第22話 好意

 ギルドについた二人は、パンパンになった鞄を受付に預けた。今回は特に量が多いためか、査定にもかなり時間がかかっているようだった。


「お待たせしました……! 査定が完了しましたよ」


 春重たちが再び換金所の受付に向かうと、職員の女性がよっこいしょと言いながら、鞄をカウンターに置いた。


「合計で、二十二万になりました。かなり集めましたねー」


「二十二万!?」


 驚きの声を上げたのは、真琴だった。

 普通の学生だった彼女にとって、一万、二万でも十分な大金。当然、こんな金額なんて見たことがない。


 もちろん、春重も驚いていた。

 二人で割っても、日給十一万。始めた頃の不安はどこへやら。まさか始めてから1ヶ月も経たずにここまで稼げるようになるだなんて、夢にも思っていなかった


「こんなに早く稼げるようになる人は、なかなか見ませんよ。お二人とも、探索者適正があったんですかね」


「そうだとありがたいんですけど……」


 春重は照れたように後頭部を掻く。それがまるで受付の女性にデレデレしているように見えた真琴は、どこか面白くなさそうな顔をした。


「おーい! 手が空いてるやついるかー!」


 春重たちがカウンターを離れようとすると、男性職員が他の職員たちに声をかけて回っている姿が目に入った。彼だけでなく、何やら慌ただしく駆け回ってる者たちがいる。


「どうしたんでしょう……?」


「あー……お二人とも池袋ダンジョンにいたならお分かりだと思うんですけど、ついさっきクリア予定日を無視して、池袋ダンジョンが攻略されちゃたじゃないですか」


「間近で見ました。……でも、ギルド側がこんなに慌ただしくなるくらい不味いことだったんですか?」


「攻略パーティのサポートのために、色々準備してたんですよ。それが全部パーになったので、謝罪回りとか、損害を補填しないといけなくて……おっと、私ちょっと喋りすぎ?」


 受付の女性は口元を手で隠す。もはやその行為に意味はないのだが。


「……まー、我々が規約を定めず、探索者間の暗黙の了解みたいにしてたのが悪いんですけどね……明確なルール違反なら、十文字さんに責任を取っていただく形で丸く収まるんですけど……って、名前言っちゃった!」


 ――――この人が受付担当で大丈夫か?


 春重はこの女性の口の軽さが気になった。悪意がなさそうなところが、余計タチが悪い。


 少なくとも、十文字桜子の件は春重たちに関係のない話だ。二人は受付を離れ、ギルドをあとにした。


「山本さん、ちょっと寄りたいところがあるんですけど……」


 駅に向かおうとすると、真琴がそんな風に言いだした。


「え、俺と?」


 春重は、自分がいわゆるおっさんであることを理解している。若い女の子に、おっさんが嫌われていることも分かっている。故にプライベートまで一緒に過ごすというのは、避けるべき行いだと思っていた。

 焼肉に誘ったときは、冗談半分だったし、そのときはギルドから出ることができればなんでもよかったのだ。


「……ダメですか?」


「う、うーん……」


 不安そうな上目遣いを向けられ、春重はたじろぐ。世間の目を気にして、断ったほうがいいのではないかという思考が頭を過ぎる。しかし、彼女がこれで傷つくようなことがあるのなら、自分の評判などどうでもいい話であった。


「分かった、どこに寄りたいんだ?」


「っ! いいんですか⁉︎」


「他ならぬパーティメンバーの頼みだしね」


 葛藤などなかったかのように、春重は言ってのけた。


「ありがとうございます!」


 真琴は嬉しそうな笑顔を見せる。

 春重の葛藤とは裏腹に、真琴は彼と一緒にいる時間を大切に思っていた。やつら――――『黒狼の群れ』が全員自首したと聞いたときは、心の底から安堵した。春重は、自分を救ってくれただけでなく、人質にされそうになった家族まで守ってくれた。

 そんな彼に対して、真琴は好意を抱いていた。それは恋と言うにはまだまだ曖昧で、父親に向けるような親愛と言うには、そこまでの深みを持ち合わせていなかった。

 

「それで、どこに行きたいんだ?」


「探索者横丁です。新しい弓を買いたくて」


 真琴の弓は、いまだに初心者用だった。耐久力も威力もお粗末で、当然度重なる戦闘に耐えられる造りではない。現にもうボロボロで、いつ壊れてもおかしくない状態である。


「確かに、これは買い換えたほうがいいな」

 

 二人で稼いだ報酬があれば、性能のいい武器が買える。探索者として立てた最初の目標は、真琴の武器を新しくすること。ついにその目標が達成されようとしていた。 



 夕暮れの中、二人は探索者横丁へと向かった。探索者横丁は、春重が前に来たときよりも賑やかになっていた。そこら中で、今日の探索を終えた探索者たちが、稼いだ金で浴びるように酒を飲んでいる。そうして陽気になった者たちが、まだ日も暮れ切らないうちから騒いでいるのだ。


 うるさいところが苦手なのか、真琴は先ほどから顔をしかめていた。さっさと用を済ませたほうがいいと判断した春重は、騒音にかき消されないよう真琴の耳元で声をかける。


「武器を買うあてはあるのか?」


「ひゃっ⁉︎」


「え?」


 耳元で喋っただけなのに、真琴は大げさに仰け反った。


「ど、どうかしたか?」


「いえ……な、なんでもないです!」


 顔を赤くしながら首を横に振る真琴を見て、春重は疑問符を浮かべた。真琴も、どうして自分がここまで動揺してしまったのか理解していなかったが、少なくとも、春重に耳元で囁かれたことが原因であることは間違いなかった。


「えっと、武器のあてでしたっけ……? 実は特にないんですよね……一応色々調べてはみたんですけど、候補が多すぎて絞りきれないというか」


「分かるよ。俺も初めて来たときに同じ状況になった」


「そうだ、山本さんが武器を買った店ってどこなんですか?」


「あ、それならこっちだ」


 春重は、真琴を連れて穴熊商店へと向かうことにした。

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