第9話 パーティ申請

「パーティを組むって……」


 一度ダンジョンを出た二人は、安全な場所で話を続けた。

 春重は、まだパーティというものが何を指すのか知らない。

 いや、探索者同士が協力してダンジョンを攻略するというのは分かるが、手続きが必要なのか、それとも口約束なのか。そういう点が分からないのだ。


「えっと……俺が受け入れれば、今この場で組めるものなのか?」


「はい。申請すれば、どこでもパーティになれます」


 パーティを組むためには『パーティ申請』という言葉のあとに、相手の名前を告げる必要がある。しかし、手順はそれだけだ。申請はすぐにギルドに届き、受理される。

 パーティになる恩恵は、経験値が分配されること。


「分配……? それだと一人の経験値は減るってことだよな」


「確かに減るんですけど、一人当たりの経験値に倍率がかかるんです」


「倍率?」


 たとえば、スライムを倒して2の経験値を得たとする。

 二人で分けて、ひとり1点。しかし、ここに1.5倍の倍率がかかる。

 つまり、ひとり1.5点。確かに得られる経験値は下がるが、多人数での探索は安全度が桁違い。故に高レベルのダンジョンに挑む者ほど、パーティを組む。


「分配された数値に1.5倍か……そのほうが得に感じるな」


「あとは、ギルドに書類を提出すればパーティ名を決められたりしますね」


 ――――それはどうでもいいなぁ。


 否定的な意見が出そうになるが、春重はなんとかそれを堪える。

 世の中には、そこに魅力を覚える人がいる。おっさんになった自分にその感覚は分からないが、なんでもかんでも否定し始めたら、それこそ世の中に置いていかれる気がした。何事も、認めることが大切なのだ。


 パーティを組むという話は、春重にとって悪い話ではなかった。

 ステータスを見た限り、真琴は弓を扱う遠距離タイプ。スライムたちは別として、近接タイプの春重にはありがたい人材だ。

 何より、できる限り安全に、そして安定して稼ぐことを目標としている春重は、パーティというものに強く惹かれ始めていた。


「……分かった、俺でよければパーティを組むよ」


「っ! ありがとうございます!」

 

 パッと明るい笑顔を見せた真琴は、春重に向けて勢いよく頭を下げた。

 真琴にとって、彼はパーティメンバーとして適任だった。


 パーティを組むときのコツは、実力差が少ない者を探すことだ。

 レベルに大きな差があれば、低いほうに攻略速度を合わせる必要が出てくる。よほどの事情がない限り、そういった差によるストレスは、パーティ崩壊の楔となる。

 しかし、新人が減ってきている今日のこの頃、新人同士がパーティを組めるタイミングも、少なくなりつつあった。

 真琴は、前衛がいることでますます輝きを強めるタイプ。なんとしてもパーティメンバーが欲しいという状況で、まさか伊達という特大の地雷を踏んでしまうとは、ずいぶん不幸な星のもとに生まれたものだ。


「パーティ申請『阿須崎真琴』」


 春重がそう告げると、胸から小さな光の線が飛び出し、真琴と結びついた。


「これで終わりなのか」


「はい。これで同じダンジョン内にいる限り、私たちは経験値を共有できます」


「へぇ……」


 何かが変わった様子はない。しかし、ステータスを開いてみると、決定的な違いが現れていた。



名前:山本春重

種族:人間

年齢:38

状態:通常

LV:19

所属:NO NAME

 

HP:384/384

SP:395/549


スキル:『万物支配ワールドテイム』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LV4)』『索敵(LV3)』『闘志』



「所属が追加されてる」


「それがパーティを組んでいる証みたいですよ」


 なるほど、こうなってくると、パーティに名前がないというのは少々味気ない。ステータスを開く機会は多いし、即席で組んだパーティでもない限り、この欄に『NO NAME』と表示され続けるのは、モチベーションが下がる。


「……あの、一つ聞きたかったんですけど」


「ん?」


「さっき、伊達さんが急に帰ったのって、なんだったんですか?」


「ああ、あれは俺のスキルの力らしい」


「らしいって……」


「実は昨日探索者になったばかりで、まだ分からないことだらけなんだ」


 申し訳なさそうに、春重は頭を掻く。

 その言葉を聞いた真琴は、目を見開いたあと、春重のほうへずいっと身を寄せた。


「あ、あの! 山本さんのレベルっていくつですか⁉︎」


「え? 19だけど……」


「昨日探索者になったのに、もう19……⁉︎」


 まるで給料に残業分が反映されないことを知った、十数年前の自分のような驚き方を見て、春重は首を傾げた。


「私、まだレベル15なんですけど……二週間前に探索者になってから、毎日通ってるんですよ? 学校もあるので、常にフルタイムってわけじゃないですけど……この差は一体……」


「……こいつらのおかげだったりするのかな?」


 春重のズボンの裾から、にゅるりとすら一郎が顔を見せる。

 そこが本当に顔なのかどうかは置いておくとして、モンスターの突然の登場に、真琴は小さく悲鳴を上げた。


「きゃっ⁉︎ す、スライム⁉︎」


「俺がスキルで使役してる、三体のスライムのうちの一匹だ。パーティを組むなら、こいつらのことも紹介しておかないとな」 

 

「もしかして『調教テイム』スキル……ですか?」


「ん? ああ、そうだよ。『支配テイム』だ」


 ――――おかしい。


 真琴が知っている『調教テイム』は、スライムのような知性のないモンスターには通用しなかったはず。誰もが知っているハズレスキル。真琴もそれを知ったときは、引かなくてよかったと胸を撫で下ろしたものだ。

 ただ、真琴もまだまだ新米探索者。知らないことは山ほどあるし、『調教テイム』ではスライムを使役できないという話は知っているけれど、自分が知らないだけで、裏技がある可能性だって捨てきれない。


 だいたい、人間にも効く『調教テイム』とはなんだ?


 意識が朦朧としていて、あのときどうやって春重が自分を助けたのか、かなり曖昧だ。ただ、伊達は春重に何かされて、自分の足であの場をあとにしたことは覚えている。

 彼自身が「自分のスキル」と口にしたわけで、考えられることは、『調教テイム』が人間に対して発動したという、どの文献にも載っていない事例だけ。


 ――――もしかして私は、とんでもない人とパーティを組んでしまったのでは……?


 期待と不安が、真琴の中でかすかに渦巻き始めた。

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