第27話 挑戦の決意

「えっと……演技か?」


「まさか。私の忠誠心に偽りなどあるはずがありません」


「……」


 桜子は、媚びた目で春重を見つめている。

 一体どういう状況なのだ。春重は答えを求めて真琴を見る。言うまでもなく、真琴は答えを知らない。首を横に振った彼女を見て、春重は困った様子で眉を顰めた。


「『黒狼の群れ』にスキルを使ったときは、こんなことにはならなかったんだけど……」


「どういうことなんでしょう……?」


 桜子のステータスを見ても、特におかしなところは見られない。


「とりあえず、解除してみるか」


 ――――あれ?


「春重さん?」


「このスキル……どうやって解除するんだ?」


◇◆◇


「……なるほど、このスキルは一度発動したら、解除はできないのか」


「すまない、桜子……」


「かけろと言ったのは私だ。気にするな」


 あれから試行錯誤を繰り返したが、結局桜子に施した『万物支配』を解除する方法は分からなかった。『自分の意思で動け』という命令を下すことで、桜子は普段の状態に戻ったが、依然としてステータスには命令実行中の文字が刻まれている。


「それにしても……使用者の意思ですら解除できないスキルか。まるで呪いのようだな」


「……」


「あ……す、すまない。他意があったわけではないのだ」


「いや、言い得て妙だなと思って」


 桜子の発言に悪意がないことは分かっていた。スライムの感情がなんとなく読み取れるようになったのと同じように、桜子の感情も、朧げながら春重の中に流れ込んでくるようになってしまったのだ。

 ある意味呪いと言われても、春重はそれを否定できない。


「……ともかく、春重が私に命令を出さなければ、これまで通りなのだろう? ならば問題ないな」


「そうもいかない。このスキルを解除しないと、俺の気持ちが晴れないよ」


「ううむ……」


 桜子が考え込む様子を見せる。

 春重は、この状況をなんとしても解決したかった。桜子の感情が流れ込んでくるなんて、まるで心を読んでいるようで罪悪感が押し寄せてくる。そのことを伝えるつもりはないにしろ、隠し続けること自体が、春重にとっては重いストレスとなる。『精神耐性』でも緩和しきれないくらいに。


「……確か、スキルなどの特殊効果を一度だけ無効にするアイテムがあったはずだ」


「っ! それはどこに?」


「探索者横丁に売っている。値段は決して安くないが……」


「分かった。それを買ってみよう」


「……お前は、真面目で誠実な男だな」


「え?」


「なんでもない。その店には、私が案内しよう。あとで日程を調整するぞ」


 それまで黙って話を聞いていた真琴だったが、あることを思い出し、口を開く。


「そう言えば、桜子さんにスキルを使うとき、発動まで時間がかかってませんでした?」


「ああ、そうだったな。どうやら、レベルの高い相手に『支配』を使うと、効果を発揮するまでに時間がかかるみたいだ」


「時間、ですか」


「大体三十秒くらいかな。『精神耐性』のせいか、レベルが高いせいか、そこはまだ分からないけど、それくらいはかかったと思う」


『万物支配』は凄まじいスキルだが、何事にも制限はある。支配するには対象に意識を集中しなければならず、桜子のような実力者相手には、それを三十秒も継続しなければならない。桜子相手に三十秒稼ぐというのは、中々に至難の業だ。下手をすれば、その三十秒で春重が命を落としてしまうことだってあり得る。


「……だが、少なくともレベルが140近くあろうが『精神耐性』を持っていようが、時間さえあれば支配することが可能ということだろう?」


「まあ、そうなるな」


「先ほど私が言ったスキルを無効化するアイテムだが、実はひとつだけ、ただで手に入れる方法がある」


 桜子から伝わってくる得意げな感情に、春重は嫌な予感を覚えた。


「そのアイテムの名は『解呪の腕輪ディスペルリング』。八十階層以降にある宝箱から見つかった未解明兵器アンノウンパーツだ。あの辺りはまだ隅々まで探索できていないから、きっと同じアイテムがいくつか眠っているはず」


「それを見つければ、ただでスキル解除ができるかもって?」


「ああ、その通りだ」


 春重は頭を抱えそうになった。八十階層以降は、あのアブソリュートナイツですら苦戦した難所中の難所。アシュラオーガのいる九十階層に辿り着くまでに、数日もの時間が必要だったほどだ。

 出てくるモンスターたちのレベルがとにかく高く、一瞬の油断で命を取られる可能性があった。そんな階層で、経験不足も甚だしい春重たちが生き残れるとは思えない。たとえ桜子のサポートでなんとか進むことはできても、階層をくまなく探索できるほどの余裕はない。


「階層をくまなく探すのは、相当な危険を伴う。だが、春重のスキルがあれば、フロアボスすらも支配できるんじゃないか? フロアボスに階層内のモンスターを引きつけてもらって、その間に探索を終えれば、比較的安全にアイテムを手に入れることができるかもしれん」


「ま、まさかぁ……」


 そう声を漏らしたのは、真琴だった。アブソリュートナイツが倒せなかったボスに対し、支配テイムのための三十秒を稼げるとは思えない。しかし、桜子はすぐに言葉を続けた。


「私と真琴がいれば、三十秒くらいなら余裕を持って稼げる。春重のスキルが決まれば、私たちはフロアボスを突破し、様々なアイテムを総取りできる。こんなに簡単で上手い話、他にあるか?」


「……」


 ――――ないな。


 八十層以降を安全に探索できるようになれば、春重たちも一気に億万長者だ。安定した生活を送りたいと考えていた春重だが、いつまで稼ぎ続けられるかは分からないわけで。一気に稼ぐことができれば、心に大きな余裕が生まれる。いつ探索できなくなっても、まとまった金があれば引退の判断も容易だ。しかもそれが比較的安全な手段で叶うのなら、挑戦する価値は十二分にある。


「……俺たちのレベルは、ここからどれくらい上げればいいと思う?」


「最低70は欲しいところだな。それくらいあれば、戦闘スピードについてくることができるはずだ。まあ、道中の敵は私ひとりでどうとでもなるが」


 あと20以上のレベル上げ。今のペースを維持できれば、一ヶ月以内には達成できる、現実的な数字である。


「……真琴はどう思う?」


「わ、私は……」


 考え込んでいた真琴は、一度言葉に詰まったあと、呼吸を整えて再び口を開いた。


「危険は承知ですが、桜子さんがいてくれるなら、一度くらい挑戦してもいい気がします。弟たちの学費が貯まれば、気持ち的にも楽になるので」


「そうか……そうだな」


 八十層以降で探索できれば、学費など簡単に支払うことができる。その後は生活費だけを稼ぐために、安全に狩れる階層で今まで通りに活動すればいい。一度の危険が、一生の安全につながるとも考えられる。


「……やるなら、とにかく安全第一だ。少しでも状況が悪くなったら、すぐに引き返す。それでいいか?」


「ああ、いいだろう」


「はい……!」


 二人の返事を聞いて、春重は深く頷いた。

 

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