第20話 池袋ダンジョン

 ――――アブソリュートナイツ、九十階層にて敗走……か。


 電車に揺られながら、春重はスマホでネットニュースを眺めていた。ニュースの内容は、国内最強パーテであるアブソリュートナイツが、九十階層のフロアボス『アシュラオーガ』に敗北したというもの。

 レベル140を越える神崎レオンですら退却を余儀なくされるとは。一体そのモンスターがどれほどの強さを持つのか、今の春重には想像すらできない。


「ねぇ、あの人……」


「あ、ボディビルダーの人!」


 同じ車両に乗っている二人の若い女性が、春重のほうを見てヒソヒソと話している。またか、と春重は思った。前にも彼女たちには会ったことがある。そのときに、春重はボディビルダーと間違えられてしまったのだ。


「……あんなに細かったっけ?」


 前回の春重は、服の中に無理やりスライム三兄弟を詰め込んでいたが、今はかさばらない隠し方を思いついたおかげで、わずかな膨らみすらなくなっていた。パッと見た限りでは、ジャージ姿のくたびれたおっさんでしかない。


「多分あれだよ、着痩せするタイプなんだよ」


「あー、なるほどね」


 何がなるほどなんだ――――。


 目的地に着くまでの間、春重は女性たちのやたらと気になる会話に耳を傾けていた。

 向かう先は『Nニュー池袋』。そこには、新宿ダンジョンに匹敵する大型ダンジョン、池袋ダンジョンがある。

 


「あ、山本さん!」


 目的地である池袋駅につくと、先についていた真琴が駆け寄ってきた。

 

「すまん、ちょっと遅れたか」


「いえ、私が早く着きすぎただけなので!」


 そう言いながら、真琴は屈託のない笑みを浮かべた。

 黒狼の群れとの一件以来、真琴は春重に対して全面の信頼を置いていた。それに応じて、春重は彼女との距離が妙に近くなったような感覚を覚えていたのだが、今はそれを気のせいということにしている。


「……ここが池袋ダンジョンか」


 春重は、N池袋駅の側にある『池袋ダンジョン』を見上げる。

 そこにあったのは、煌びやかな装飾が施された巨大な城だった。まるでおとぎ話に出てくる建物だ。

 これまで潜った二つのダンジョンと違い、池袋ダンジョンは上に伸びている。階層は全四十層。ここ最近で、長年難航していた攻略は一気に進み、ついにダンジョンボス目前までたどり着いたパーティが現れたことで、探索納め・・・・のために訪れる探索者が増加していた。ダンジョンは攻略されると、元の建造物に戻る。故に攻略目前になると、探索者はこぞってそのダンジョンに挑むのだ。


 春重たちも、他の探索者と同じく探索納めが目的である。下層であれば適正レベルも30ほどで、今の春重たちなら十分安全に狩りができる。


「よし、行こうか」


「はい!」


 準備を整え、二人は池袋ダンジョンへと入る。



「すら一郎!」


 春重のジャージの袖から、すら一郎が紐状になって飛び出す。

 そして離れたところにいた鎧の姿をしたモンスターに絡みつき、その体を一気に春重のもとに引き寄せた。

 モンスターの名は『ホワイトメイル』。中身のない自立する鎧という、なんとも奇怪な生物である。もはや生物と呼ぶことにも違和感を覚えるが、他に適した名称もなく、研究者たちも渋々生物と呼んでいた。


 そんなホワイトメイルに、春重は剣を叩き込む。

 澄んだ音と共に、硬質な鎧はスパンと両断された。


「ふう、それなりに様になってきたんじゃないか?」


 粒子になったホワイトメイルを見て、春重は背中に剣を納める。

 これが新たに春重が思いついた戦法、スライム三兄弟活用術。成長と共に『変形』というスキルを覚えたすら一郎たちは、これまで以上に己の体を自由自在に変化させることができるようになっていた。

 スライムが体を伸ばせば、ただのロープと違い、勝手に追尾して敵の体を縛り上げることができる。それを上手く活用し、敵を引き寄せたり、体勢を崩させるのが、このスライム三兄弟活用術である。


「移動手段にもなるし、ますます頼もしい存在になったな」


「目の保養にもなりますし、私としてもすごくありがたいです」


 春重の服から抜け出したスライムたちが、真琴のもとに集まる。そして彼女が頭を撫でると、スライムたちは嬉しそうに周りを跳び回った。

 スライムたちに表情はない。しかし、主従関係にある春重は、スライムたちに感情が芽生えていることに気づいていた。レベルアップによる成長を通じたものなのか、それとも【万物支配ワールドテイム】の力の一端なのか、いまだ断定には至っていない。


「お、新手か」


 春重の『索敵』スキルが反応する。進行方向から、二体のホワイトメイルが駆けてくるのが見えた。



名前:

種族:ホワイトメイル

年齢:

状態:通常

LV:27

 

HP:711/711

SP:0/0


スキル:『片手剣(LV3)』『硬質化』



 これがホワイトメイルのステータス。レベル15のサイクロプスとは一線を画す力を持つが、今の春重たちの敵ではない。


「私に任せてください」


 真琴は弓を構えると『魂力矢ソウルアロー』で生成した矢を番えた。


「『アローシャワー』!」


 放たれた青白い矢は、ホワイトメイルの頭上で止まると、無数の矢となって降り注いだ。矢はホワイトメイルの硬質化した体を貫き、砕き割っていく。そうして呆気なく、ホワイトメイルは粒子となって消えた。



名前:阿須崎真琴

種族:人間

年齢:18

状態:通常

LV:40

所属:NO NAME

 

HP:953/953

SP:1021/1030


スキル:『弓術(LV9)』『緊急回避(LV4)』『危険感知(LV5)』『索敵(LV6)』『集中』『装填速度上昇』『魂力矢ソウルアロー(LV5)』『攻撃力上昇・遠距離』

 


 これが真琴のステータス。レベルもさることながら、スキルの伸びが著しい。特に『弓術』のスキルはカンスト寸前。このレベル帯でカンストスキルを持っている者は、ほとんどいない。


 探索者としてはまだまだ無名。しかし、二人が注目され始めるのは、時間の問題であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る