第7話 支配成功
何が起きているのか分からなかったが、こんなときでも春重は冷静だった。
索敵スキルを活かして、モンスターとの戦闘を回避しながら、悲鳴のした方向へ走る。
「おい! 大人しくしろ!」
しばらく走ると、男の声が聞こえてきた。
そして春重の索敵スキルが、曲がり角の先に四人の人影があることを察知する。
春重はスライムたちに待機命令を出し、壁に身を寄せ、そっと曲がり角を覗き込んだ。
「いやっ……! 放して!」
「暴れんなって! どうせ助けなんて来ねぇんだからさ」
少女が、三人の男たちに組み伏せられている。
恐怖で引き攣った表情を浮かべている少女と、それを見ながらニヤニヤといやらしく笑っている男たち。
どこからどう見ても、最悪の状況だ。
「っ……」
春重は、奥歯を噛み締めた。
男たちに対する怒りと、嫌悪が止まらない。
今まさに、少女の服が剥ぎ取られようとしている。
――――このまま見過ごすわけにはいかない。
春重は大きく息を吐いてから、その姿を晒した。
「君たち、すぐにその子から離れろ」
「……あ?」
少女の服を剥ぎ取ろうとしていた男が、顔を上げる。
耳だけでなく、顔全体に散りばめられたシルバーのピアス。
染め上げた金髪は、手入れをサボっているのか、頭頂部に黒色が目立ち始めている。
体つきはだいぶがっしりしており、近くに立てかけてある大剣は、どうやら彼のものらしい。
その威圧感から、金髪の男がリーダーであることはすぐ分かった。
春重は、そんな彼に対して『鑑定』を使用する。
名前:
種族:人間
年齢:22
状態:通常
LV:24
所属:黒狼の群れ
HP:407/407
SP:201/221
スキル:『剣術(LV3)』『緊急回避(LV2)』『捕縛魔法(LV2)』
――――つよ。
春重の背中に冷や汗がにじむ。
この状況で助けに入る以外の選択肢はなかったが、さすがに無策すぎたか。
レベル差は5。
大きいと言えば大きいし、そうでもないと言えばそうでもない、そんな数字。経験の少ない春重は、この数字がどれくらいの実力差を表しているのか予想できない。
探索者にとって、レベルの差というのは明確な実力差を表す指標。
ステータスに個体差はあるものの、同じ種族同士でレベルが5も違うのであれば、高いほうが勝利するのは道理である。
春重が圧倒的に不利なのは、間違いなかった。
「チッ、『鑑定』持ちかよ。面倒クセェ」
伊達は顔をしかめる。
『鑑定』スキルは、決して全員が持っているわけじゃない。実はそれなりに貴重なスキルなのだ。
「おっさん、なんか用? オレらお楽しみ中だったんだけど」
「……その子が嫌がってるだろ。放してやってくれ」
「なんだテメェ……オレに指図すんじゃねぇよ」
大剣を手に取った伊達は、その剣先を春重に突きつける。
なんという威圧感。思わず後ずさりそうになる。
『精神耐性』のおかげで逃げ出さずに済んでいるが、果たしてこの状況をどう打開すべきだろうか。
「ハッ、ヒーロー気取りで飛び込んできた割には、震えて動けなくなってるじゃねぇか」
伊達は、仲間と共に春重を揶揄した。
春重はナイフの柄を握りしめる。
バカにされていることにも腹が立つが、下劣な人間相手にどうすればいいか分からなくなっている自分が、一番許せない。
「……っ」
怯える少女と目が合う。
今ここで彼女を助けることができるのは、自分だけだ。
ならば、もう腹を決めるしかない。
「やる気かよ、ほんとに面倒クセェなァ」
「琢磨、あいつやっちゃう?」
「ああ、見たところ新人っぽいし、こいつ共々モンスターの餌にしてやる」
そう言いながら、伊達は足元にいた少女を蹴った。
痛みで呻いた彼女を見て、春重の怒りが頂点に達する。
「『
「は?」
春重は、自身のSPがごっそり減った感覚を覚えた。
名前:山本春重
種族:人間
年齢:38
状態:通常
LV:19
HP:384/384
SP:384/549
スキル:『
スキル『
そして1レベル上がるごとに、今度は5SPずつ必要になる。
つまり、レベル24の伊達を
今の春重なら、十分支払える値である。
「お、おい……伊達? 伊達!」
仲間が伊達の体を揺らす。
しかし、彼は直立したままピクリとも動かない。
目は虚ろで、とてもまともな精神状態には見えなかった。
名前:
種族:人間
年齢:22
状態:命令待機中
LV:24
所属:黒狼の群れ
HP:407/407
SP:201/221
スキル:『剣術(LV3)』『緊急回避(LV2)』『捕縛魔法(LV2)』
――――効いたのか。
試しに発動した『
これは好都合。リーダーであり、もっともレベルが高い伊達を
「仲間を連れて、今すぐダンジョンを出ろ。外に出たら、自分の意思で動いていい。その代わり、二度と人を傷つけるな」
「はい……分かりました」
伊達のステータスが、命令実行中に変わる。
「お前ら、行くぞ」
「だ、伊達?」
「何してんだ、さっさとしろ」
「あ……ああ」
顔を見合わせ、取り巻きは伊達についていく。
横を通り抜ける際、彼らは春重のほうを一瞥したが、手を出すことなくこの場をあとにした。
――――切り抜けた。
大きく息を吐いた春重は、額の汗を拭った。
人間に効くかどうかは、完全に一か八かだった。
たまたま上手くいったからよかったものの、失敗していれば、自分も少女も命を落としていただろう。
「そ、そうだ……! 大丈夫ですか⁉︎」
安心している場合じゃない。
春重は、すぐに少女のもとに駆け寄った。
「あ……あなたは……」
少女は呻きながら春重を見る。
名前:
種族:人間
年齢:18
状態:瀕死
LV:16
所属:黒狼の群れ
HP:28/312
SP:231/388
スキル:『弓術(LV4)』『緊急回避』『危険感知(LV3)』『索敵(LV2)』
彼らに痛めつけられたせいか、かなりHPが減っている。
春重はHPポーションを取り出し、躊躇なく彼女に飲ませた。
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