第25話 勘違い

名前:

種族:エンペラースネーク

年齢:

状態:通常

LV:36

 

HP:972/972

SP:110/110


スキル:『噛みつき』『硬質化』『毒(LV4)』



 新宿ダンジョンには、いくつか鬼門・・と呼ばれる階層があった。その階層では、下の階層と比べて一気にモンスターのレベル帯が上がる。軌道に乗り始めた探索者が躓きやすいことから、それは『ジュクの洗礼』と言われていた。


『シャァアアア』


 敵を見定め、エンペラースネークが威嚇する。太刀を構えた桜子は、少しの動揺も見せず、たった一度だけ地を蹴った。


「……え?」


 驚きの声を漏らしたのは、春重だった。自分の目の前にいたはずの桜子が、気づけばエンペラースネークの隣に立っている。この場にいる者で、彼女の移動を認識できた者はいない。もちろん、そこにはエンペラースネークも含まれる。


「どうした? 間合いだぞ」


 桜子が声を発したことで、エンペラースネークはようやく自分の懐に彼女が入り込んでいることに気づいた。そして、すぐさま攻撃を仕掛ける。毒を持つ鋭い牙が、桜子に迫る。彼女はそれをいとも簡単にかわしてみせると、すれ違いざまに太刀を振った。


「……しまったな、もう少し派手に戦えばよかった。これでは見栄えが悪い」


 エンペラースネークの頭が地面に転がる。残った胴体も、どくどくと血を吹き出しながら、横たわるようにして頭の側に落ちた。まさに一瞬の出来事。春重たちが認識できたのは、桜子が地を蹴った瞬間だけだ。



名前:十文字桜子

種族:人間

年齢:24

状態:通常

LV:139

所属:NO NAME

 

HP:2499/2781

SP:2103/2913


スキル:『太刀(LVMAX)』『鑑定』『精神耐性』『緊急回避(LV8)』『索敵(LV6)』『反応速度向上』『直感』『空間跳術くうかんちょうじゅつ(LV7)』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『体術(LV6)』『毒耐性』『痛覚耐性』



 ――――やっぱり、とんでもないステータスだな。


『鑑定』スキル越しに、春重は息を呑んだ。穴熊のステータスを見たときも愕然としたが、桜子はその比じゃない。彼女よりも強い探索者がいるということが、とても信じられないほどだ。


「お気に召したか?」


「そ、そりゃもう……」


 春重は思わず拍手していた。


「あ、あの……!」


 その隣で呆然としていた真琴が、突然ハッとした様子で桜子に詰め寄る。


「なんだ?」


「ずっと気になってたんですけど……どうして、アブソリュートナイツを抜けたんですか?」


「ああ、その話か」


 あの最強パーティを抜けて、こんな無名のパーティに席を置きたがった理由。真琴と春重にとって、この話はなんとなく訊きづらいものだった。


「あのパーティには未来がない。抜けた理由はそれだけだ」


「未来がない……?」


「リーダーである神崎レオンのレベルは、ハリボテだった。大方、弱いモンスターを狩り続けてレベルを上げたのだろう。格下とばかり戦ってきたせいで、強敵と戦うときの心構えがない。故に、死力を尽くせば勝てるはずの相手にも、腰を抜かしてしまう」


 桜子が顔をしかめる。九十階層で行われた、アシュラオーガとの戦い。桜子にとって、あの戦いは決して勝てないものではなかった。ひとりでも善戦できたのだ。神崎レオンの力と、仲間たちのバフがあれば、アシュラオーガの首に刃が届いたはずなのだ。

 そうと分かっているのに、みすみす退却した悔しさを、桜子は一生忘れない。


「私は武芸者として、どこまでも強くなりたい。そのためには、九十階層を突破し、さらに上層のモンスターと戦いたいのだ。……お前たちとなら、それを果たせると思ってな」


「「……」」


「ふっ、年甲斐もなく語ってしまった。む、どうした?」


 春重と真琴は、冷や汗を流しながら顔を見合わせた。


「えっと……俺たち、上層を目指すつもりはないんだ」


「何⁉︎」


「生活費さえ稼げればよくて……」


 桜子が目を見開く。

 元々、春重たちは生活費を稼ぐためにここにいる。この階層で稼ぎ続ければ、安全に、そして安定した収入を得ることができる。これ以上の階層を目指す理由は、皆無と言っていい。


「……」


 この沈黙から分かる通り、桜子は彼らが名高い探索者が贔屓にしている『穴熊商店』の客であるが故に、成り上がりを目的としている探索者だと勘違いしていたのだ。ミステリアスな女を装うべく、何も言わずにパーティに参加したことが間違いだった。

 しかし、勘違いだったから今すぐパーティを抜けるというのは、義理人情を重んじる桜子の武士道に反する。


 ――――上を目指すつもりがないのであれば、その意思を変えてやるまで。


 桜子は、ポンコツな頭・・・・・・をフル回転させる。この二人は、自分と並ぶ探索者になる。根拠は『直感』による不確定なものだが、己の強さに絶対の自信を持つ桜子は、その感覚すら疑わない。

 

「……気にするな。私はお前たちが上層を目指さなくても一向に構わん」


「……」


 ――――そう言うわりには、ずいぶん不満げだな。


 目が泳ぎまくっている桜子を見て、春重は疑いの目を向ける。桜子は嘘をつけない。彼女なりに精一杯誤魔化しているつもりだが、春重たちにはバレバレだった。


「今は先に進むとしよう。いずれ新宿ダンジョンを攻略――――じゃなかった。共に歩むパーティメンバーとして、連携力を高めていこうではないか」


 そう言いながら、桜子はずんずんと進んでいこうとする。


「不安だ……」


「不安ですね……」


 春重と真琴は、揃って顔をしかめた。

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