第10話 探索者横丁

 新宿ダンジョンの初探索を終えた、その翌日のこと。春重は電車に揺られ、『N上野駅』に向かっていた。

 N上野駅には、探索者が集う商店街、『探索者横丁』がある。

 もともとは買い物や食べ歩きの聖地とされていた商店街だったが、現在では探索者用の武器や防具、アイテムの店が立ち並ぶ、まったくの別物と化していた。


 ここにきた目的は、当然買い物である。

 初心者武器は丈夫で質のいいものではあるが、如何せん攻撃力が足りない。できればちゃんとした武器を買ったほうがいいという話は、真琴からのアドバイスであった。


「前衛の役割を果たせるよう、ちゃんと考えて武器を買わなければ」


 昨日はあのまま解散した二人は、再び新宿ダンジョンに挑むべく、探索の日を取り決めていた。真琴は学校があるため、本格的な探索は、次の土曜日ということになった。

 それまでに、春重は装備を整えなければならない。

 気合いを入れて、春重は商店街へと足を踏み入れる。


「おお……ここが探索者横丁か」


 商店街は、大勢の探索者で賑わっていた。

 欲しい武器のために、値切りに挑む者。新しい回復アイテムの試飲会を行なっている店。いくつか残った飲食店で、酒を飲みながら武勇伝を語るガラの悪い者たち。

 この商店街もまた、現実から大きく乖離した世界であることは間違いなかった。


「……安い店はないかな」


 人混みをかき分けながら、春重は商店街の奥へ奥へと進んでいく。

 途中、道脇に寄って立ち止まり、度々スマホでオススメの店を調べる。特別コミュニケーション能力が高くない春重に、人と仲良くなって情報を分けてもらうという選択肢はない。彼自身はそれを明確なコンプレックスだと感じており、その欠点故にブラック企業から離れられなかったのだと、悔いてすらいた。

 

 しかし、できないものはできない。

 ならば大衆の意見を参考にしよう。春重は『探索者横丁オススメ武器屋ランキング』というサイトを頼りに、名前が載っている店から回ってみることにした。


 ――――本当に混んでるな。


 気温は落ち着いているが、こうも人が集まれば熱気も集まる。

 じんわりと浮かんだ汗を、サラリーマン時代から使っているハンカチで拭い、店を目指して歩く。

 やがて店にたどり着くことは叶ったのだが……。


「そりゃ、オススメの店だもんな」


 春重は、ため息混じりにそうぼやく。

 ようやくたどり着いた店は、たくさんの探索者によって行列ができていた。店の中に入るためにも、まずこの行列に並ばないといけない。時間はあるし、それはそれで構わないのだが、辛いものは辛い。


 意を決して並ぼうとした、そのとき。

 春重の視界に、妙な空間が飛び込んできた。


「ん……」


 誰もが無視する、商店街の一角。店と店の間にある細い道の奥に、光が見えた。


 あれはなんなのか。そんな疑問が浮かんだときには、春重はその道に足を踏み入れていた。

 そこはゴミの散らばった、生臭さと湿気に満たされた細い道だった。

 顔をしかめながらなんとかその道を抜けると、年季を感じるボロい木の扉が見えてきた。


「穴熊商店……?」


 春重は、扉の上に書かれた文字を読み上げる。

 ここも探索者横丁にある店の一つだと認識した春重は、恐る恐るドアノブを捻った。


「――――久しいね、うちの店に新人が来たのは」


 カウンターに座っていたそばかすの女性は、咥えていた煙草を消して、春重を真っ直ぐ見据えた。


「ようこそ、穴熊商店へ。さあ、お探しの得物を訊こうか」

 

 すべてを見透かしたような物言いに、春重は面食らってしまった。

 彼がぽかんとしていることに気づいた彼女は、豊かな胸を揺らしながら立ち上がる。それは、明らかに下着をつけていない挙動だった。

 女性経験のない春重は、年甲斐もなく照れ臭くなり、視線を逸らしてしまう。


「おやおや、とんだ照れ屋さんだね。まあいいや、ちょっと失礼するよ。武器の選び方から教えないといけない素人さんみたいだからね」


「え、ちょっ……!」


 女性は春重の手を強引に取り、指を絡めるようにして、満遍なく触っていく。女性の手は、見た目は細く綺麗であったが、触れてみるとやけにタコだらけで、ずっしりとした分厚い印象を覚えた。

 触れたことなどないが、職人の手とはこういうものなのだろうと、春重は漠然と思った。


「ふんふん……なかなか大きいね」


「へ?」


「手だよ。これじゃ小物の取り回しは難しいだろ」


 小物という言葉で、彼女が武器について話していることに気づいた春重は、己のナイフのことを思い返した。

 短いナイフは、柄も小さく、春重の手とは少々合わない部分があった。ナイフスキルのおかげで違和感も減ってきたが、それでもやはり自分に合った武器とは言いづらい。


「私の見立てじゃ、あんたに合う武器は両手剣だね」


「あの……あなたは?」


「ん? ああ、名乗ってなかったね。あたしは穴熊あなぐまあゆむ。この店の店主で、ついでに鍛治師もやってる。どうぞご贔屓に」


「や、山本春重です。先日探索者になった新参者ですが……」


「そんなもん、一眼見りゃ分かるよ。珍しいね、あんたみたいな男が探索者なんて。真面目にサラリーマンでもやってそうな雰囲気なのに」


「ははは……色々ありまして」


「大方、会社をクビにでもなったんだろう。世知辛い世の中だねぇ」


 そう言いながら、穴熊は煙草に火をつけた。

 詳しく説明するのも変かと思い、春重は苦笑いを浮かべてお茶を濁した。


 それにしてもこの女性、とてつもない観察眼を持っている。

 クビになったわけではないが、仕事がなくなったから探索者になったという点も、きっちり見抜かれていた。


 ――――もはやすべてを見抜かれているのでは?


 そんな妄想が展開され、春重の背筋に寒気が走る。


「取って食ったりはしないから、安心しなさいな。さて、そろそろビジネスの話をしようか」


 穴熊が煙草をふかす。

 そして、まるで誘惑しているかのような視線を春重へと向けた。


「奥に来な。あんたに合った、特別な武器を見繕ってやろう」

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