第8話 懇願

名前:阿須崎あすざき 真琴まこと

種族:人間

年齢:18

状態:通常

LV:16

所属:黒狼の群れ

 

HP:228/312

SP:231/388


スキル:『弓術(LV4)』『緊急回避』『危険感知(LV3)』『索敵(LV2)』



「ふぅ……」


 回復した彼女のHPを見て、春重は安堵のため息をついた。

 状態も、瀕死から通常に。

 苦悶の表情を浮かべていた彼女も、今は穏やかになっている。


「その……ありがとうございました、助けていただいて」


 壁に背を預けながら、彼女は頭を下げる。


 艶やかな黒髪に、細身のスタイル。

 二重の奥には赤色の瞳があり、幻想的な魅力を放っていた。

 探索者になった際に、身体的特徴が変化することがあるのだが、詳しい原因は分かっていない。

 春重の目から見ても、彼女はまさに美少女といった容姿だった。


「ああ、いや――――」


 自分が口を開いた瞬間、彼女が身を縮こまらせたのを見て、春重はハッと気づく。

 今の彼女からすれば、助けに入った自分も恐怖の対象になってしまうのではないか。男として、彼らと同じ扱いを受けることは不服ではあるものの、そんなことより彼女の精神状態が気がかりだった。


「少し離れてるから、落ち着いたら言ってくれ」


「あ……」


 春重はそう言って、彼女から距離を取った。

 そして武器を自分から離れた位置に置き、地面に座り込む。

 ここを離れるべきなのかもしれないが、今の彼女を放置しておくのは、あまりにも危険だ。

 せめて彼女が口を開くまで、ここに停まることにした。


「あの……すみません、お騒がせして」


 何も悪いことなどないのに、彼女は謝罪しながら春重に近づいた。

 少し時間が経って、落ち着いてはいるらしい。

 彼女は人ひとり分の間隔を空けて、春重の隣に腰掛けた。


「……この距離で大丈夫か?」


「はい。もう落ち着いたので」


 苦笑いを浮かべた彼女を見て、春重は心を痛めた。

 強がっていることは間違いない。しかし、彼女と自分は初対面であり、加えて女性への接し方にまったく精通していないことから、どこまでが必要な気遣いで、どこからが余計なお節介なのか分からなかった。

 春重にできることは、行動の選択を彼女に委ねることくらいである。


「私、阿須崎真琴って言います」


「俺は山本春重だ」


「山本さんが来てくれて、本当に助かりました」


「偶然だけど、助けられてよかったよ。探索者には……ああいうやつらもいるんだな」


「悪事を働けば、外じゃすぐギルドに見つかりますけど、ダンジョン内は無法地帯ですから……」


 春重は、納得した様子で頷いた。

 ギルドはSPの使用を感知する術を持っている。探索者が街中で暴れても、すぐに位置を感知され、瞬く間に他の探索者によって制圧される。

 しかし、ダンジョン内でスキルを使用しても、ギルドは感知できないのだ。それに感知できたところで、ダンジョンでは数多の探索者がスキルを使用するため、トラブルの特定には至らない。


 春重も、決して人ごとではないということを理解した。

 装備やアイテムを奪おうとする者が襲ってくる可能性だってある。

 むしろ、モンスターよりもそういった連中のほうが危険な状況だってありえる。

 

「初心者は特に狙われやすいみたいで……それが分かってたから、パーティを組んでもらったんですけど……」


「……まさか、君とパーティを組んだ人って」


「はい……さっき私を襲った人たちです」


 そんなの、避けようがないではないか。

 春重の中で、卑劣な男たちに対する嫌悪がさらに強くなる。

 

 新宿ダンジョンの上層は、彼らのような非道な探索者にとって、絶好の狩場・・だった。もちろん、狩るのはモンスターではなく、真琴のようなルーキーである。

 

 慣れてきた探索者は、上層を素通りする。彼らからすればゴブリンなどは相手にならないし、早いところ稼げる階層へ行きたいからだ。

 故に、上層で何が行われていても、誰もそれに気づくことはない。

 無論、ギルドも感知できない。

 

「山本さんが来てくれなかったら、私は多分、殺されてたと思います」


 真琴は、震える声でそう言った。

 

 ダンジョン内での犯罪は、探索者界隈でも問題になっている。しかし、現行犯以外で犯罪者が捕まる可能性は、極めて低い。

 

「被害者はみんな、モンスターの餌か……」


 春重は顔をしかめる。

 人の命がいとも簡単に散りゆく場所、それがダンジョン。

 探索者がモンスターに殺されたところで、多くの者は「探索者なのだから仕方がない」と口を揃えて言うだろう。

 

「阿須崎さんは、どうして探索者に? よく調べてるみたいだし、探索者になるリスクについても、ちゃんと理解していたんだろ?」


「それは……」


 真琴が言い淀んだのを見て、春重はしまったと思った。

 少々説教くさくなってしまった。おじさんのよくないところが出てしまっている。これでは、被害者になった彼女を責めているかのようだ。


「す、すまない、君が探索者になったことを責めたいわけじゃないくて……」


「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」


 ――――しっかりした子だな。


 毅然とした少女の表情を見て、春重は素直に感心する。

 しかし、だからこそ、探索者をしていることが甚だ疑問だった。


「お父さんが倒れたんです。だから稼げる人がいなくなって……私、弟と妹がいるんですけど、二人の学費と、家族みんなの生活費……そしてお父さんの入院費も必要で……」


「っ! それを稼ぐために……?」


「はい。お母さんもパートと家事で忙しいですし、弟たちもまだ小さいので」


 春重の目尻に、涙がにじむ。

 この歳になると、涙腺が緩んでしまっていけない。

 

「山本さんは、どうして探索者になったんですか?」


 質問を返された春重は、慌ててジャージの袖で目元を拭う。


「実は、勤めていた会社が急になくなっちゃってね……せっかく無職になったから、新しい仕事を探す前にこれまでできなかったことをやってみようと思って……」


「な、なるほど……」


 大人の世界のことは、まだ高校三年生の真琴にはよく分からない。

 しかし、仕事の話をしているときの春重の目があまりにも淀んでいたため、これ以上触れないほうがいいということだけは、子供ながらに理解した。


「……ひとまず、ダンジョンから出ようか。ここにいても、満足に休めないし。外まで送るよ」


「ありがとうございます……あ、あの!」


 歩き出そうとした春重を、真琴が呼び止める。


「もし、よかったらでいいんですけど……私とパーティを組んでもらえませんか!」


 

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