第23話 予期せぬ出会い

「こ、この奥にあるんですか……⁉︎」


 真琴は、穴熊商店のある細い路地を覗き込みながら、驚きの表情を浮かべた。


「ああ。店主の穴熊さんの話では、この路地はユニークスキルとやらを持っていなければ認識すらできないらしい」


「へ、へぇ……」


 真琴が周囲を見回すと、道ゆく探索者たちは、確かにこの路地をスルーしている。そもそもこんな路地の奥に店があることを知らないだけの可能性もあるが、安価で強力な武器を仕立ててくれる店が、クチコミで広がらないのはおかしな話だ。最初から利用者が限られているのであれば、ネットなどに情報がないのも納得できる。


「……ていうか、そんな店に私がついていっていいんですか?」


 真琴はユニークスキルを所持していない。つまりこの店への入店条件を満たしていないことになる。


「大丈夫だ。完成した武器を取りに行ったときに、仲間がいるなら連れてきていいって言ってくれたから」


 人を見定める能力に長けている穴熊は、自身の利益になる人物、そして不利益になる人物を見誤らない。春重の仲間が誠実な人間であることも、彼女は会う前から見抜いている。


「そうだったんですね……」


「よし、じゃあ行こう」


「は、はい……!」


 どことなく緊張した様子の真琴を連れて、春重は路地を進んだ。

 看板が『OPEN』になっていることを確認して、二人は店の中に入る。


「む?」


「え?」


 開けて一番に目に飛び込んできたのは、特徴的な赤髪だった。

 彼女・・の容姿に、春重たちは見覚えがあった。


「十文字桜子……!」


「お前たちは確か……池袋ダンジョンの前で会ったな」


 春重は、彼女が自分たちのことを覚えていることに驚いた。


「おや、知り合いかい?」


 硬直した春重たちのもとに、店主である穴熊あゆむが現れた。彼女は桜子と春重の顔を見比べ、楽しそうにケラケラと笑った。


「あたしのお気に入り同士が知り合いとは、面白いこともあるもんだね。桜子、そこどきな。どうやら武器の依頼らしい。依頼人は、お嬢ちゃんかな?」


「は、はい!」


「へぇ……」


 穴熊が目を細める。まるですべてを見透かされているような瞳に、真琴は鳥肌がたった。カチンコチンに固まってしまった真琴を見て、穴熊は再びケラケラと笑う。


「ずいぶん初々しい反応だね。学生かい?」


「こ、高校生です……」


「そうかい。……こいつは複雑な事情がありそうだ。そうさねぇ……家族のために生活費稼ぎってところかい? 泣ける話じゃないか」


 まったく泣く素ぶりを見せないまま、穴熊はそう言ってのけた。


「どうして分かるんですか……?」


「あんたからは、野心を感じないからね。稼ぎたい、人生を豊かにしたい、成り上がりたい。探索者になるやつは、大抵そういう野心を抱えている。でも、あんたからはそれを感じない。大学の学費稼ぎと迷ったけど、将来のことを考えられるほど余裕があるようにも見えない。そんで残った選択肢が、生活費稼ぎだったってだけだよ」


 なんでもないことのように説明されて、真琴は呆気にとられた。隣で聞いていた春重も、同じ反応である。

 

「身なりが整っていることも考慮すると、あんたが稼がないといけなくなったのは、最近だろう。一家の稼ぎ頭が倒れでもしたかい? 亡くなったにしては、目の奥に悲しみがないね」


「相変わらず気色の悪い観察眼だな。占い師にでも転職したらどうだ? 荒稼ぎできるだろう」


「あんたは相変わらず生意気だねぇ。新しい武器を作ってやるのが誰だか忘れたのかい?」


 桜子の皮肉を受けて、穴熊は不貞腐れた表情を浮かべた。

 

「まあいいや。扱う武器は弓かい?」


「はい……ずっと習っていたので」


「いいね。あんたにぴったりな武器だと思うよ」


 穴熊は、真琴に向けて柔らかな笑顔を見せた。それは自分に対して少なからず恐怖を抱いたであろう真琴への、簡単なアフターケアであった。その甲斐もあってか、真琴はどこか安心したような表情を浮かべた。


「ただねぇ……あいにくたった今先約が入っちまったから、用意するのはちょいと時間をもらうことになっちまうけど、それでもいいか?」


 そう言いながら、穴熊は桜子のほうを見た。


「こいつの力に見合う武器を作るには、結構時間が必要でね。だいたい二週間は待ってもらうことになりそうかな」


「そうですか……」


 さて、どうしたものか。春重と真琴は顔を見合わせる。真琴の弓は、まだ壊れているわけではない。二週間ほどであれば、壊れずに使い続けられるかもしれない。しかし、間もなく壊れるかもしれない武器を使うのは、当然不安が残る。できれば今日中に新品の武器を買いたいところだが、半端な武器をその場しのぎのために買えるほど資金に余裕はあるとは言いづらい。


 ――――仕方ないよな。


 この状況で駄々をこねるのは、あまりにも筋が通らない。先約がいるなら、待つのが筋だ。当然、真琴もそれを理解しており、春重に向かってひとつ頷いた。


「……穴熊、彼女の武器を先に作ってやってくれ」


 しかし、二人が受け入れようと思った矢先、桜子がそんなことを言い出した。


「……いいのかい?」


「ああ、しばらくはそこらの刀で我慢するさ」


 そう言いながら、桜子は春重たちのほうへ振り返った。


「順番を譲る代わりに、ひとつ条件がある」


「……なんでしょうか」


「私を、二人のパーティに入れてくれ」


「……はい?」


 桜子が何を言っているのか、春重はすぐに理解することができなかった。固まった春重の代わりに、真琴が疑問を投げかける。


「ま、待ってください! 十文字さんはアブソリュートナイツのメンバーですよね? それがどうして……」


「呼び方は桜子でいい。アブソリュートナイツは、つい先日抜けた」


「「……え?」」


 春重と真琴は、同時に言葉を失った。


 

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