第19話 アブソリュートナイツ

「山本さん……!」


 春重がカフェの近くまで来ると、真琴が向こうから駆けてきた。第一声はどうするべきか。色々迷った挙句、春重は控えめに片手を上げることしかできなかった。


「無事ですか⁉︎ 怪我は……」


「ああ、大丈夫。無傷だよ」


「よかった……山本さんに何かあったらと思ったら、全然落ち着かなくて……」


 ホッと胸を撫で下ろした真琴を見て、春重は頬を掻いた。これまでの人生、ここまで人に心配されたことがあっただろうか? 実の親ですら、ここまで心配してくれたことはなかった気がする。出会ってまだ数日の関係だが、真琴の情を強く感じ、春重は自分がそれを嬉しく思っていることに気づいた。


「……俺は大丈夫。黒桐たちは、明日には自首すると思うよ」


「あの人たちが自首……⁉︎」


「色々あってさ。……何はともあれ、これで阿須崎さんの家族は安全だ」


 真琴に対し、春重は詳細を伏せることにした。己を守るためとはいえ、人間を支配し、無理やり言うことを聞かせるような行為が、まともだなんてとても思えないからだ。


「本当に……本当にありがとうございます、山本さん」


「パーティは持ちつ持たれつだ。次の探索から、また一緒に頑張ろう」


「はい……っ!」

 

 目尻に涙をにじませながらも、真琴はとびっきりの笑顔を浮かべて、大きく頷いた。



 その日、新宿ダンジョン前では不思議な事件が起きた。


 探索者パーティ『黒狼の群れ』のメンバーが、ダンジョンの入り口に向かって土下座し続けるという奇行に走ったのだ。連絡を受けてギルドの職員が駆けつけたが、彼らはまったく退散しようとせず、日の出の時間が来るまでテコでも動かなかった。


 その後、彼らはメンバー揃って警察に行き、様々な罪を自白した。

 もっとも大きな罪は、ダンジョン内での殺人。彼らの犯行によって命を落とした被害者は、計十三名。脅迫などの被害者も含めると、三十名を越える。


 彼らのスマホから暴行の様子と思われる動画データが見つかり、証拠も確保。本人たちが罪を認めていたため、裁判もスムーズに進行した。結果として、リーダーである黒桐健司は死刑。その他メンバーは、終身刑となった。


 しかし、刑が確定してから、彼らの態度が一変。オレたちはやっていない、操られていただけだと主張するが、そんな言葉が聞き入れられるはずもなく、彼らへの刑は変わらなかった。


 そのあまりの急変ぶりに、洗脳されていたのではないかと疑問を抱いた者もいたが、真実にたどり着いた者は、誰ひとりとして現れなかった。


◇◆◇


 新宿ダンジョン、第九十階層――――。

 未踏の地にたどり着いた彼ら『アブソリュートナイツ』は、壊滅の危機を迎えていた。


「はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸を繰り返しながら、リーダーである神崎レオンは顔を上げる。

 視線の先にいるのは、三つの顔と六本の腕を持つ、まるで阿修羅のようなモンスター。フロアボスと呼ばれる、次の階層への道を阻む番人である。



名前:

種族:アシュラオーガ

年齢:

状態:通常

LV:166

 

HP:4622/5810

SP:3201/3572


スキル:『六刀流(LVMAX)』『気配探知(LVMAX)』『硬質化(LVMAX)』『加速(LV7)』『火吹き(LV5)』『精神耐性』『魔術無効』『震脚』



 八十階層にいたフロアボスがLV110だったことを考えると、このレベルの上がり幅は異常と言えた。

 レオンのレベルは148。日本国内で、彼よりレベルが高い探索者はいない。故に自身の強さには並々ならぬ自信があったし、物資さえ潤沢なら、前回断念した新宿ダンジョンの攻略だって、あっさりこなしてしまえると思っていた。


「レオン! このままじゃ手が足りない! 前に出ろ!」


 アシュラオーガの剣を捌きながら、十文字桜子が叫ぶ。

 しかし、レオンは尻餅をついたまま動かない。それどころか、徐々に後ずさりを始めていた。

 恐怖に歪んだレオンの顔を見て、桜子は舌打ちする。


 ――――このままじゃジリ貧。


 桜子は太刀で剣を受け流し、アシュラオーガから距離を取る。身長五メートルを越えるアシュラオーガは、その巨体に見合った分厚く長い剣を持っている。

 現状、それを無傷で捌けるのは、桜子だけ。しかし、いくら彼女が無傷でも、唯一の武器はそうもいかない。アシュラオーガの重たい一撃を受け流すたびに、刀身には着実にダメージが蓄積していく。


「桜子! 撤退しましょう! 今の私たちにこのモンスターは倒せません!」


「そうだな……!」


 回復スキルを持つパーティメンバーの提案を聞き入れた桜子は、いまだ尻餅をついたままのレオンを見る。


「レオン! 撤退だ!」


「だ、だめだ……僕らは最強のパーティ……撤退したら評判が下がって――――」


「っ! そんなこと言ってる場合か……!」


 すぐさま別の仲間がレオンを回収し、元来た道を引き返していく。


 ――――まさか、こんなに情けない男がリーダーだと思わなかった。


 桜子は心の中でそう呟く。日本最強のパーティというから参加を希望したのに、神崎レオンはレベルが高いだけのハリボテ男。他の仲間はそんな彼を立てるためだけに集められた、中途半端な有象無象だった。それでも、引き際を理解しているだけ、レオンの百倍はマシである。


「しんがりは私がやる! お前たちは振り返らず逃げろ!」


「分かりました……!」


 仲間たちを逃しながら、桜子は刃こぼれの激しい太刀を構える。



名前:十文字桜子

種族:人間

年齢:24

状態:通常

LV:139

所属:アブソリュートナイツ

 

HP:2499/2781

SP:2103/2913


スキル:『太刀(LVMAX)』『鑑定』『精神耐性』『緊急回避(LV8)』『索敵(LV6)』『反応速度向上』『直感』『空間跳術くうかんちょうじゅつ(LV7)』『腕力強化』『脚力強化』『属性耐性』『体術(LV6)』『毒耐性』『痛覚耐性』



 

「……ギリギリだな」


 桜子は太刀を振りかぶり、襲い来るアシュラオーガを真っ直ぐ見据える。


「『桜雪乱舞おうせつらんぶ』!」


 桜子の体が、宙を舞う。

 滑らかに、そして正確に振られた太刀が、アシュラオーガの無数の剣の軌道を逸らしていく。やがてすべてを捌ききると同時に、鋭い切っ先がアシュラオーガの首を捉えた。


 しかし、桜子の太刀は、そこで限界を迎えた。


 刃こぼれした部分から、刀身が見事にへし折れる。

 太刀だったものが宙を舞うのを見て、桜子は顔をしかめた。


 アシュラオーガが再び剣を構える。

 その前に、桜子は『空間跳術』によって素早く離脱を図った。


「この借りは、いずれ必ず返す」


 そう告げて、桜子はフロアボスの領域の外へ出た。

 

 翌日、日本が誇る最強パーティ『アブソリュートナイツ』の、二度目の敗走が報じられた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る