた。



名前:山本春重

種族:人間

年齢:38

状態:通常

LV:73

所属:NO NAME

 

HP:2037/2037

SP:2192/2192


スキル:『万物支配ワールドテイム』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LVMAX)』『索敵(LVMAX)』『闘志』『直感』『両手剣(LVMAX)』『空間跳術くうかんちょうじゅつ(LVMAX)』『極限適正』『毒体制』『体術(LV7)』『反応速度向上』『痛覚耐性』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『集団戦適正』『一騎打ち適正』『集中』



名前:阿須崎真琴

種族:人間

年齢:18

状態:通常

LV:70

所属:NO NAME

 

HP:1866/1866

SP:2067/2117


スキル:『弓術(LVMAX)』『緊急回避(LV9)』『危険感知(LVMAX)』『索敵(LV8)』『集中』『装填速度上昇』『魂力矢ソウルアロー(LVMAX)』『攻撃力上昇・遠距離』『反応速度向上』『痛覚耐性』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『集団戦適正』『一騎打ち適正』『闘志』



 春重は25、真琴は30もレベルが上がっている。

 139という人類最高峰のレベルに到達するまで、桜子は十年近くの歳月を費やした。桜子の経験上、ここまでレベルを上げるには、最低でも一年はかかる。


 ――――やはり、この二人には何かあると思っていた。


 桜子は、終始興奮を抑えられないでいた。この圧倒的な成長スピードと、春重のユニークスキルがあれば、新宿ダンジョンの完全攻略すら見えてくる。さらなる高みへ上り詰めることも夢ではない。


 ――――それにしても。


 桜子は自身のステータスウィンドウに目を向ける。



名前:十文字桜子

種族:人間

年齢:24

状態:通常

LV:145

所属:NO NAME

 

HP:3244/3244

SP:3561/3561


スキル:『太刀(LVMAX)』『鑑定』『精神耐性』『緊急回避(LVMAX)』『索敵(LVMAX)』『反応速度向上』『直感』『空間跳術くうかんちょうじゅつ(LVMAX)』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『体術(LVMAX)』『毒耐性』『痛覚耐性』『集団戦適正』『一騎打ち適正』『集中』『闘志』



 ほとんど上がらなくなっていたレベルが、6も上がっている。

 たった一ヶ月、それも桜子のレベルとは釣り合わない浅層での戦闘で、この効率はあり得ない。

 

「くくく……ますます逃がすわけにはいかなくなったな……」


「……?」


 突然笑い出した桜子に対し、春重は首を傾げるが、その理由については怖くて聞けなかった。



「よし、今日はここまでにしよう」


 春重の言葉に、真琴と桜子が頷く。

 

「あとは探索者横丁で準備を整えて、それから八十層に挑戦する……問題ないか?」


「ああ、今の二人なら、十分ついてこれるはずだ」


「……分かった」


 春重は真琴と目を合わせる。まだ二ヶ月も経っていないのに、十層でヘビーリザードやブラックウルフを狩っていたときが懐かしく思える。あのときは、まさかこんな上層まで来ることになるなんて、考えもしなかった。


「ひとまず、明日は探索者横丁集合で」


 最後に春重がそう締めくくり、三人はダンジョンをあとにした。


◇◆◇


 翌日の朝十時。

 春重は探索者横丁があるN上野駅で、二人を待っていた。彼の人生において、休日に女性と出かけるなんてイベントはなかなか経験できるものではないのだが、解呪の腕輪ディスペルリングを手に入れ、桜子にかけた支配を解除するという目的に集中している彼にとっては、もはやそれどころではない。


「……はぁ」


 青い空を見上げ、春重はため息をつく。

 春重の中には、ひとつの迷いがあった。果たして、真琴を深層に連れていっていいものか。稼ぎに比例して、リスクも今の何十倍に跳ね上がる。失うものがほとんどない春重や、圧倒的な実力と経験を持つ桜子と違い、彼女には家族も将来もあるのだ。できることなら、危険に晒したくない。

 

 とは言え、真琴は意地でもついてくるだろう。一度決めたことをあとから曲げるなんて、彼女のプライドが許さない。何度考えても、結論は同じだった。


「……真琴は、ちゃんと俺が守らないとな」


「へ?」


 声がして、春重は顔を上げる。

 そこには、カジュアルな格好をした真琴が立っていた。


「おっと、おはよう。真琴」


「お、おはようございます……って、それどころじゃなくて!」


「……?」


「今の言葉! そ、そそそその! どういう意味でしょうか?」


「どういう意味って……朝の挨拶をしただけなんだけど」


「そ、そうじゃなくて!」


「……なんか言ったかな?」


 本気で考え込む春重を見て、真琴は愕然とした。彼女は確かに聞いたのだ。真琴は、ちゃんと俺が守らないとな――――と。

 しかし、春重にとってその言葉は無意識のうちに出たものだった。集中しているとうわ言を呟いてしまう癖は昔からであり、よく会社の同僚が自分に話しかけられていると勘違いして、混乱することが多々あった。


「……悪い、覚えてないな」


「そう、ですか……」


 真琴は残念そうに肩を落とす。

 しかし、自分が大切に思われていることは事実なのだと思い直し、頬を緩めた。

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