第12話 二人の初陣

「あれ、武器変えたんですか?」


 新宿ダンジョン前で春重と合流した真琴は、彼の背中に差している両手剣を見て、そう問いかけた。 

 春重は、照れ臭そうにその剣の柄に触れる。黒を基調とした無骨な印象を受けるその剣は、先ほど受け取ったばかりの新品だ。


「いつまでも初心者武器じゃダメだって思ってね、サラリーマン時代の貯金を崩して買っちゃったんだ」


「おお……! かっこいいですね」


 春重もそう思う。

 穴熊は、春重に対してこれでもかとサービスしてくれた。まずこの両手剣なのだが、



名前:ブラックルーラー

種別:両手剣(★★★★★★)

状態:通常


HP:60000/60000


スキル:『自動修復オートリペア』『両手剣補正+2』



 池袋ダンジョンの下層にいる『黒竜』の牙を使用した、最高級の一品。種別の項目にある『★』は、この剣のランクを表している。

 ランク6は、現状人間の手で作ることのできる最高ランク。これ以上のランクの武器は、新宿ダンジョンの下層で見つかる『未解明兵器アンノウンパーツ』しかない。

 少なくとも、レベル20にも満たないルーキーの武器としては、オーバースペックであることは間違いなかった。


 胸当てもレギンスも、先日までつけていた装備と比べて大幅に強化されている。これに関しては、サポーターになってくれた穴熊のサービス品である。


「武器屋の店主から話を聞いたんだけど、装備は探索者の命だから、金の出し惜しみはしないほうがいいって。だからまずは、阿須崎さんの装備を強くすることを目標にしないか?」


「そんな……むしろいいんですか?」


「阿須崎さんの装備が整えば、その分俺も助かるからさ」


 装備が強くなれば、当然モンスターを狩る効率が上がる。金を出し惜しみして弱い武器を使い続けるほど、非効率的なことはない。


「それじゃ、そろそろ行こうか」


「はい」


 気合いを入れて、二人は新宿ダンジョンの入り口へ向かう。

 春重にとっては、初めてのパーティ攻略。自分の命だけではなく、仲間の命も背負うというのは、かなり大きなプレッシャーになる。しかも、真琴は自分と大きく歳の離れた少女だ。探索者としては向こうが先輩だが、歳上としての意地はしっかり見せなければならない。


「……あれ?」


 入り口はもう目の前といったところで、真琴が足を止める。


「どうしたんだ?」


「や、山本さん、ちょっと脇に避けましょう」


 春重のジャージの裾を引っ張り、真琴はダンジョンの入り口から離れる。何事かと困惑していると、春重の視界にひときわ存在感を放つ者たちが映った。


「あの人たち……『アヴソリュートナイツ』です」


「あぶそりゅーとないつ?」


「平均レベル100越えの、国内最強の探索者パーティですよ」


 圧倒的な迫力を持つ武器防具を携えた、若き男女の集団。彼らが歩を進めるたびに、近くにいた探索者たちは慄きながら道を開ける。

 

 先頭を行くのは、パーティリーダーである『神崎かんざきレオン』。

 ハーフが故の美しい天然の金髪に、鋭い眼光。身を包む銀色の鎧はギラギラと輝き、腰の剣と背中の盾は、その殺傷能力がオーラとして立ち上っているように見えた。


「確か神崎さんのレベルは、140を越えてるって聞いたことがあります」


「とんでもないな……」


 一体どれだけ戦えば、そのレベルに到達するのだろう。

 今の春重には、想像することすらできない。


「神崎さんの次に有名なのは、その後ろにいる『十文字桜子じゅうもんじさくらこ』さんですね」


 春重の視線が、二本の刀を腰に携えた、赤い髪の女性に向く。

 しゃんと伸びた背筋は品の高さを思わせ、足音一つ立たない歩みは、彼女が武芸者であり、達人であることを表していた。


「ネットの噂ですけど、あの人もレベル130は越えてるとか……」


「最前線パーティってやつか……バケモノ揃いだな」


「この人数で潜るってことは……きっと、百層到達を目指すんでしょうね」


 新宿ダンジョンは、現在八十階層まで攻略されている。それ以上の階層は、まだ誰も踏み込んだことすらない。彼らが醸し出す張り詰めた空気は、必ず未踏の地を制覇するという決意の表れだった。


「俺たちには遠い話だな……」


「そうですね……」


 そもそも、ここにいる二人は彼らほどの探索者を目指すつもりがない。

 特に春重は、彼らのように危険を冒してまで未知を追い求めるつもりは一切なかった。人間、何事にも限界というものがある。


 無理せず、堅実に。


 前回潜ったときと同じように、何度も何度も自分にそう言い聞かせる。

 いつしかこれは、春重のルーティンとなった。



 アヴソリュートナイツがダンジョンに潜ったあと、春重たちもそれを追った。間もなく十階層を突破し、彼らは初の十一階層に足をつける。

 とはいえ、十一階層も特に景色は変わらない。鍾乳洞のようなごつごつとした壁、所々に埋まった魔光石。道の分岐もまだまだ少なく、特に迷うことなく進むことができるだろう。


「じゃあ、俺が前、阿須崎さんが後ろで」


「はい、お願いします」


 真琴は背中にあった弓を取り、矢をつがえた。

 フォーメーションは、前方にすら一郎とすら二郎。そして春重、真琴と続き、最後に後方からの奇襲を防ぐべく、すら三郎がしんがりを務める。


「よし、行こう」


 リーダーである春重の号令と共に、二人と三匹は、十一階層の攻略を開始した。


 

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