第6話 小さな悲鳴

 スライムたちを敵と認識したゴブリンは、棍棒を大きく振り上げた。

 それが振り下ろされるよりも速く、すら一郎の『突進』がゴブリンの胴を打ち抜く。

 吹き飛んだゴブリンを、すら二郎とすら三郎が追撃。

 一瞬にして、ゴブリンの体を包み込んだ。


 ――――うわぁ。


 春重は、ゴブリンの体がドロドロに溶けていくのを見て、目を覆いそうになった。

 スライムのスキル、『吸収』の効果である。

『吸収』は、自身の体に取り込んだものを溶かし、養分へと変える。

 人間でいうところの、消化運動に近い。



 名前:すら一郎

種族:スライム

年齢:0

状態:命令実行中

LV:13

 

HP:112/112

SP:26/26



「案外あっさり倒したな……レベルも上がってるし、いい調子だ」


 昨日の探索のときから思っていたのだが、レベル上げのようなコツコツした作業は、決して嫌いじゃない。

 戦えば戦うほどレベルが上がり、レベルが上がれば上がるほど戦いやすくなる。どんどん効率が上がっていくわけだ。

 地道な作業だが、必ず結果が出る分、真面目な性格の春重にはよく合っていた。


「ん?」


 なんとなく開いた自分のステータスを見て、春重は首を傾げた。



名前:山本春重

種族:人間

年齢:38

状態:通常

LV:19

 

HP:384/384

SP:549/549


スキル:『万物支配ワールドテイム』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LV4)』『索敵(LV3)』『闘志』

 


「レベルが上がってる?」


 モンスターを倒したのはスライムだ。

 自分はまったく戦闘に関与していないのに、何故かレベルが上がっている。

 ここで、春重はやっと気がつく。

 今思えば、昨日の戦闘は春重だけが戦っていた。

 それなのに、スライムのレベルも上がっている。


「俺とスライムたちは、経験値を共有してる……のか?」


 正確には、スライムたちは等倍、春重だけがその四倍の経験値を手に入れているのだが、具体的な数字が見えない以上、そこまでのことは彼には分からなかった。


 しかし、困ったことがある。

 

 スライムに敵を倒させるのは有効であることが分かったが、一刻も早く戦闘に慣れなければならない自分が、こうしてサボっていていいのだろうか。

 

「……やっぱり、しばらくは自分で戦うか」


 命令を索敵に戻し、春重は新たな敵を探して歩き始めた。


「お」


 やがて、春重は下の層へと続く坂道を見つけた。

 これを下れば、第二層へ行くことができる。

 十階層までは、モンスターの種類も変わらない。

 それならまあいいかと、春重は臆することなく下りてみることにした。


 しばらく進んだところで、スラ一郎が跳ねた。

 敵を見つけた合図である。


「ギャッギャ!」


「ギャァ! ギャギャギャ!」


 ――――二体か。


 春重の視界に映る、二体のゴブリン。

 ナイフを構えた春重は、堂々と正面から近づいていく。


『ナイフ』スキルを上げると、ナイフの扱いが上達する効果の他に、威力の高い『スキル技』を習得することができる。

 ものは試しと思い、春重はそれを使ってみることにした。


「えっと……『ツインスラッシュ』うおっ⁉」


 技名を口にした瞬間、春重の体は勝手に動き出した。

 ナイフは光の粒子に包まれ、腕の振りと共に加速。

 目にも止まらぬ速度で、二体のゴブリンの首を切り裂いた。


「ひゃあ……一瞬で二回振ってたな、今」


 いくら春重が速く動こうとしても、今の技を再現することはできない。

 しかし、自分の限界を越える技には、代償がつきもの。

 スキル技を使用するには、SPを消費しなければならない。

 


名前:山本春重

種族:人間

年齢:38

状態:通常

LV:19

 

HP:384/384

SP:539/549


スキル:『万物支配ワールドテイム』『鑑定』『精神耐性』『ナイフ(LV4)』『緊急回避(LV4)』『索敵(LV3)』『闘志』



 使用SPは10。


「10か……連発するのは怖いな」


 ダンジョン探索において、SPはとても貴重だ。

 枯渇した状態での戦闘は推奨されておらず、半分を切ったら、すでに引き返し始めるべきだと、誰もが口を揃える。

 引き返す途中でも、モンスターとの戦闘は避けられないからだ。

 

 SPの回復手段は、ポーションを使うか、ゆっくり体を休めるかの二択。

 体を休める中でも一番効率がいいのは、睡眠をとることだ。

 六時間の熟睡で、SPが完全回復することが分かっている。 

 残業のせいで四時間睡眠が当たり前になっていた春重にとって、六時間寝ろというのは逆に辛いものがあるのだが、これはゼロから最大値まで回復するために必要な時間なため、SP残量によっては短い睡眠時間でも全快させることは可能だ。


 SPは温存するべき。常に慎重な春重は、その教えを愚直に守ろうとしている。

 少なくとも、ゴブリンが相手なら、スキルを使う必要はなさそうだ。

 このまま十階層までは、SPを温存することにした。

 


 それから、三階層、そして四階層と、春重は順調に進んでいく。

 出てくるモンスターはゴブリンのみ。

 罠らしきものもなく、この調子で進めば、おそらく昼を過ぎる前に十階層にたどり着くだろう。


「そのあとはどうしようかな……」


 五階層へ下りながら、春重は考える。

 ゴブリンの素材は、大した金にならない。

 アイテムも取り尽くされているし、ここにいたのでは、金を稼ぐなんて夢のまた夢だ。


 春重は、大きな岐路に立たされていた。

 再就職の準備を始めるか。それとも、このまま進んで、探索者として生計を立てていくか。

 昨日までは、当然再就職するとばかり思っていたのだが、こうも順調だと、やはり考えてしまう。

『稼げる探索者』という、これまでとは違う人生を。


「……まだ二日目だし、もう少しゆっくり考えるか」


 結局のところ、春重が選んだのは、判断を後回しにすることだった。

 社畜だったときとは違い、今ならそれが通用する。

 時間はあるのだ。せっかくなら、今までの分まで贅沢に使って、ゆっくり考えたってバチは当たらない。


「ん……?」


 五階層の地面を踏んだ瞬間、春重の耳に小さな悲鳴が飛び込んできた。

 人間の女性の声であることは間違いない。

 様子を見るべく、春重は声のしたほうへと駆け出した。


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