第11話 お気に入り
穴熊は、春重を店の奥へと連れ込んだ。
薄暗い廊下を抜け、さらに先へ。
――――なんだ、この熱気。
春重は、まるで全身を炙ってくるような熱に顔をしかめた。廊下を抜け、大きな部屋にたどり着いたとき、まず目に飛び込んできたのは、轟々と燃え盛る巨大な炉だった。
「ようこそ、あたしの鍛冶場へ」
煙草をふかし、穴熊は得意げに手を広げる。
よく見れば、金属の棒が何本も壁に立てかけられたり、鉄板が何枚も床に転がっている。それらはすべて、武器や盾を作るための素材であった。
「この店では、あなたが作った武器を買えるってことですか……?」
「ま、そういうわけさ」
失礼とは分かりつつ、春重はつい穴熊の細腕を見てしまう。
専門的な知識などひとつも持たない春重でも、鍛冶屋が力仕事であることくらいは知っている。とてもじゃないが、目の前の女性にそれだけの力があるとは思えない。
「あたしなんかに、ハンマーが振れんのかって顔してるね」
「な、なんかだなんて……」
「疑う気持ちがあるなら、証拠を見せようか? ま、それよりあんたに『鑑定』してもらったほうが早いかもしれないね」
挑発するように、穴熊は指をクイクイっと曲げてみせる。
どうやら、春重のステータスはすでに筒抜けであるようだ。
「では、お言葉に甘えて……『鑑定』」
名前:穴熊あゆむ
種族:人間
年齢:31
状態:通常
LV:108
HP:1982/1982
SP:2699/2699
スキル:『鍛治(LV MAX)』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV8)』『短剣(LV7)』『片手剣(LV9)』『両手剣(LV8)』『大剣(LV6)』『斧(LV6)』『槍(LV7)』『弓術(LV5)』『銃撃(LV5)』『シールド(LV7)』『杖術(LV4)』『体術(LV5)』『緊急回避(LV7)』『毒耐性』『空腹耐性』『痛覚耐性』
――――つんよ。
目玉が飛び出しそうになった。
なんだ、レベル108って。今の春重では、逆立ちしても勝てそうにない。たとえ『
「ほら、説得力あるステータスだろ? なんならもう少し情報をあげようか。スリーサイズなんてどうだい? まず上から九十……」
「あー! 大丈夫です! 十分ですから!」
「ははは、年上だってのに、ずいぶん可愛い反応するじゃないか」
七歳も年下の女性にからかわれている。その事実が、春重の羞恥心を煽っていた。もはや「逃げ出したろうかな」とまで思っていた。
「ふぅ、ま、からかいすぎて逃げられても困るし、仕事の話はビシッとしようか」
座りなよと言って、穴熊は近くにあったパイプ椅子を春重に差し出す。
これだけ言いたい放題言って、引き際まで完璧とは。お互い『鑑定』スキル持ちとはいえ、春重は穴熊に対し、感心することしかできなかった。
「うちはどんな武器もすべてオーダーメイドで用意してる。客から要望と予算、好みの素材なんかを聞いて、いちから作るわけだ。ま、その分時間はもらうけどね」
「時間っていうと、だいたいどれくらいですか?」
「んー、平均二日ってところだね。今日頼んでくれたら、土曜日の朝にはできてるよ」
土曜日は真琴と共にダンジョンに潜る日だが、武器を受け取るくらいの時間はある。せっかくパーティでの初陣なのだ。いい武器を携えて挑みたいところ。
「最初に言っておくけど、うちは特別な客と、その紹介じゃないと武器を売らない店なんだ」
「え?」
「まあ、売らないっていうか……そもそも店自体が、特別な探索者にしか認識できないようになってるんだけどね」
突然なんの話かと首を傾げた春重だったが、あれだけいた探索者たちが、誰もあの細い道を気にかけていなかったことを思い出した。単に奥に何があるか知らないだけかと思っていたが、それなら春重のように、興味本位で入ってくる者だっているはず。
それを踏まえて、普通の探索者には認識できないというのなら納得だが、その認識できる条件とやらが気になった。
「うちの店に入れる条件は、
穴熊は、細めた目で春重を見つめた。
心当たりがあるとしたら、やはり『
「ユニークスキルがないやつでも、実力で『認識阻害』を突破してくるやつはたまーにいるけどね……ま、それは置いといて。まず予算を聞こうか。ルーキーに好みの素材なんて聞いても無駄だからね」
そりゃそうだと納得しながら、春重は現在の貯金で払える限界の額を伝えた。できるだけ安く済ませたいなどと考えていた春重だが、穴熊のステータスを見て、その考えは変化していた。春重の『直感』が、ここは出し惜しみするなと言っている。
「結構持ってるね、ルーキーにしては」
「ははは……サラリーマン時代の貯金です。使う機会がまったくなかったもので」
「ちなみに、探索者になったのはいつからだい?」
「二日前、ですね」
「……二日前?」
穴熊は首を傾げる。
数多の将来有望な探索者と出会ってきた彼女だが、たった二日でレベル19を記録する者など初めて見た。ユニークスキルのおかげだろうか。しかし、穴熊の『鑑定』では、彼のステータスがこう見えている。
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:19
所属:NO NAME
HP:384/384
SP:549/549
スキル:『荳?黄謾ッ驟』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LV4)』『索敵(LV3)』『闘志』『直感』
気になる点はいくつかあった。
まず文字化けしたスキル。十年以上探索者として活動した穴熊でも、こんな現象は見たことがない。
それと、スキルの習得速度も異常だ。
春重が店を訪れた際、すでに穴熊は『鑑定』を行なっている。そのときは『直感』なんてスキルは存在しなかった。つまり、この短時間でスキルを習得したということ。
スキルを習得するために必要なことは、きっかけと経験。
まずきっかけによって、スキル習得の準備が整う。そして同じ経験……たとえば『片手剣』ならば、何度も敵と対峙し、剣を振ることでようやく習得できる。
こんなに早く習得するなんて、とても考えられないのだ。
穴熊あゆむは、面白いものが好きだ。
探索者になったのも、未知への挑戦に興味が湧いたから。
探索者を引退したのは、未知への興味と命の危険が釣り合わなくなったから。
鍛冶屋になったのは、自身のスキルを活かして、未知への挑戦という夢を他者に委ねたいと思ったから。
つまり穴熊は、未知なるものを愛しているのだ。
この男――――山本春重は、これまで出会ったことのない、未知の中の未知。彼女が強く興味を惹かれるのは、もはや必然だった。
「あんた、相当面白いね」
「え?」
「個人的な趣味で、あんたに投資させてもらうよ。武器のことは、あたしに全部任せな。絶対に後悔だけはさせないから」
そう言いながら恍惚な表情を浮かべた穴熊を見て、春重はちょっとだけ引いた。
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