第26話 実験
春重はエンペラースネークの噛みつきをかわし、その体に刃を突き立てた。見事地面に縫いつけられたエンペラースネークは、しばらくもがき苦しんだあと、その命を散らした。
「ふう……」
ドロップアイテムである蛇革を拾い、春重は額の汗を拭う。敵のレベルも高くなり、普段より緊張感のある戦いが続いている。ずいぶん時間も経過し、少しずつ疲労も溜まってきた。
「新手だ」
桜子がそう呟くと、向こうから二体のエンペラースネークが向かってくるのが見えた。春重と桜子は剣を構え直し、真琴は矢を番える。
「真琴! 蛇の進行を止めてくれ!」
「はい!」
春重の指示に従い、真琴が放つ。矢はエンペラースネークの眼前に突き刺さり、上手く怯ませた。
「春重!」
「ああ!」
春重と桜子は『空間跳術』を使用し、一気に距離を詰める。そしてエンペラースネークの首を、瞬く間に刎ねた。
その刹那、岩陰から三匹目のエンペラースネークが飛び出してきた。鋭い毒牙が、春重へと迫る。
「すら一郎」
もう一体いることくらい『索敵』スキルでとっくに分かっていた。
春重は服の中に潜ませていたすら一郎に命令を出し、エンペラースネークの頭をその体で包ませる。目と鼻を塞がれたことでパニックになったエンペラースネークの隙を突き、春重は再び一振りで首を落とした。
「ありがとう、すら一郎」
褒められたすら一郎は、嬉しそうに飛び跳ねながら春重のジャージの中に戻ってくる。その様子を、桜子は黙って見つめていた。
「……どうした?」
「いや、モンスターをここまで手懐けられるなんて、つくづくおかしなスキルだと思ってな。確か、
「ああ」
『
「面白そうだ。試しに私にかけてみてくれ」
「えっと……なんの意味があって?」
「意味などない。好奇心だ」
「う、うーん……」
胸を張って『
「な、何やってるんですか⁉ 自分からその……春重さんの言いなりになるなんて!」
「これはあくまで実験だ。私を操ることができるのなら、大抵の敵は春重のスキルだけでどうとでもなるということが分かるだろう。それに私は『精神耐性』スキルを持っている。それすらも貫通するようなら、まさに無敵のスキルということがはっきりするではないか」
「ム……むむむ」
割と正論を言われてしまい、真琴は押し黙ってしまった。確かに、春重自身もこのスキルがどこまで通用するのかは興味がある。今のところ分かっている条件は、レベルによって必要SPが変わるということだけ。
『精神耐性』は精神的なストレスを軽減したり、洗脳攻撃を防ぐパッシブスキル。もし『万物支配』が精神に干渉するものなら、このスキルを持っている敵には通用しない可能性がある。そこを明らかにしなければ、いざというときにSPを無駄に消費してしまう。
「試したいけど、今は無理だな」
「何故だ?」
「桜子を支配しようとしたら、俺のSPは半分以上持っていかれる。まだ探索を続けたいし、一気にSPを失うのはちょっと困るぞ」
現在の春重のステータスはこうだ。
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:48
所属:NO NAME
HP:1251/1251
SP:1339/1503
スキル:『
桜子に対して『万物支配』を使用すると、半分以上のSPを持っていかれる計算になる。春重の戦闘スタイルならSPを節約しながら戦えるが、万が一のことも考えて、常に1000以上は確保しておきたいというのが本音だった。
「ならばこれを使え」
そう言いながら、桜子は液体の入った試験管を手渡してくる。
「SPポーションか?」
「SP
「へぇ」
ポーションを受け取った春重は、真琴が目を見開いて口をパクパクさせていることに気づいた。
「そ、それ……確か一本五十万円はする高級ポーションですよね……⁉」
「ああ、そうだが?」
「実験のためにポンと出していいものじゃないですよ⁉ 大金じゃないですか!」
「たかが五十万だろう。八十階層で狩りをすれば、一度でこの数倍は稼げる」
「か、金持ちめ……!」
感情が荒ぶり、キャラ崩壊を起こしかけている真琴を押さえながら、春重は桜子に問いかけた。
「本当にいいのか? テストのためにこんなものまで使って……」
「問題ない。互いの手の内を把握するためなら、必要経費だ」
「……分かった」
春重は、桜子に手を向ける。
「『
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:48
所属:NO NAME
HP:1251/1251
SP:609/1503
スキル:『
SPをごっそり持っていかれる感覚が、春重を襲う。
『万物支配』の対象になった者は、すぐさま命令待機中になり、春重の言うことを聞くようになる。しかし、桜子の様子には、別段変化のようなものは見られなかった。
「……あれ?」
「どうした?」
「いや、発動はしてるはずなんだが……」
「……特に変化はないな」
――――やはり『精神耐性』持ちには通用しないのだろうか?
春重がそう思った矢先、視界の端におかしなものが映った。それは、ステータスウィンドウに似た何かだった。ウィンドウの中には、一本のゲージと、パーセント表記がある。ゲージは徐々に増えており、それに伴ってパーセントの数字も増えていた。
「まさか……」
春重は、すぐにこのウィンドウの正体にたどり着いた。そして間もなく、ゲージがマックスになる。すると、桜子に異変が起きた。
「っ!」
突然体を震わせたかと思いきや、その場にしゃがみ込んでしまった。慌てて春重と真琴が覗き込む。彼女の目は虚ろで、体は脱力しきっている。『支配』が成功した証拠だ。
「とりあえず……成功した、のか?」
春重がそう言うと、突然桜子が目を見開いた。驚いた矢先、桜子は春重に向かって飛び掛かる。
「なっ――――」
「
「は、はぁ⁉」
急に抱き着いたかと思えば、桜子はその場に膝をつき、春重に向かって
「さあ、我が主。なんなりとご命令を」
「……ど、どうなってるんだ?」
桜子の急変っぷりに、二人は茫然とすることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。